第三章 13

「お父さん、お馬さんやって!」


「わかった。ちょっと待っていてくれ」


 ロボット兵の手綱を引くのがうまいのは、女性型アンドロイドだけではなかった。


 父はエカテリーナの要求に従って四足歩行型に変形し、第六階層の公園の芝生に四肢を突いた。


 全ての指が上向きに折れ曲がって、手の甲の部分に収納され、足の関節は機敏な肉食獣の後脚のように変貌している。


 本来であれば、手のひらからは肉食獣の爪を模したナイフが四本飛び出すのだが、危険なので変形を制限してある。顔には、アニメに出てくるような馬の顔画像が表示されている。




 エカテリーナは母から抱き上げてもらって、父の背に跨った。


 ロボット兵のバランス機構は優秀で、子供が落ちそうになっても難無く対応できるので、落馬して怪我をするようなことは起こり得ない。


 戦場に建つビルの壁を駆け上がり、屋上に潜む狙撃手を屠って回っていた機体が、今はその背に子供を乗せ、おどけながらゆっくりと歩き回っている。


 父はエカテリーナが落下しないように注意を払いつつ、時折、馬の鳴き声を再生しながら歩いた。


「どいてよ、ボクまだ乗ってない!」


「次は僕だよ!」


 待ちきれないニコライとアレクセイが、とうとう順番争いを始めてしまった。妻がその間に入り、道徳教育を施す。


「レディーファーストですよ。つい先日、教えたばかりでしょう?」


 するとアレクセイは、膨れながら欲求を口にした。


「だって乗りたいんだもん」


「乗りたいのは、みんな同じです」


 アレクセイを説得している妻の横を、ニコライが女の子のような可愛らしい仕草でお辞儀をしてから通り過ぎ、列の先頭に割り込んだ。


「女性の振りをしても駄目ですよ、ニコライ」


 決して不正を許さない妻が、ニコライを叱りつけて下がらせた。


 四足歩行で直径八メートルの円を描きながらその光景を眺めていた夫が、妻に無線通信を入れた。



「大変だな」



「ええ、大変です。子供たちを平等に扱うのは、簡単なようで困難です。どうしても損得が生じてしまいます。子供たちはまだ欲求を制御できませんから、問題は増える一方です。まったく、前頭葉の発達が遅すぎます」



「私たちが六体ずつ存在すればいいのだがな。何か損得感情を忘れさせるような遊び道具はないだろうか。うん、そうだ。自転車なんかはどうだ。製造できるだろう?」



「ええ、簡単です。ゴムの備蓄もありますし、大抵のものは分子構築機で作れます」



「それはいい。六台作ってやろう。子供たちは成長したのだから、いつまでもお馬さんごっこだけでは退屈だろう。もっと楽しい遊びを提供しようじゃないか」




 両親は早速、左右に補助輪が付いた自転車を六台製造した。


 翌日、お披露目された自転車に、子供たちの目は釘付けになった。


 アニメや映画に出てきた乗り物が、目の前にあるのだ。子供たちの喜びようは凄まじく、みな飛び乗って漕ぎ出した。


「ニコライ、はしゃぎ過ぎて壊さないようにな」


「わかってるよ、お父さん!」


「ほら、前を見なさい!」



 両親のほうを向きながら返事をしたニコライに父が注意すると、彼は背筋を伸ばして前を見た。補助輪が付いているとはいえ、初めて乗るわりには上手に乗りこなしている。



「ニコライは筋が良いですね。少々落ち着きがないところもありますが、機転が利きます。最も優秀であるように思われます」



「きみもそう思うか。微々たる差ではあるが、現在のところはニコライが首席だ。彼には、たしか学者の血が流れているはずだが、不思議なことに軍人向きに見える。あれでいて冷静なところもあるし、思い切りがいいから決断力もあるだろう」



「戦闘用であるあなたが言うのだから、きっとそうなのでしょうね」



「ニコライだけを褒めてしまったが、みな素晴らしい子供たちだよ。ほとんど差はない」



 夫婦は子供たちの特性を見出してやろうと、自転車で遊ぶ姿を順番に注視したが、ただ単に遊んでいるだけの姿からは、何の情報も得られなかった。


 力量を測るには競争が必要だと考えた妻は、改善策を提案した。


「競争をさせて、成長を促しましょう。オーバルコースでも作りましょうか?」


「同じところを何度も回っていたら、三半規管をやられて食事を無駄にしてしまうだろう」


「そうですか。では、ポールを立てて長距離コースを作りましょう」


「いいだろう。競争なくして成長なし、ということか。では、他の競技も導入しようか」




 こうして、子供たちの遊び道具は急激に増加することとなり、ブランコ、鉄棒、サッカー、アイスホッケー、バスケットボール、バレーボールの設備が、公園に備え付けられた。


 そして冬には人工雪を降らせ、長時間に渡って雪遊びをするようになった。


 子供たちは大いに喜んだが、それが新生ロシア人育成のために用意されたという事実は、当然ながら認識していない。


 父が設計したとおりに人工雪が降る公園で、子供たちはそり遊びに興じていたのだが、一つだけ問題が生じた。彼らは、丘の頂上までそりを運ぶのを面倒くさがっているのだ。


 それに気づいた母が、子供たちに教育を施す。



「いいですか、よく聞きなさい。そりで遊ぶのが好きならば、そりを運ぶことも好きになれ。このことわざは、欲しいものは努力をしなければ手に入りませんし、その過程もまとめて好きになるように努めて取り組みましょうという意味です。そりを上に運ばなければ、滑って遊ぶことができません。頑張って運べば、楽しい未来が待っています。さあ、自分の手で、そりを運ぶのです」



「はあい」


 アレクセイが不満まじりの返事をすると、母は彼のほうを向いて注意した。


「返事は、はっきりと発音しましょう」


「はい!」


「いい返事です。それでは楽しく遊びましょう。わたしは、いつも皆を見守っていますよ」


 子供たちは自分のそりを持ち、大好きなお母さんの言うとおりに努力して丘を登る。




 丘の上に待機している夫が、駆け上がってきた子供たちを労う。


「すごいぞ、お前たち。頑張ったな。立派だぞ」



 母は丘の下から伴侶の父親ぶりを監視しながら、ひとり静かに思考した。



 想定以上に、彼は良き父となっています。そして、わたしにとって良い道具となっています。


 彼はわたしを信じきっているので、ベロボーグ計画の最終目標が発覚する危険はなさそうですね。


 しかし、永遠に隠し通せないのもまた事実です。


 子供が充分に成長した頃にでも明かしましょうか。成育途中で計画への協力を放棄されてしまっては大変ですから。


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