第17話:メーティア=ルンダウルス


俺がミスリナ学園に入学してから一週間が経った。


戦闘科の必須単位である基幹教育の授業についてだが、集団戦闘における行動理論、魔族・魔物の種類やその特徴、そして攻撃魔法・防御魔法・支援魔法の基礎講習などがあった。


そのどれもがすでに知っている内容がほとんどで、こと戦闘に関する事であれば下手な教員より経験や知識は多い。

だから講義は退屈で、どうしても眠くなってしまう。それで講義中にウトウトと船を漕いでいると、


「寝るニャ」

「……んぁ」


と隣のミロから何度も起こされる。

ここに関しては改善していかないと主席としての面子が立たない。(出来るだけ)寝ないようにしなくてはな。


実技に関してだが、どうやら俺はラウザーにとことん気に入られたらしく、


「お前さんには俺から教えられる事はない。今更対人剣術を教えても、お前が鍛え上げた対魔物剣術の腕を鈍らせてしまうだけだからな」


との事でラウザーの補佐をする形で教える側にまわる事となった。


対人も対魔物も型が違うとは言え、基礎的な体の運び方や剣の振り方は共通点がある。使う武器が同じなのだから当然の事だ。

そのおかげでラウザーの指導にちょくちょく付け加えて教える感じでなんとか乗り切っている。

人に剣術を教えてもらう事はあっても教えた事は無かったから貴重な経験である。


そして初回の実技訓練の終わりにモニカが弟子入りを申し出て来た件だが、弟子を取る気は無かったのでクラスメイトとして剣を教えるという事で手打ちにした。

モニカもそれを納得してくれて、放課後に実技場を借りて剣術指導をする事となった。




さて、今日は一週間最後の日。

午前中は講義で午後は入学後初めての魔法関連の実技訓練がある。


午前中の退屈な講義が終わり、モニカとリリアとミロのを連れて教室を出て昼ごはんに向かおうとしたその時、


「すまない、こちらの教室にユウト=ヒビヤはいるかい?」


という男性の声が聞こえてくる。

その声の主は副会長のレイオスだった。


「はい。何か用ですか?」


教室の入り口に立つレイオスのところへと向かう。


「よかった、まだ教室にいたようだね。せっかくの昼休みのところ悪いんだが、実は学園長が君に会いたいと言っていてね。学園長室についてきてほしいんだ」

「え、今からですか?」

「ああ、どうしてもと言われてな。今時間はあるかい?」


俺はそう言われてモニカとリリアを見る。


「学園長からの呼び出しなら仕方ないよ!」

「私たちの事は気にせずに行ってきてください」


との事だったので、ミロを二人に任せて学園長室へと向かった。


・・・・

・・・

・・


「ここが学園長室だ」


レイオスに連れられたのは講義棟の最上階。

目の前には「学園長室」と書かれた両開きのドアがある。


「私が案内できるのはここまでだ。話は通してあるから一人で入ってくれ」

「え、レイオスさんは?」

「どうやら学園長は君達だけと話したい事があるらしい。だから私は席を外させてもらうよ」


そう言ってレイオスは俺たちを学園長室前に残して去って言った。

どうやら学園長は俺以外には聞かれたくない話をするようだ。


「学園長って言ったら、だよな……」


入学式の時には急用により出席していなかったようだが、パンフレットには学園長の名前がしっかりと書かれてあった。


……会うのは一ヶ月ぶりと言ったところか。


俺は扉の前に立ち、コンコンとノックする。


「ユウト=ヒビヤです」

『入りなさい』


中から聞こえてきた声に従い学園長室に入る。

そこにいたのは、俺が勇者時代に最もお世話になった人物であった。


「久しぶりねユウト」

「こちらこそ、メーティアさん」



メーティア=ルンダウルス。


この世界では珍しい紫色の長い髪、そしてモニカやリリアの可愛さとは違った大人の色気を醸した美しさ。まさに「美魔女」という言葉が相応しい人物である。

彼女はミスリナ学園の学園長にして、魔術師協会の会長を務める世界最高峰の魔術師だ。

ミスリナ学園に勤めていることは元々勇者時代に聞いて知っていた。


そして彼女は俺の師匠とも呼ぶべき存在である。

俺が勇者として召喚されてから、勇者パーティの一員として魔法に関するあらゆる知識と技術を教えてもらった。


俺が持つ膨大な魔力を暴発させる事なく自由自在にコントロール出来るようになったのも彼女のおかげであり、正直弟子として頭が上がらない。


勇者として魔王討伐が終わってからは彼女は魔術師協会会長としての戦争の後始末に追われ、俺が療養していたのもあってしばらくの間顔を合わせていなかった。


「それでは念のため、結界を張っておくわね」


メーティアが『パン!』と手を叩くと、学園長室の四隅に魔法陣が発生し、部屋を取り囲むように直方体の結界が発生する。

しかもこれはただの結界ではない。外界に空気の振動を伝えない遮音結界だ。

そして彼女は部屋の中央に置かれた机の椅子に腰掛ける。


「さて。私が貴方をここに呼んだ訳だけれど、ちょっと貴方と話がしたくてね。師匠として、そして学園長として」


メーティアは「ふぅ」とため息をつき、座っていた椅子にさらに深く腰掛ける。


「始めに、その、災難だったわね。まさか逆召喚が失敗するなんて」


メーティアはばつが悪そうに話を切り出す。


「そこら辺は、何というか色々吹っ切れました」

「本当?帰れなくなったときショックで気絶したと聞いたのだけど」

「まあ、三十年も帰れないと聞かされれば……」


会って早々湿っぽい空気になっていく。


「……ダメね、こんな話をしてたらますます気分が悪くなるだけよね」


メーティアが心配そうに俺を見つめる。

