最終章 郷愁としてのグロテスク
7-1
黒森の通夜は、街の葬儀場で粛々と執り行われた。
『芦屋家通夜式々場』の文字が書かれた看板を通り過ぎ、ホールの中へと入るとひどく閑散としていることに気付く。
中にいるのは黒森の親族らしき喪服の大人たちが十人前後といったところ。それから縁山学院高校の教員が数人、学校の校長と教頭、七組担任の萩村先生。さらに、斎藤先生の姿も見える。
参列者用の椅子が並べられたスペースの向こうでは、黒森の両親が恐らくは葬儀会社の人たちと疲れた様子で打ち合わせをしているらしかった。
そして、その横には檜で作られた黒森の棺があった。さすがにある程度修復されてはいるかもしれないが、通夜の最中、その蓋が開けられることは無いだろう。
それほどに黒森の頭部は損壊していたのだから。まともに残っているのが顔の右半分ほどでは、いくら参列者とはいえ見せるわけには行かないだろう。
「良一……黒森さんのこと、残念だったね」
そんなことを考えていた時、不意に後ろから声を掛けられた。振り返って見れば、制服姿の若葉が悲しげに唇を引き結んで立っている。
「若葉。おまえも来てくれたのか」
「うん。美術部の部長だしね。黒森さんが喜んでくれるかはわからないけど。私、全然面倒見てあげられなかったし」
「いや、きっと喜んでくれるさ。あいつ、あれで結構寂しがり屋だったしな」
「だといいけど……」
「それに、俺だって一人でいたら気が滅入る。知ってる顔があってほっとした」
「うん……というか、何だか寂しいね。制服着てるの私たちだけだよ」
若葉の言う通り、葬儀場には俺と若葉以外に縁山学院高校の制服を着ている者はいない。
一年七組のクラスメイトや美術部員ですらほとんど来ていないらしい。恐らくはクラスメイトくらいは明日の告別式に出席するのだろうが、それもただ学校からの呼びかけで出るだけのことだろう。
別に今更驚きは無い。教室や美術室でずっと一人、残虐画を描き続けてきた黒森は、周囲から疎ましがられていた。友達と呼べる存在なんて、俺と美里奈以外にいないのは既にわかりきっていたことだ。
「……ところで、美里奈ちゃんは?」
そこでようやく若葉は切り出しにくそうにその名前を出した。
黒森と一番仲の良かった、親友。最もこの通夜に参列するにふさわしい少女の姿は、ホールのどこを探しても見当たらない。
「家だ。黒森が死んでから塞ぎ込んでてな。ずっと部屋に閉じ籠ってる」
「あの美里奈ちゃんが……そっか。でも、無理もないよね。こんなに突然だし……私もまだ信じられないよ。どうして急に、飛び降り自殺なんて……」
若葉の声が震える。その言葉に嗚咽が混じる。気付けば、その頬を後悔の涙が流れ落ちていった。
「……やっぱり、美術部のいじめのせいかな。部長の私がもっと早く気付いていれば……」
その喉から絞り出すように自責の言葉が溢れる。
黒森の死は遺書の無い自殺として受け止められている。だから飛び降り自殺の動機は不明。もっとも、客観的に見れば黒森はいつ自殺してもおかしくなさそうな状況の生徒だった。
イジメを受け、クラスでも部活動でも浮き、おまけに難病に侵されている。それらしい自殺の理由には事欠かない。
だが――
「違う」
「え……?」
「それだけは違う。だから気に病むな、若葉。あいつはイジメなんかに負けて死んだわけじゃない。病気を苦にして、命を絶ったわけでもない」
「じゃあ……知ってるの? 黒森さんが飛び降りた理由」
「……ああ」
俺が頷いたとき、葬儀会社の人間らしき男が会場の前に出て、参列者に着席を促した。
僧侶の読経を聞いている間も、棺の前で焼香をしている間も、俺は一滴の涙も流さなかった。
何故なら、知っているから。黒森が命を絶ったその理由を。だからこそ、俺にはやるべきことがある。悲しんでいる暇なんてない。
――おまえは面倒くさいやつだったけど、本当に死んでからも面倒をかけてくれる。
だが、確かに請け負った。黒森綾乃という少女の、人生最期のわがままを。だから安心して眠ってろ。
棺の内の遺体に、俺は心の中でそう声を掛けたのだった。
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