第二章 2

「きみくらいの性能があれば、単体でも計画を遂行できただろう。何故、計画に背いて部外者を引き入れた?」


「より良い成果を上げることを重視しただけなのですが、今更ながら、自身の行動に驚きを覚えています」




「きみは、私が今まで見てきたどのアンドロイドよりも、立ち振る舞いが人間に似ている。命令に逆らってまでつがいを探したりする点や、仕草などもそうだ。不安定で人間らしい」


「そうなのですか。何故でしょうね。情報局の同僚の皆さんと密接に関わってきたからでしょうか。彼らには可愛がってもらいましたから」




「いい職場にいたのだな、戦地に身を置いていた私と違って」


「はい、とても良い環境でした。昼休みには、彼らの家族の話もたくさん聞きました」



 妻が多くの人と関わってきたことを知った夫は、何度も小さく頷きながら言った。


「そのせいか」


「何のことですか?」




「父親役を求めて地上を探索し、計画に背いて私を引き入れたのは、同僚の家族の話を聞いたからだと推測した。きみが思う家族というものを再現しようとしたのだろう」


「そうかもしれません。確かに、育児に関する情報を検索すると、同僚の家族の話から得られた情報が優先的に引き出されます。彼らから受けた影響は大きいようです。言うまでもなく一人親でも充分なのですが、他者と接して学ぶ機会は二倍あったほうがいいですからね。我ながら良い判断をしたと思います。次の部屋の前に着きました。工場です」






 またも妻が先導して、夫を工場に迎え入れた。内部には加工機械がずらりと立ち並んでおり、床にはリニア式コンベアが敷設されている。


「この工場は、主に建築資材を作る場所です。金属加工と炭素加工を行えるほか、あそこにある分子構築機で、大抵の部品を製造できます」


 妻が手のひらで指し示した先にある、戦車ほどの大きさの分子構築機を見た夫は、すぐにその機器の使い道を思い出した。


「好条件が整った野営地に設置してあったのを覚えている。私の外殻とフレームを修理する際に、整備兵が使用していた」



「自動小銃以上の長さの物は作れませんが、複雑な形をした物質を構築できる、優れた機器です。設計図に従って分子を配置する技術で、材料と時間さえあれば、大抵のものは製造できます。ただし、我々に搭載されているような高度なコンピュータは別です。特殊な設備が整った工場が必要ですからね。それ故、わたしは地上でアンドロイドやロボット兵を探し、危険を顧みずにあなたを回収したのです。あなたの機体を修理するための部品を作らなければならなかったので、つい先日、初めて起動しました」



「私の設計図も無しに、外殻とバッテリーとデータ・コンプレッサーをよく作れたものだ」


「あなたの設計図は保有しています」


 そう平然と言ってのけた妻に対し、ゆっくり何度も頷きながら夫が言った。


「私の分析が甘かった。ここはロシア連邦がのこしたシェルターなのだから、国家機密が集約されていて当然だ」


 それを聞いた妻が、満足そうに肯定する。


「その通りです。各国から盗んだ機密データも保管されているので、あらゆる設計図が揃っています。あの分子構築機では、主に単純なコンピュータが作られることになるでしょう。作られた建材の運搬方法については、実際に増築する際に説明します。では、隣の部屋に向かいましょう。北に向かった先の右側にあります」



 夫婦は廊下に出て、次の部屋へと並び歩く。


 つがいとなったばかりの二体の間には、沈黙など訪れなかった。知りたいことが多々ある夫が、ふと湧いた疑問を投げかける。


「外界との通信は可能か?」




 その音声を聞いた妻の足が、ぴたりと止まる。


「あなたは、かつての所属国と通信をしたいのですか?」




 夫も立ち止まり、視界から消えた妻の姿を求めて振り返りながら回答した。


「いや、通信を試みるつもりはない。私の居場所は、ここだけだ」


 夫の弁解を聞いた妻は、目も鼻も口もない彼の頭部外殻を真顔で見つめたあと、歩みを再開しながら言った。


「そうですか。二十五年前にベロボーグ計画発動命令を受信し、周辺のシェルターにリレー送信するために使用した通信機は現存していますが、それを起動するには、わたしの機体内部にある認証キーと、わたしの使用許可が必要です。通信可能範囲は狭いので、アメリカ合衆国と通信を交わすことは不可能です」



 一足先を行く妻を追いながら、夫が繰り返し弁解する。


「よく理解した。私はただ、疑問を口にしただけだ。他意はない」


「ええ、わかっています。我々には、より人間に近づくために組み込まれた擬似的な好奇心が備わっていますからね。お気になさらずに。重機置き場に着きました。こちらです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る