第16話:記憶のカケラ



私、いや我々は古くより人類と敵対してきた。


二つの大陸を隔てて争い続け、我らは数え切れぬ程の多くの人類を殺め、そして同時に多くの同胞を失った。


我らの目的はただ一つ。


二代大陸全てを魔の軍勢で制圧し、世界統一を成し遂げる事。その為には人類が邪魔だったのだ。


しかし何度もカニバルド大陸に軍を派遣すれど、優秀な人類の魔術士や騎士に圧倒され大きな結果を得る事は出来ず、長らく膠着こうちゃく状態が続いていた。


そんな時、とある魔族が名乗りを上げた。


彼はそこに居るだけで時空を歪める程の圧倒的な魔力を持ち、その聡明な知略によりあらゆる魔族や魔物を味方につけ、あっという間に軍のトップに上り詰めた。


そして何時いつしか皆は彼の事を『魔王』と呼ぶようになった。


私はその魔王の側近となり、右腕として支え続けた。


それからと言うもの、『魔王軍』は人類軍を押し始め、ほぼ全てのいくさにおいて勝利を収めるようになった。


そして二大大陸唯一の陸続きの場所に面した人類の最前線、アスタリカ王国の陥落まであと一歩というところまで来た。


ここを落とせばカニバルド大陸に魔王軍の拠点を作ることが出来、さらに優位に戦争を行える。


これなら勝てる。人類を根絶やしにできる。


そう思った矢先だった。


カニバルド大陸に派遣した斥候せっこう兵からとある情報が入った。






「アスタリカ王国が異世界から勇者を召喚した」






その勇者の力は凄まじかった。


剣の一振りで数千もの魔族を両断し、その魔法は山脈の形を変える程強力で、まるで単騎で軍隊と言って差し支えない戦力であった。


さらに悪い事に、その勇者はカニバルド大陸のあらゆる場所から仲間を集い人類最強のパーティを組んだ。


それは異世界の勇者を始めとし、


猫人族ケットシーの拳闘士:ミロ=ネスラル

王国騎士団団長:ライデン=シュヴァルツ

魔術師協会会長:【魔術皇】メーティア=ルンダウルス

エルフ族長:【精霊王】セレス=シトロム


の五人であり、彼らは騎士団や魔術師団を率いてあっという間に前線を押し返し、ギルバンド大陸に攻め入ってきた。


それに対抗するため、魔王軍も持てる力の全てを戦に費やした。

時には魔王が直接前線に出るなど、まさに人類と魔族の総力戦となった。





そして、魔王軍は敗れた。


圧倒的な魔王の力を持ってしても勇者パーティを押し切ることが出来ず、その数の暴力に耐えられなかったのだ。


結果私を初めとした魔族はギルバンド大陸の端まで追いやられ、対する人類はギルバンド大陸に拠点を建設。まさに絶対絶命の状態となった。


ギルバンド大陸内に存在する多くの強力な魔物も統率を失い、今も人類に確実に数を減らされている。


このままでは魔族や魔物は滅んでしまう。

憎き勇者の手によって、憎き人類の手によって。


だから私は考えた。

この絶体絶命のピンチを覆す一手を。



そしてたどり着いた案は「魔王の召喚」であった。



アスタリカ王国が勇者を召喚したように、こちらも魔王を召喚するのだ。

もちろんただ召喚するのではない。召喚の触媒として魔結晶というものを使う。


この魔結晶は水晶に魔力が込められたものであり、もしもの時のためにと魔王が自らの膨大な魔力の一部を込め保管していた。

そして勇者から逃れ、魔王城から命からがら逃げた際に私が一緒にもってきたのだ。


異世界からの召喚には途方も無い程の魔力を必要とするが、この魔結晶には一度だけなら召喚が可能な魔力が残っている。


故に一度の失敗も許されないのだ。


確実に召喚を成功させるために、残った魔族で召喚魔法陣の研究を進めなくてはならない。

それと並行して新たに攻めてくる人類軍への対抗策も練らねばならない。


さらに我々が生活する拠点の確保、人類軍に関する情報収集、軍の基本戦力の底上げ、兵器開発……


考えるだけで眩暈めまいがする程やる事は多い。しかし、やり遂げねば我らが人類の餌食えじきになるだけだ。




生き残った同胞を、家族を、守るために。


かつての魔族の誇りと輝きを取り戻すために。


そして魔族から全てを奪い取ったあの『勇者』に復讐するために。



我らの進む道に、栄光あれ。




・・・・

・・・

・・



ユウト達が学園に入学してから約一週間後、


「会長、到着いたしました」


アスタリカ王国の兵士育成機関、ミスリナ王立学園の校門前に一台の馬車が到着する。

その豪華な装飾のなされた馬車を運転していた御者が、馬車の中にいる者に到着を知らせる。


「会長と呼ばないで頂戴ちょうだい?私はここでは『学園長』よ」

「も、申し訳ありませんでした、学園長」

「別に怒ってるわけじゃ無いわよ?しばらくその呼び方をされてなかったから、今のうちに慣れておこうと思って」

「は、はぁ。左様で……」


中にいた女性は馬車のドアを開け、艶やかな紫色の髪をなびせながら馬車を降りて校門の前へと向かう。


「ここに戻ってくるのはギルバンド大陸に行って以来かしら。三年も開けてたのに学園長の席を残してくれるなんて、メルデンスも案外律儀ね」


メルデンスというのはまぎれもないアスタリカ王国の国王の名前である。

彼の名を呼び捨てれば不敬罪に問われるのが普通だが、彼女はそれが許されている数少ない人物である。


「でもあの男、せっかく私が学園に復帰する入学式当日になって急用でギルバンド大陸に行けと言うんだもの。今度会ったら謝礼の追加でもしてもらわないと気が済まないわ」


彼女がブツブツと小言を言っていると、校門の憲兵が彼女に気づいて敬礼する。


「こ、これはこれはメーティア学園長!!!お戻りになったのですか!?」

「ええ、今日から学園長として復帰するわ。門を開けて頂戴?」

「かしこまりました!只今!」


憲兵が学園の門を開ける。


彼女には学園長として復帰するのもさる事ながら、実はもう一つ楽しみがあった。


魔術師協会会長として、自身のあらゆる魔術の知識を教え込んだ弟子と会う事である。



「あの子、ユウトは元気にしてるかしら?」



そう呟きながら、軽い足取りで三年ぶりの職場へと向かうのであった。

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