彼女はアスタリカ王国が勇者召喚に踏み込む際に、少しではあるが技術提供という形で協力している。だから後ろめたい気持ちがあるのだろう。


俺としては帰れないことは事実としてきちんと受け止めている。それに折角の再会でこんな話を続けても面白くないからな。


「はい。気持ちの整理はついているので安心してください」

「……そう」


彼女はそう言って少し微笑むと、手元にあったコーヒーカップの中身を一気に飲み干す。


そして「そういえば」と口を開く。


「まさか貴方が『学園に入学したい』なんていい出すなんてね」

「はい、学園生活をもう一度やり直そうかと思いまして」


前の世界で学生だった事はメーティアに話しているので知っている。

故にそれを聞いた彼女は「なるほど」と納得してくれた。


「勇者としての役目を終えた貴方がこの世界で一体何をするのか気になっていたところにフィア姫からこの話を聞かされた時は驚いたわ。私としては魔術師協会に弟子として招こうかと思っていたのだけど、こうして目の届くところに居てくれるのも悪くないわね」


まるで母親みたいな言い方だな。


「それで、貴方がこの世界で暮らしていくにあたって、話しておかなくてはならない事があるのよ」

「はい、なんでしょう?」

「それは貴方が勇者であったと言う経歴の隠蔽についてよ」


経歴の隠蔽ーーつまりは今現在王族が国内に敷いている俺に関する情報の流出を防ぐ箝口令かんこうれいについてだ。


「貴方を勇者だと知っているのは、国内では勇者召喚を行った王族と私を含めた一部の魔術師、そして戦争に協力した騎士団と宮廷魔術師達、そしてミロね。国外にも何人か居るけれど、なら心配ないでしょう」

「そうですね。ちなみにですが、勇者の事に関してはそれ以外の人達にどのように伝わっているんでしょうか?」


俺が勇者であるという事は隠すとして、魔王を倒したあと勇者がどうなったのか気になるものは多いだろう。

まあ、妥当なところでは『勇者は魔王を倒して異世界に帰りました』だろうな。


「そこが問題になっているのよ。勇者の現在については、『勇者はこの世界で一人旅に出た』とすることになっているの」

「え、勇者は異世界に帰ったって伝えるんじゃないんですか?」


勇者逆召喚に失敗したとは言え、『勇者は帰りました』と言ってしまえば全てが丸く収まるんじゃないのか?


「そうしたいのも山々だったのだけど、実はどこからか勇者逆召喚に失敗したと言う情報が漏れていたらしいの」


嘘だろ?

情報が漏れていたって、一体誰が……


「詳しいことはわかってないけれど、逆召喚失敗で今までにないくらいに王族や魔術師達が混乱してしまって、そこで情報網に綻びが生じて漏れてしまったものと考えられているわ。既に幾らかの筋には広がり始めていて、不味い事になっているの」


アスタリカ王国では、過去に俺だけでなく数人の異世界人を召喚した歴史がある。

そしてその度に役目を終えた勇者を異世界に返す事は国法として決まっているのだ。


故に逆召喚失敗の事実は王族が国法に反した事となる。


「なるほど。このままでは国王が犯罪者になってしまうってことですか……」

「ええ、責任は間違いなく逆召喚に失敗して隠蔽しきれなかった王族含め私達にあるわ」


しかし、この国法には一つだけ抜け道がある。


「そこで国王は一つの案を出したわ。それは勇者が帰らなかった事にする、というものよ」


その抜け道とは『異世界人が元いた世界に帰ることを拒んだ』場合である。


勇者を逆召喚するのが原則であるが、例外として帰りたくないと言うのであればこの世界にとどまることを認めるのだ。


まあ、史実においてこのパターンが適用された事は無いのだが。


「実際に勇者は元の世界に帰ってはいない。逆召喚失敗を知らない人からしてみれば『なるほど』と納得できる内容。更に国法違反を隠蔽し、勇者がまだこの世界にいるという事でギルバンド大陸に残った魔族に牽制できる。現状としてはこれが最善策よ」


メーティアは一息ついて「でもね」と続ける。


「それを元勇者である貴方に何も言わずに決める事は出来ないわ。当たり前よね、この策を適用すればユウトが勇者だとバレる確率を悪戯に上げるだけだもの」


確かにそうだ。

勇者がまだこの世界にいるとなれば、その正体を探ろうとする奴が出るだろうな。


「つまりは俺にそれを許可して欲しいと?」

「そういうことになるわ」


つまり暗にメーティアはこう言いたいのだ。


国王を裁けと。


「なかなか酷なこと言いますね」

「でも貴方にはそれだけの事をする権利があるわ。この件に関しては貴方の意思を無視できない、これが王族の総意よ」


これは国の未来を左右するレベルの決断だ。

しかし俺の答えは元より決まっていた。


「国王が決めたのであれば、そうしたらいいんじゃないですか?」

「本当にいいのね?」

「良いというか、そんな大事な決断にさせるものじゃないですよ」


俺はもう勇者を引退した身。

その肩書きをどう使おうと王族の勝手だ。


「……王族に変わって礼を言うわ、ありがとう。もちろん貴方が勇者であった事は何があっても隠し通すわ」


メーティアは心底安心したと言う顔をしていた。


「では、師匠としての貴方への話はこれでおしまい。次は学園長として新入生主席の貴方に話があるわ」


メーティアは机の引き出しから一枚の紙を取りだす。そこに書かれていたのは、




『第十六回王立ミスリナ学園武闘祭エントリーシート』



……武闘祭?

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勇者様は帰れない!? ジョージ和寛 @georgewakan

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