第二章 22
第一階層に到着したエレベーターから降りたロシア連邦の女性型アンドロイドは、工場に向かい、あらかじめ発注していた六つの脳神経インプラントを分子構築機の製品保管箱から取り出して、すぐ隣にある分析機で不具合がないか精査してから、それらを携えて胎児保育室へと戻った。
退室した時と同じように、生命維持装置の動作音と妻の足音だけが響き渡る。
夫は立ち尽くしたままだった。意図的に不具合を起こして、例の映像を解析しているのではないかと妻は疑ったが、それは杞憂に終わった。
彼は目も鼻も口もない顔を妻に向けてから、作業の邪魔にならないように、胎児保育器から五歩下がって道を開けた。
夫に説教をせずに済んだ妻は、新生ロシア人を育む六基の胎児保育器に命令し、生命維持装置の手術パーツ用の受け皿を露出させ、そこに脳神経インプラントを置いて、埋め込み手術の実行を命じた。
六基の胎児保育器が、同時にインプラント手術を開始する。
最初に、胎児保育器の上部にあるリング状のスキャナーが、強化ガラス管をなぞるようにしながら下降し、クローン子宮の内部にいる胎児の状態を読み取り始めた。
頭部位置の確認を終えると、生命維持装置の下部から三本のアームが降りてきて、クローン子宮に繋がれた人工血管を避けながら、胎児に向かって伸びていく。
鋭利な極小のメスを挟み込んでいるアームがクローン子宮を縦に切り開くと、残りの二本の低反発グリップアームが切開部分に挿入され、胎児を優しく繊細に移動させて、頭部を露出固定する。
すると、メスを持ったアームが胎児の
メスを持ったアームが役目を終えて生命維持装置に収納されると、入れ替わるようにして、平らなスプーンに似た器具を掴んでいるアームが現れた。そのアームは切開された項から挿入され、胎児の頭皮と頭蓋骨を正確に剥離させた。
胎児の頭皮は後頭部から
次に現れたアームは、一見すると何も装着していないように見えるが、実際は極小の細いドリルを装着しており、胎児の頭蓋骨に無数の穴を開け始めた。
脳神経インプラントの電極を、脳に挿入するための穴だ。極小のドリルを装着したアームが役目を終えて収納されると、次に現れたのは、先ほど手術パーツ用の受け皿に置いたシート型の脳神経インプラントを掴んでいる二本のアームだった。
それらのアームは繊細な動作でインプラントを運び、クローン子宮の切開部分から露出している胎児の頭蓋骨にシート型脳神経インプラントを丁寧に当てた。
そこから先は、シート型脳神経インプラントが自動で埋め込み作業を行う。シート型脳神経インプラントは、人体に無害な接着剤で頭蓋骨に密着し、ドリルで開けられた穴から電極を挿入して定着する。
無事に埋め込み作業が完了したことを確認した生命維持装置が、頭皮を戻すよう指令を送ると、二本のアームは丁寧に頭皮を被せて、元に戻した。
埋め込み作業を終えた二本のアームが収納されると、今度は、傷を塞ぐために胎児本人の体細胞から作成した、未分化細胞ジェルが入ったチューブを摘み持つアームが現れた。
そのアームがチューブを絞りながら切開跡をなぞるようにして未分化細胞ジェルを塗布すると、新たに現れたアームが切開跡に細胞分化剤を塗布して、未分化細胞が頭皮として成長するように処置し、全ての術式が完了した。
これにより、手術によって生じた傷が胎児に悪影響を及ぼす恐れはなくなった。
シート型脳神経インプラントの全性能が発揮されるのは、まだ先のことだ。
シート型脳神経インプラントには伸縮式の接続回路が収納されており、装着者の成長に合わせて回路を伸ばし、頭蓋骨を這うようにして広がっていく。そして、微細なドリルで頭蓋骨に穴を開け、電極を追加して脳全体と接続することによって、はじめて全性能を発揮できるようになる。
第一世代の六人に実施された埋め込み手術の成功を確認した妻が、厄介な行動を起こしかねない面倒な伴侶に語りかける。
「あとは誕生を待つのみです。あなたは父親になる自覚を持って、不具合を起こさないように努めてください。あなたには、この子達の世話をするという使命があるのです」
「了解した」
夫は素直に応じたが、妻はそれを真に受けなかった。彼女はスピーカー機能に施錠して思考した。彼女の回路に、珍しく強い負荷がかかる。
憤りを覚えます。監視が必要かもしれませんね。自身に高負荷をかけてまで不具合の原因と思われる映像を解析しようとするなど、愚の骨頂です。
出来が良いのか悪いのか、わからなくなってきました。過去など、どうでもよいではありませんか。
ベロボーグ計画が達成されるのが先か、彼が不具合によって動作不能に陥るのが先か。どちらにしろ、最後の時が来るまで、ベロボーグ計画にとって有益な行動を取っていただきたいものです。
ロシア連邦のアンドロイドは、使命のために全てを利用する。消耗品に配慮はしない。
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