第二章 3


 妻がドアをスライドさせて開けると、形状の異なる三台の掘削機の姿が視界に飛び込んできた。


 球形のドリルアームを上下左右に動かせる掘削機と、トンネル用の回転式掘削機と、用途がはっきりしない掘削機が並んで停められている。


 床にはリニア式コンベアが敷設され、壁に空いた穴の奥へと繋がっていた。どうやら、隣の工場へと繋がっているようだった。


 部屋の入り口付近には、使用感のない携帯式の掘削工具がいくつも並んでいて、起動される時を待っている。




 夫は、用途不明の掘削機について質問をした。


「道路敷設に使用されるロードローラーに似た、前方にドラム式の回転ドリルが付いているあの掘削機は、どのように使用する?」


 夫が指差す先を見た妻が、音声マニュアルのような解説を開始する。



「あれは静穏融解掘削重機です。敵国から感知されないようにしながら地下施設を作るために開発されました。核融合炉から直接電力を取ってドラム式回転ドリルを熱し、岩石を溶かしながら削ることで、静かに掘削できます。付着した融解岩石は、ドリルのすぐ後部にある冷却機構で冷やし、それから除去機構で削ぐようにして排出されます。これはロシア連邦の地下掘削技術の根幹ともいえる重機で、機密扱いとなっているので、あなたが知らないのは当然です。それと、口うるさくて申し訳ないのですが、ロシア連邦では、指を差すという仕草は無礼にあたります。たとえ物であろうとも、指差してはいけません」



「理解した。留意する」


 夫はそう言いながら、静穏融解掘削重機に歩み寄ってしゃがみ込み、車体下部にある冷却機構を観察しながら感想を述べた。


「静穏性への拘りが見て取れる。実際に動かしてみたいと思わせる重機だ」


「搭乗したいのですか?」


 妻の問いに、夫は冷却機構から目を逸らさずに回答した。


「可能であれば」


「遠隔操縦による掘削を想定していたのですが、あなたが搭乗したいのであれば、直接操縦しても構いません。その機会は、近いうちに訪れるでしょう。第二階層を掘削する作業は、ここから始まります。斜め下に向かって掘り進み、充分に掘り下げたところで、横に向かって柱を残しながら掘削していくのです。掘削作業によって生じた岩石は小型運搬ロボットによって集められ、リニア式コンベアで工場に運ばれて、圧縮されて建材として生まれ変わります。さて、最後の部屋へ向かいましょう。北に少し行ったところの左側にドアがあります。つまり、はす向かいですね」




 二体は廊下に出て、北に向かって歩き出す。


 今度は雑談する間もなく、すぐに核融合発電・生命維持装置室のドアの前に辿り着いた。


 ドアをスライドさせて開けた妻に続いて入室した夫を、見下すようにしてそびえ立っている二つの巨大な箱が出迎える。


「この広い部屋を満たすようにして存在している、この二つの隔壁の内部に、それぞれ核融合発電機と生命維持装置が設置されています」


 ロボット兵の聴覚センサーが、隔壁の向こうから唸り声のような稼動音が微かに聞こえるのを捉えた。先ほどから足裏にある振動センサーが捉えていた微弱な揺れは、発電機によるものだった。




 妻は、入り口の右手にある壁に埋め込まれた管理パネルの前に夫を誘導し、壁の上部に貼り付けられている複数のシート型モニターを指し示しながら説明を始めた。


「これらのモニターは緊急用です。普段は端末を通じて、どこからでも映像を確認できます。では、チャンネル接続情報を送信しますので、接続してみてください」


 妻は監視映像への接続許可を出してから、接続暗号を送信した。




 受け取った夫は早速、隔壁内の内部を映像観光してみることにした。


 炉心中心部のレーザーの様子、蒸気の状態、発電量の数字とグラフ。そして、あらゆる角度から撮影されている、球形の圧力容器の外観。


 真空隔壁に囲まれたその圧力容器は、エネルギー値の高い中性子と激しい熱を分厚い金属体に内包しながら、厳かに鎮座している。




「ここから施設全体へ、電力が安定して供給されます。高効率マイクロ波送電を用いた遠隔充電スポットは各所に設置されるので、我々のバッテリーは常に適切に充電され、休みなしで働くことが可能です。この核融合発電機は高容量バッテリーも搭載しているので、停止してしまった場合の再始動も容易です。隣にある生命維持装置は、空調だけでなく、地下水源と下水の浄水施設としても機能します。シェルター案内は、これにて終了です。他に、設備に関する質問はありますか?」


「ない。人間を生産、成育、生活させるのに必要なものが揃っていることを確認できた」


「しかし、これだけではまだ不充分なのです。第二階層と第三階層で、新たな施設を増設する必要があるのです。まず第二階層には、動物性たんぱく質や各種ミネラルを摂取するための養畜と加工を行う畜産場を建造します。続いて第三階層には、炭水化物、各種ビタミンを摂取するための野菜や、家畜の餌となる牧草や飼料を育てるための栽培場を建造します。これらは、人間を成育させなければならない我々にとって必須の設備です」


 戦闘行為に関する知識しか持ち合わせていないロボット兵は、右手を軽く挙げて女性型アンドロイドの話を遮り、不明瞭な点について質問をした。


「私はこれまで様々な作戦任務をこなしてきたが、家畜という存在が殺害対象や保護対象に設定されたことがなく、家畜に関する知識を持ち合わせていない。情報を求む」

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