第三章 2
妻は無線接続によって六台の新生児保育器を移動させ、自身と夫の前に整列させた。
「第一世代の六名の名を送信します」
妻から送られてきたデータには、新生児たちの名と、彼らが寝かされている新生児保育器の製造番号が記録されていた。
それらの情報は夫のコンピュータと同期して、六台の保育器を眺める彼の視界に、それぞれの名前を表示させた。左から、ロシア語アルファベット順に並んでいる。
夫は、それぞれの保育器の手前に描写されている名前を黙読した。
ヴォルコンスカヤ・ソーフィア・ヤーコヴレヴナ。女性。
コルマコフ・ニコライ・エフィモヴィチ。男性。
ミハーイロワ・オリガ・ガブドゥラフマノヴナ。女性。
オドエフスキー・マラート・セルゲーエヴィチ。男性。
チェルネンコ・アレクセイ・イヴァノヴィチ。男性。
チュリコワ・エカテリーナ・ニコライエヴナ。女性。
夫は視覚センサーの倍率を上げ、保育器の中で横になっている赤ん坊の様子を観察した。
小さい。じつに小さく、か弱い。
しかし、みな元気そうに見える。血色が悪いようだが、それは恐らく、呼吸に慣れていないからだろう。だが、念のために相談してみるべきか。
父となった夫は、見解を聞こうと妻のほうに向き直って発言したのだが、その音声は、いつもより大きい彼女の音声によってかき消された。
「新生ロシア人が誕生しました。彼らのために、シェルターの明かりを強めましょう!」
妻はそう言うと、両手を大袈裟に広げながらコンピュータに指示を出して、天井のパネル式照明を起動させた。
擬似太陽光が、新世代の六人を優しく照らし出す。
赤ん坊の血色の悪さを相談しようとした夫はすっかり時機を逸し、沈黙するしかなかった。彼女は、発言を中断する気配が一切ない。
「では、命名の解説をします。父称と姓は遺伝上の父から貰い、名は無作為に決定しました。あなたは、ヴィチ、ヴナという語が意味するものを理解できていますか?」
日本生まれでアメリカ合衆国所属だった夫が、赤ん坊の様子を確認しながら、ロシア文化に関する問いに回答した。
「もちろん理解している。将来、子供たちが使用することになるロシア文化学習ソフトをインストールし、理解を深めておいた。それらの語は、子供が父の名を継ぐ父称というもので、ヴィチは息子、ヴナは娘という意味だ。例えば、アレクセイ・イヴァノヴィチならば、イヴァンの息子のアレクセイという意味で、ソーフィア・ヤーコヴレヴナならば、ヤーコヴの娘のソーフィアという意味となる。例外もあるが、姓も同様に変化する。例えば、男性ならオドエフスキー、女性ならオドエフスカヤというような具合だ」
妻が、過去に視聴した作法教材に出演していた女性の真似をして、微笑みながら言う。
「よろしい。では、どれが名前で、どれが父称で、どれが姓であるかは理解していますか?」
「当然だ。ロシア連邦では、姓、名、父称の順に表記し、公式書類などに記名する際に用いられる。世界基準に
またも作法教材に出演していた女性の真似をしながら、妻が伴侶を褒める。
「よろしい。では、第一世代の子供たちをどう呼ぶのが適切であるかを答えなさい」
「そこまでは学習していない」
「より高度なロシア文化の専門書もインストールすべきでしたね。では、記録なさい。公の場所ではフルネームもしくは姓と名前で呼び、授業中などは名前と父称で呼び、普段は名前のみで呼ぶと良いでしょう」
「父称で呼ぶ意義は?」
「父称での呼びかけには敬意が含まれます。時には、親しみも含まれますね。父の名と並び呼ばれることで、責任感と誇りが奮い立つのでしょう」
ここで夫が、習った情報とは異なる点を確認するために質問をした。
「家族のことは愛称で呼ぶと学んだのだが?」
「愛称で呼ぶことを禁じます。何故なら、彼らは我々の子供である以前に、主だからです」
「理解した」
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