瞬きと呼吸
沫月 祭
瞬きと呼吸
私はまだ、朝を見ていたかった。五時頃から朝が部屋をゆっくりと満たすのを感じ、目を覚ます。薄ぼんやりと明るい部屋は、いつみても真っ白だ。
「………」
息を吸い、息を吐く。そしてまた息を吸い、吐いた。私はただ、その繰り返しだけをして生きている。だからずっと、朝を見ていたかった。時がすぎれば、いつこの感覚をすべて失うのか分からなかったから。
瞬きを数度。その動きの気配に気がついたのか、そばで寝ていた彼がはっと目を覚ました。
「…おはよう」
「………」
瞬きをしてその言葉に返す。彼は嬉しそうに、だけれど痛ましそうに微笑む。もうずっと見ている表情だ。私をいとおしむ気持ちを感じられるけれど、いつもこの表情をみるのが私は辛かった。目を伏せる。彼も、目を伏せた。
もうすぐ、朝が終わる。
光が強まり、部屋が穏やかな明るさから、はっきりとした白に変わっていく。その様をじっと見つめ、それから目を閉じた。
私にはそうしていることしか出来ない。目を閉じ、目を開け、息を吸い、息を吐く。
「…………。」
彼の手が、私の首を撫でるのを感じた。それから髪を。それから。
どうして私は、見ることしか出来ないのだろう。再び首を撫でた彼の手に、力が入る。息をするのが苦しかった。少しだけそうして、彼はまたため息をついて手を離した。
「ごめん」
「………」
瞬きを返す。一度。二度はいいえの合図だ。
私はまだ、朝を見ていたかった。いつまでこうしていられるか、分からなかったから。けれど、もう朝を迎えるのをやめたいとも思っていた。
もう私には、何も無いのだから。朝を見ても、彼を見ても、もう言葉を伝えることもできないのだから。
朝も、昼も、夜も。私には光が満ちていても、私のこの姿をただみつめることしかできない、彼にとっては、ただ地獄のようなものなのだと、私は知っていた。
ねぇ、どうして私は生きているのかな。真っ直ぐを見つめることしかできない私を、彼は痛ましげに見つめていた。
彼の手を握ることも、彼が私の手を握ることも、心臓の音を聞かせてあげることも、もう私に出来ることは。
瞬きと、呼吸だけ。それだけだった。
もう私には、首からしたを見つめることは出来ない。
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