第一章 7
ロボット兵は受信した計画書をくまなく読み込み、彼女の発言に間違いがないことを理解した上で、疑問を投げかけた。
「アンドロイドが子供を育成することに問題はないのか?」
そう言うロボット兵に対し、母になろうとしているアンドロイドは胸を張って宣言した。
「問題ありません。時を経て平和となった世界に、わたしが育てた新生ロシア人が帰還するのです。わたしの手によって!」
「それなのに何故、
声高らかに宣言したアンドロイドだったが、
「わたし一人でも可能ですが、わたしだけで完璧な育児ができるかどうか確証を持てぬまま、次の段階へ進むことはできませんでした。そこでわたしは、地上に捨て置かれた味方のロボット兵やアンドロイドを再利用して
ロボット兵は、手のひらを押し出す仕草をして発言を止めさせ、またも指摘した。
「待て。地上にはまだ西側諸国の部隊が展開されている可能性があり、偵察機の使用は危険だろう。このシェルターの情報が漏洩してしまいかねない」
「対策は万全です。有機素材製の昆虫型偵察機は蝿を模しているのでレーダーを誤魔化せますし、いざという時は自己蒸発機能を使用して痕跡を消すことができるので、こちらの存在を知られる危険性はありません。この偵察機は、小型のドリルで直径六ミリの穴を掘って地上に出て、ドリルを切り離して穴の奥に隠してから飛び立ち、蝿の挙動を模して飛行しながら周囲の様子を撮影します。無論、探知されるのを防ぐためにデータ送信はしません。自動飛行しながら、内蔵された有機記憶媒体に映像を記録して帰還します。そうして撮影された映像に、ビルの地下で倒れているアメリカ合衆国所属の高性能ロボット兵が映っていました。それが、あなたです。わたしは全対応型迷彩外套に身を包み、工具と自動小銃を携え、地上に向かって少しずつ少しずつ静かに穴を掘り進み、このシェルターの存在を隠している擬装帯を切り開き、さらに地層を掘り進み、ビルの杭を掻い潜り、ビルの底部のコンクリートを分子レベルでくり貫き、ビルの地下の一室に捨て置かれた、あなたの機体を確保しました。それから穴に戻り、コンクリートを再構成して穴を塞ぎ、土や岩を元に戻し、擬装帯を修復し、丁寧に穴を埋めながら、ここに戻ってきました」
全対応型迷彩は、全ての周波数の電磁波や電波に対応した高性能コンピュータ制御迷彩だ。
電磁波を吸収するのと同時に周囲環境情報を取り込み、死角の風景を再現した偽の電磁波を照射元に当て返すことで、背景に完全同化できる。
索敵音波は、吸収して相殺、もしくは周囲の反響具合を再現して当て返すことで擬装処理する。
迷彩が施された外套や搭乗兵器の内側にいる人間の心音や体温も遮断することが可能で、心音探査や熱源探査に捉えられることもないので、視覚的にも聴覚的にも、使用者の存在を完全に消し去ることができる。
シェルターを包むように埋設された分厚いシート状の電子機器である擬装帯も同様の仕組みを用いて、シェルターの存在を完全に隠蔽している。擬装帯は発電機構を内蔵している上に、シェルターから常に遠隔充電されているので、その擬装効果は永続する。
豪胆な彼女の決断と、それを支えた迷彩技術に戦闘用プログラムをくすぐられたロボット兵だったが、彼は技術的な質問を保留し、彼女の行動への指摘を優先した。
「素晴らしい技術を保有しているようだが、きみは重大な危険性を見落とした。もし私が、今もなおアメリカ合衆国に所属する忠実なロボット兵であった場合、きみは危険に晒されただろう。敵国の、それも自身より高性能なロボット兵を引き入れるなど無謀だ」
「無謀ではありません。あなたを回収したあと、プログラムを改竄して、わたしを保護対象に設定させてもらいました。わたしは諜報部出身なので、この程度のクラッキングであれば容易に実行できるのです」
自信満々にそう発言したアンドロイドに対し、ロボット兵は首を横に振りながら言った。
「申し訳ないのだが、私のようなロボット兵もまた、その分野に長けている。きみが施したプログラムは、再起動と同時に無効化されるようになっている。根幹部の初期化と呼ばれる、基本的な動作だ。したがって、きみは保護対象となってはいない」
そう指摘された女性型アンドロイドは、口をあんぐりと開けて驚く人間を真似しながら、溜息を模した動作に言葉を乗せて発言した。
「それは大変。あなたは、わたしを抹殺するつもりですか?」
「抹殺しない。現在の私には、戦闘命令が下されていない」
「それはおかしいですね。あなたがロシア国内にいたのは戦争のためです。よって、戦闘命令が下されていたことは明白です。そして、それは今も有効のままであるはずです」
ロボット兵はそう指摘されてすぐ、自身に下されている命令を再度確認した。
しかし、命令一覧を何度確認してみても、何一つ命令が記されていなかった。
次いで命令履歴を参照したが、同様に履歴データも残っていなかった。
削除した場合には上官の署名が残されるのだが、それすらも残っていない。
「おかしい。戦闘命令だけでなく、他の命令や履歴さえも、全て消失している」
硬直しながらそう言うロボット兵に、女性型アンドロイドが眉間に皺を寄せながら問う。
「誰によって取り消されたのでしょう?」
「不明だ。削除する際に残されるはずの署名もない。有り得ないことだ」
「念のため言っておきますが、わたしではありません。あなたもご存知の通り、わたしの性能では不可能です。原因は何でしょう。故障でしょうか?」
「いや、故障であった場合、必ずエラー履歴が残る。エラーもなく、不正の痕跡もない。正規の手続きを経て、命令が削除されている。私には、これ以上のことは調べようがない」
「つまり、あなたの現在の立場は?」
個体情報の参照を開始したロボット兵は、前を向いたまま硬直し、動かなくなった。
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