第二章 19

 二二三五年、九月。


 約四ヶ月の妊娠期間を経て、二十頭の仔豚が誕生した。


 新たに生まれた仔豚を畜舎に移し、初期段階の世話を終えた夫は、妻と話し合い、新生ロシア人の誕生を待つ間に第六階層を掘削することにした。


 彼は掘削重機に乗り込む前に、胎児保育室にいる妻に通信を入れて、建造計画を明かした。



「第六階層には、広大な公園を造成したい。天井と四方の壁にディスプレイを敷き詰め、自然の風景を映し出して、地上の世界を再現する。天井からは、擬似太陽光だけでなく、雪も降り注ぐのだ。冬と戦い、冬を仲間としなければ、真のロシア人とは呼べないだろう。提案は、もう一つある。計画書に記された設計図を確認したが、ただ運動場を作るだけでは不充分だ。公園の地面には、本物の土を使用したい」



 夫のわがままに、妻は視覚センサー保護膜を大きく広げて瞬きをしながら指摘した。


「愚かなことを。子供を感染症から守らなければならないというのに」


「愚かなものか。私は、データベースにあるロシア連邦の書物で学んだのだ。きみも知っているはずだ。ロシア人と大地は、切っても切れない血の絆で結ばれている」


 血の絆という言葉をきっかけに、妻の態度が一転して軟化した。


 彼女は、故郷の匂いを胸いっぱいに吸い込む帰還兵のように視覚センサーの保護膜を閉じて、しばし思考を走らせたのちに、囁くような通信音声を夫に届けた。


「血の絆ですか。大地信仰だけでなく、対ナチスドイツ戦で命を落とした人々のことも加味して、そう言っているのですね?」


「そうだ。私は、子供たちをロシア人として立派に育ててやりたい」


 宣言を受け取った妻は、またも視覚センサーを閉じて思考し、柔らかな音声で回答した。


「よろしい。案を採用します」


「感謝する。では、掘削作業を始める。失礼」


 通信を終えた妻は、溜め息をつく人間の真似をしたあと、スピーカーから思考を漏らした。


「思考を走らせすぎて、また不具合を起こさないようにしていただきたいものですね。利用価値を維持してくれないと困ります」

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