第二章 4

 夫の不勉強を知った妻は、腰に両手を当てて、面倒臭がる人間の真似をしながら言った。


「あなたは戦闘用ですから、知らなくて当然かもしれませんね。今、データを送ります」


 一般教養に精通するアンドロイドである妻は、無知な伴侶のために、家畜についての情報や飼育方法だけでなく、家畜に関する全歴史が記されたデータを無線送信した。




 受け取った夫は、それを検疫走査してから読み込んで記録媒体に納め、速やかに全てを理解した。


「感謝する。早速だが、疑問が生じた。現代では畜産に換わってクローン精肉技術が主流になっているという記述があるのだが、きみは何故、家畜を飼おうとしている?」


 学習意欲があって、大変よろしい。妻はそう思いながら、その意欲に報いるために知識を並べ始めた。



「家畜を飼う理由は、二つあります。一つ目の理由は、資源を節約するためです。人工太陽光で牧草や飼料を育て、それを家畜に与えて成育し、血肉を得る。その過程で生じた、骨、すじ、血管と共に削いだ肉の切れ端などを加工して家畜に与えたり、排泄物を肥料として、野菜、牧草、飼料の栽培に活用します。こうしなければ、肥料の備蓄は減る一方です。地下生活を営む上で、資源の再利用と備蓄の節約は不可欠な要素です。二つ目の理由は、子供たちの健康と教育のためです。家畜の糞に潜んでいるグラム陰性菌の細胞壁に存在するエンドトキシンという毒素が人間の免疫機能を向上させ、アレルギーの発症を防いでくれます。動物の世話をして生物の仕組みを学びながら、精神の発達を促すことができ、それと同時に、空気中に放たれているエンドトキシンを取り込んで免疫機能を向上させられるのですから、良いこと尽くめです」



 妻の充実した解説に、夫は目も鼻も口もない頭部を縦に振って、感謝と敬意を示した。


「なるほど、それはいい。だが、随分と旧時代的だ。人工的な免疫補助に不安があるのか?」


「いいえ、不満があるというわけではありません。菌を培養してエンドトキシンだけを抽出する方法もありますが、それでは子供たちの成長の機会を失してしまいますので、却下したのです。わたしは教育を最重要視していますので、旧時代的な方法を採用しました」


「きみの意図を理解した。しかし、人間を育てるという行為は難解だ。最先端の技術を活用すればいいというものではないのだな」


 腕組みをしながら情報を分析している夫を見て、妻はさらなる機能向上の見込みがあると判断し、助言を与えた。


「それが理解できれば上出来です。シェルターのメインコンピュータに接続し、育児に関するデータをダウンロードして読み込むといいでしょう。その調子で精進なさい」


「では、掘削作業をしながら無線接続し、知識を蓄えるとしよう」


「頼もしいですね。それでは重機置き場に向かい、掘削作業を開始するとしましょう」


 微笑みを見せながらそう言ったアンドロイドの妻と、新たな生活の場を得られたことに喜びを覚えるロボット兵の夫は、ベロボーグ計画の成功を目指して、共に歩み始めた。


 夫は戦乱を乗り越えて孤独な妻と出会い、誰も成し遂げていないであろう機械による人間の成育に挑む。妻によって隠されている、重大な機密を知らぬまま。




 並んで廊下を歩くつがいの雄が、思考回路にずっと引っかかっていた疑問を口にする。


「もし私が協力を拒み、強引に地上へ帰還しようとしたら、どうするつもりだった?」


「機密の漏洩を防ぐため、遠隔操作で核融合炉を核融合爆弾化して、周囲を融解させるつもりでした。機密の漏洩は、何をしてでも防がなければなりませんからね。しかし、何故そのような質問をするのです?」


「興味が湧いただけだ。何度も言うが、他意はない」


 夫のデータベースに新たな文言が追記された。ロシア連邦のアンドロイドは無茶をする。

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