第三章 20

 育児日記。二二四五年、九月十七日。午後十一時。


 今日はエカテリーナと一緒に第三階層の栽培場に向かい、彼女専用の植物園を造成する作業を手伝ってきた。密封栽培だけでなく、土壌も用意しておいた妻の好判断のおかげだ。


 九歳となり、またひとつ進級した第一世代の子供たちは、それぞれ趣味を見つけて楽しむようになった。


 エカテリーナは植物が好きで、造成した植物園でたくさんの花を育てようとしている。


 ソーフィアは映画が好きで、しばしば第二リビングルームにこもって鑑賞している。


 マラートはこれといった趣味を持っていないようだが、映画は嫌いではないらしく、ソーフィアの横に座って仲良く鑑賞している。



 映画は脳神経インプラントによって視覚野に直接情報を送信することで視聴できるのだが、二人はわざわざ白い布を第二リビングルームの壁に張り、その布にプロジェクターで映画を映し出して鑑賞している。映画館という施設を模しているそうだ。



 オリガとニコライとアレクセイは歴史が好きで、現在は非公開となっている近代戦争史を除いた歴史データを用いて、自主的に学んでいる。趣味が勉学とは恐れ入る。


 彼らは毎年、必ず新しいことを始めて知能の発達を感じさせてくれるので、日が経つのが楽しみで仕方がない。


 機械の身であるにもかかわらず、時の流れを感じられる。


 毎日、新たな発見が――、おや、妻が呼んでいる。中断して応答しなければ。




「どうした、妻よ。夫婦部屋にきみの姿がないから、何事かと思ってたんだ。どうした?」


「第二世代の人工授精作業を始めます」


「相変わらず突然だな。わかった、すぐ行く。もう胎児保育室にいるのか?」


「当然です」


 一方的に通信を切られた夫は、毎度のことだと気にも留めずに妻の言動を受け入れ、メインコンピュータ上にある個人領域に展開された育児日記を閉じ、第二世代の生産に胸を躍らせながら夫婦部屋を出て、第五階層に向かった。




 九分後。夫が胎児保育室に入ると、胎児保育器の前に立つ妻が振り返るなり言った。


「すでに用意は済んでいます」


 夫は、妻の機体の向こうに見える胎児保育器を確認した。培養液で満たされたガラス管の中に浮遊するクローン子宮は、六つ。


「準備万端だな。また六人か」


 夫はそう言うと、保育器を目指して歩き始めた。妻はその姿を視覚センサーの中心で捉えながら、話を進める。



「そうです。第一世代はまだ未熟であるため、急に生産数を増やすと負担がかかってしまいますので」



「そうだな。あの子達は勉強をしなければならないから、大量生産するのは好ましくない。少数ならば、余裕を持って育てることが可能だ。第二世代の面倒をじっくり見て育児経験を積めば、第三世代以降に大量生産をしても、精度の高い育児を円滑に進められるだろう」



 妻は自身の左隣に到着した夫に対し、重要な相談を投げかけた。



「一つ問題があります。第一世代の子供たちに、第二世代が人工子宮で育まれている様子を見せるべきか、それとも見せぬべきかを決めかねています」



「見せないほうがいいに決まっているよ。母体から産まれていないという事実を知った彼らは、きっと驚いたり悲しんだりするだろうからね。機械によって生産されたことを知ったら、衝撃を受けることは間違いない」



「わかりました。そうしましょう。高性能である、あなたを信じます」


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