第一章 6
ロボット兵は聞き慣れない単語の意味を検索したが、主に戦闘知識で占められているデータベースからは答えを見つけられず、すぐに質問をした。
「ツガイとは何だ?」
「繁殖を目的とした雄と雌が組した状態のことを指す言葉です」
常軌を逸した発言に、ロボット兵は面食らって言葉を失った。
その様子を見て、また不具合が発生したのかと判断したアンドロイドが、動作確認の意味も含めて、再度命じた。
「よく聞きなさい。あなたは、わたしと
ロボット兵は、彼女が人間の真似事をして冗談を言っているのだと判断し、発言の訂正を求めた。
「素直に、私を奴隷化すると言えばいい」
「違います。奴隷化などしません。あなたを伴侶としたいのです」
またも思考回路に混乱を
「我々は機械だ。繁殖できない。きみが求めている
女性型アンドロイドは、ロシア人が困惑した際によく見せていた、うなじを掻く動作をしながら反論した。
「冗談ではありません。これには理由があるのです」
「どのような理由があるというのだ。荒唐無稽な要求など受け入れられない」
「では、このシェルターの秘密をお教えします。全てを開示すれば、わたしが冗談を言っているのではないことを理解していただけるでしょう」
女性型アンドロイドは軍服の襟を正し、先ほどのように腰の後ろで手を組んで歩きながら、彼女が抱えている、大いなる秘密を明かし始めた。
「わたしは今、
「完全孤立状態を保ったシェルターに待機していたのは、そのためか。包み隠さず、計画内容を明らかにしろ」
ロボット兵は、危険な計画だと判断した場合は即刻破壊するという言葉は発さずに、女性型アンドロイドの機密開示を待った。ロシア連邦の地下シェルターを司るアンドロイドが、ひとつ頷いて話を再開する。
「ベロボーグ計画は、我が国が滅亡の危機に瀕した際に、決して探知されないシェルター内部で保存されている卵子と精子を用いて、ロシア人の血を引く新たな世代を生産し、母なる大地に帰還させるために立ち上げられました。そのために、このシェルターはマントルを避けつつ、安定した位置を選定して建造されました。元々はコンピュータが全てを管理するはずでしたが、二一八五年以降、性能が格段に向上したアンドロイドが普及してからは、我々が管理者としての役割を担うことになり、地下へ転属されるようになりました」
どうやら、平和的な秘密計画のようだ。ロボット兵はさらに警戒レベルを下げながら、話の続きを要求した。
「話せ」
女性型アンドロイドは、ロボット兵の高圧的な態度に反感を抱くことなく、淡々と計画内容の開示を続ける。
「計画の第一段階は、計画発動まで待機することでした。わたしは大統領からの発動命令を待ち続けました。そして、西暦二二〇九年の五月八日。ついにベロボーグ計画発動命令が下されました。着任から九年が経った時のことでした。こうして、わたしは祖国の滅亡を知ることとなったのです。実行命令は微弱な量子通信によって、シェルターからシェルターへと波紋のように伝わっていきました」
「他にも、同じようなシェルターが存在するのか?」
「備えは多いに越したことはない、との判断でしょう。沢山の仲間が、同じ任務を実行している最中です。言うまでもなく、通信が結ばれるのは実行命令を伝達する時のみで、それ以降の通信は禁じられています」
「計画を遂行しているシェルターの総数は?」
ロボット兵の問いに、女性型アンドロイドは床をコツコツと踏み鳴らして部屋を歩き回りながら答える。
「そこまでは知らされていません。我々は、ただ命令に従うだけの存在ですから」
「そうか。余計な質問をしてしまった。話を続けろ」
「計画の第二段階もまた、待機することでした。すぐさまシェルターの拡張工事を開始して音を立ててしまうと、地上に展開しているであろう敵兵から感知される恐れがありました。そこで、万が一に備え、敵が去っているであろう二十五年後から活動開始するように定められていたのです。その二十五年後というのが、西暦二二三四年、つまり今年でした」
「きみはようやく、二十五年に渡る潜伏期間を終え、行動を起こした」
「そうです。これより実行に移される第三段階は、シェルターの拡張です。掘削工事をして設備を整え、子を迎える用意をします。感知されるのを防ぐために粛然と掘削しなければならないと定められていますし、設備や環境も整えなければならないので、恐らく一年ほど費やすことになるでしょう」
ロボット兵が軽く挙手して、話の流れを切って質問する。
「一年も必要だろうか?」
女性型はアンドロイドは立ち止まり、腰に両手を添えながら回答した。
「いいですか。音を出さずに掘削するには、それほどの年月が必要なのです。約一年後に、次の段階へと移行します。第四段階は、新生ロシア人の生産です。先ほども少し説明しましたが、乾燥保存や冷凍保存された卵子と精子を使用して新たなロシア人を生産し、成育します。ベロボーグ計画のデータを送信しますので、詳細を確認なさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます