朝日と箱の上
人は心臓を失ったら、生きていけるのか?それはノーであり、イエスである。
「綾、おはよう」
穏やかに笑う彼の声がする。私はそれに、おはようと笑いながら返し、勢いよく抱きついた。おっと、そんなふうに言いながら彼は少し揺らぎながら私を受け止めてくれる。
あたたかさがだいすきだ。彼の匂いが、柔らかさが、その声が。首元に顔を埋めると、彼は可笑しそうにくすくすと笑う。
「安心する」
「そっか、それはよかった」
「あなたの匂いがする」
「うん、君の匂いもするよ」
柔軟剤は同じだけど、と彼は私の頭を撫でながら付け足した。彼の長い指が私の髪をするりとなでる。それから背中に手を回し、ぎゅうと強く抱き締めた。うぐ、と潰れた声を私が出すと、また楽しそうに笑う声が降ってくる。幸福な時間だ。
そうしていると、また私の元に、朝がやってくる。
「………」
目を開くと、柔らかな朝に染まる部屋が目に入る。変わらない視点、景色、色。少し変わるといえば日の動きや季節で変わる光の色くらいだ。病室というものは、きっとそうなのだろう。それだけは、随分と昔から変わらなかった。
目を開け、また閉じ、そしてゆっくりとあける。また同じ夢を見た。もう得られない、過去の夢だ。まっすぐをじぃと見つめる。それしかできない。首を動かすことすら、私にはできない。それどころか、心臓を動かすことすら、私にはできなかった。
私は私の姿を見ることは出来ないが、私の姿をみてショックをうけた人の姿ならば見たことがある。その人によれば、私の姿はさながら“晒し首”だと聞いた。
白い箱の上に乗る生首。私の状態を端的に表すのならば、それだった。私には手がなく、足がなく、腰がなく、胴がなく、心臓が無く。まさしくただ、“生きている”。
「………」
目を閉じ、目を開ける。息を吸い、息を吐き、そして吸う。私の一日はこれに収束する。
人は心臓を失ったら、生きていけるのか?それはノーであり、イエスである。
人は心臓を失えば、生きていくことは出来ない。けれど、代わりのものを得れば、生きることは出来る。それどころか、医術や科学技術の進んだ今は、体さえなくとも生きることは、出来る。ただ、その状態が保たれているのは奇跡的でもあると聞いた。未だ安定性が保たれきれていない技術らしい。
私は朝を見つめる。徐々に昼へと近づく朝を。いつ見れなくなるとも限らない朝を。
死ぬのは恐ろしいだろうか、彼に会えなくなることは恐ろしい、だろうか。
死にたいといば嘘になる。私はまだ、朝を見ていたい。
けれど、死にたくないといえば、これもまた、嘘になるのだろう。
「……」
私はただ、まっすぐをみることしか、できない。
これを生きているとするのかは、また一考の余地があるのかもしれなかった。
瞬きと呼吸 沫月 祭 @matsuki_0
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