第一章 5

 アメリカ合衆国所属の孤独なロボット兵が西暦を尋ねると、ロシア連邦所属の女性型アンドロイドは、擬似表情筋を脱力させて呆れたような表情を見せたが、その後すぐに微笑みながら回答した。


「ああ、なるほど。電源がない状態で放置されていたのですから、時刻情報が消えて当然ですね。現在の西暦は、二二三四年です。今日で六月に入りました」


「私がこの国に送り込まれたのは、恐らく、大戦終結直後の西暦二二〇九年だろう。つまり、私は二十五年間も機能停止していたのか」




 ロボット兵は床に目を落とし、失われた二十五年の間に起きたであろう出来事を推測しようとしたが、それ以前の記憶を失っている彼には到底不可能な試みだった。


 しかし、彼は思考を止めない。


 過剰発熱するのを厭わずに思考回路を酷使するロボット兵に気づいた女性型アンドロイドは、すぐに助け舟を出した。再起動したての段階でコンピュータを酷使するのは危険だからだ。


 女性型アンドロイドが、ロボット兵の両肩に優しく手を添えながら言う。


「思考を止めてください。再起動してすぐの段階では、思考回路の最適化が済んでおらず、高負荷をかけてしまうと故障してしまいます」


 ロボット兵は頷いて、その助言を素直に受け入れた。


「了解した。思考を中断する。答えを求めすぎてしまったようだ」


「あなたは高性能ですが、無理をしてはいけません。推測や分析をせず、明確な事実だけを学習していきましょう。それでは、あなたがここにいる理由を語るとしましょうか」




 女性型アンドロイドはロボット兵の両肩から手を離し、腰の後ろで手を組んで、室内をゆっくり歩きながら語り始めた。


「また驚かせてしまうかもしれませんが、思考回路に負担をかけないようにしながら聞いてください。二ヶ月ほど前に、わたしは身を隠しながら地上に出て、あなたの機体を回収しました」


 俯いていたロボット兵が、顔を上げて聞き返した。


「機密扱いとなっている地下シェルターから地上に出て、私を回収しただと?」


 部屋の中を歩き回っていた女性型アンドロイドが、ロボット兵に向き直って答える。


「そうです。わたしはある目的のために、危険を冒してこのシェルターから出て、ビルの地下施設に横たわっていたあなたを回収しました。あなたは第三次世界大戦後にロシア連邦に上陸したあと、何らかの理由で破損し、機能停止状態になったようでした」


「原因は把握できたのか?」


「はい。破壊されたあなたの胸部に残されていたのは、自動小銃によって穿たれた弾痕でした。あなたは胸部を撃たれ、外殻と、その奥にあるデータ・コンプレッサーを破損しました。その後、背中の奥にある二つのバッテリーを抜かれ、機能停止に至ったようです。あなたを撃った個人の特定は不可能ですが、その者が、どの国の自動小銃を使用したのかは把握しています。わたしは驚きを禁じ得ませんでした」


 ロボット兵が、わずかに前のめりになって問う。


「どの国の者だ?」


「政府資料に、各国の銃弾の成分表がありました。データ・コンプレッサーにめり込んでいた弾丸の成分を分析したところ、アメリカ合衆国製であること判明しました」


 ロボット兵は思考回路に生じた混乱を覆い隠しながら、硬直したまま発言した。


「私は、味方から撃たれたということか?」


「いいえ、そうとは言い切れません。今のあなたと同様に、ロシア連邦の者に鹵獲され、認証システムを無効化された自動小銃から放たれた可能性もあります」


「そうか。そうだと良いのだが」




 味方から撃たれるということは、敵ロボット兵からの遠隔クラッキングに対抗できずに支配され、自軍に危害を加えたから処分されたことを意味する。


 そして回収されずに捨て置かれたということは、修復をしても使い物にならない不良品であると判断されたからである。


 それは、ロボット兵にとっては最も不名誉なことだった。


 彼自身は不名誉という概念を持ち合わせていないはずなのだが、正常に機能できないということが機械として不適格であることについては、不思議なことに理解できていた。


 何故なら、ロボット兵やアンドロイドは人間に奉仕するという原則がプログラムされているからだ。


 不具合を持つということは、人間への奉仕ができないことを意味する。


 そのため、彼は言い表しようのない喪失感と、廃棄される恐怖を認識したのだった。




 女性型アンドロイドが、無配慮に会話を進める。


「戦場では、鹵獲した銃を使用することは珍しくありません。それは大昔から変わりません。あなたを撃ったのはロシア兵である可能性もあります」


「そう思いたいが」


 ロボット兵の挙動に不安を感じた女性型アンドロイド兵は、彼の近くまで来て屈み、目も鼻も口もない顔を覗き込んで問いかけた。


「どうしました?」


 人間兵を観察して覚えた、肩をすくめる動作をしてみせながら、ロボット兵が答えた。


「何でもない。話を進めよう。第三次世界大戦終結後、ロシア連邦に降り立った私は、何者かに撃たれ、二つのバッテリーを抜かれて機能停止に陥った。そして、現在の西暦二二三四年まで放置されていた。次に、機能停止していた私を回収した目的が知りたい。きみは、私をどうしようと言うのだ?」


 機能不全に似た症状を見せるロボット兵の様子を観察するために屈んでいた女性型アンドロイドは、すっくと立ち上がって背筋を伸ばし、先ほどとは打って変わって、まるで上官のような仕草で答えた。


「あなたは二十五年間も放置されていたわけですが、そんなあなたを回収し、その状態から再起動できるように修復したのは、わたしです。よって、見返りを求めます。あなたはわたしに感謝すべきですし、わたしの要求を受け入れるべきです」


「どのような?」


「わたしのために働いてもらいます」


「労働内容は?」


「簡単な労働です。わたしとつがいになりなさい。これが、あなたを回収した目的です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る