第三章 16
育児日記。二二四三年、九月二十六日。午後十一時。
初等教育が開始されてから、一年が経った。
七歳となった子供たちは、これまでよりも一段階上の基準で万物を観察し、より高度な疑問を抱き、それを調べて学習するという課外授業を自ら実施している。頼もしいかぎりだ。
学校生活にも慣れた第一世代の六人は、さらに大きく膨らんでゆく好奇心を、ロシア製の映像作品を鑑賞することで満たしている。特にソーフィアは、群を抜いて熱を上げている。
そんな生産的な日々が続く中、大きな波が生じた。
きっかけは二ヶ月前に起きた、ある出来事だった。波を起こしたのはエカテリーナだった。
あまり主張をせず、いつもおとなしいあの子が、ある日突然、なんとも可愛らしい要望を全力でぶつけてきた。
彼女は映画を観て、動物を飼うという文化に強い憧れを抱き、ペットを飼ってみたいと言い出したのだ。
私は、牛と豚と羊と山羊と
他のみんなも猫に興味があるのかと問うと、アレクセイは猫を抱っこしてみたいと言い、オリガとマラートも賛同した。ソーフィアは、犬がいいけど猫も悪くないかなと、積極的なのか消極的なのかわからない言い回しで賛成を表明した。ニコライだけは、ペットばかりを可愛がったら家畜たちが可哀想じゃないかと言って棄権した。
子供たちの願いを叶えるために日々努力している私は、本件でも精力的に行動した。
私は子供たちを引き連れて妻のところに行き、エカテリーナの代理人となって交渉を開始した。
難航するかと思われた交渉は、思いのほか円滑に締結された。妻はしゃがみ込んで、エカテリーナにこう言って聞かせた。
苦労なくして魚は釣れぬ、ということわざがあります。楽をしていては何も手に入らないという意味です。勉強を頑張らなければ、何も得られません。猫を用意してあげますから、その代わりに勉学に励むのですよ。
条件を突きつけられたエカテリーナは、母と契約を結び、猫を飼う権利を得た。
妻はその日のうちに、保存されていた細胞を使って、猫の一種であるロシアンブルーの生産を実行した。
それから二ヵ月後、つまり今日、一匹のロシアンブルーの仔猫が誕生した。
妻の手に抱かれている、産まれたばかりの
あまり乗り気ではなかったニコライも、すっかり仔猫に夢中になっていた。ニコライは最近になって急に大人びてきたが、やはり子供は子供だ。
妻は仔猫を生産する際、人懐っこく育つように遺伝子改良を施しておいたそうだ。
そのロシアンブルーの仔猫は、エカテリーナによってラードゥガと命名された。
仔猫を可愛がる子供たちを見て、私は少しだけ不安を覚えた。
仔猫の誕生を受けて、自らの出生の秘密を知りたがるようになるのではないかという懸念を抱いたのだ。
どうやって生を受けたのかと問われたとき、私はどのように回答すればよいのだろうか。
母と呼ぶ存在が母ではないと知ったとき、彼らはどう思うだろうか。悲しまなければよいのだが。
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