第15話:実技訓練2


ラウザーによるモニカへの剣術指南が終わり、次々と戦闘科の生徒達がラウザーへ挑んで行く。


「とりゃあっ!」

「甘いっ!」


先ほどのモニカの様に巧みに連撃を繰り出せる者は現れず、数回打ち合うだけでラウザーに剣を落とされるばかりであった。

半分程終わったが、ここまででまともに剣術を使えているのはモニカぐらいである。


「よし、次!ユウト=ヒビヤ!」


お、俺の番か。

立ち上がって練習用の剣を手に取り軽く振ってみる。

大きさや重さは確かに騎士団で使われている規格とほぼ変わらないものであった。

勇者時代に使ってたと比べて軽く、リーチも短いが問題ないだろう。


そして実技場の中央に立ってラウザーと向かい合う。


「さて、待ちに待った君の番となった訳だが。君は剣術などを何処かで習った事はあるか?」


向かい合って早々にラウザーから質問される。

剣術はライデン騎士長から直接習っていたが、それを言う訳にもいかない。聞かれる前に先に嘘をついておこう。


「はい、以前とある冒険者に剣術を習った事があります」

「やはりそうか。と言う事は君の剣はではなく用のものだろう」

「え、そう言うのってわかるんですか?」


冒険者というのは嘘だが、実際にラウザーに教えてもらったのは対人ではなく対魔物のための剣術だ。

前者は人と人が剣同士、もしくは剣とその他の武器で戦うことになった事を想定しており、人間の急所を的確に突いて効率的に無力化できる様になっている。モニカが使っていた剣術もそれに当たる。

そして後者は武器を持たない自分より体格の大きい魔物を相手にする事を想定したものである。こちらの場合は魔物の強力な攻撃を回避するか耐え、そして攻撃のチャンスが巡ってきたら魔物の体を一気に両断して殺す事を目的としている。


対人剣術よりも大雑把と言えば聞こえは悪いが、種類の多い魔物の急所なんてわざわざ覚えてそこを狙うよりも、両断してやったほうが楽だし効率的なのだ。

この様に二つの剣術は動きに大きな違いがある。

しかしラウザー教授とはまだ戦ってないし、俺が剣術を習っている事、さらにはそれが対魔物用である事は言っていない。


「さっき剣を手に取った時軽く振っていただろう?試しのつもりだったのだろうが、一振りの間の体の重心の動きが対人剣術と比べて大きかった。典型的な対魔物剣術の特徴だ」


なんという事だ。

素振りだけで見破られていたのか。


「やはり対人用で戦った方がいいですか?」

「いいや、そのままで構わない。対魔物用でも対人戦が出来ない訳じゃないからな。さて、そろそろお喋りを辞めにして実践と行こうか。【ブースト】」


ラウザーが身体能力強化魔法を使用する。

俺も同じ魔法を使うが、潜在魔力量3万程度の強化で留めておこう。


「【ブースト】」


俺はラウザーの構えよりも更に重心を低くして体勢を前倒しにし、体の傾きと平行になる様に剣を構える。


「ほう、これはまた凄まじく濃密な魔力だ。先手は譲ろう、かかってこい」


ラウザーの目は相手のどんな動きも見逃すまいと大きく見開かれている。

よし、それじゃあまずはお手並み拝見といこうか。


俺は魔力を込めた脚で地面を蹴り砕き、一直線にラウザーに迫る。


「シッ!」


一閃いっせん

ラウザーの体を上下に両断するつもりで横薙ぎを繰り出す。

相手からして見れば動きは大きく狙いも分かりやすい。対人なら剣筋をずらされてカウンターをもらいやすい悪手だ。

そして対するラウザーも対人戦術のセオリー通りに俺の剣筋に対して斜めになる様に剣を構えていなそうとする。しかし、


「ぐぅっ!!」


俺が使うのは人を切る為ではなく魔物を切る為の剣術。故にパワーが違う。

上向きに殺しきれなかった水平方向への凄まじい圧力がラウザーを襲う。

だがやはりラウザーも元騎士団の手練れの剣士。しっかりと地面に足をつけて重心を即座に下げ、衝撃を地面へと逃す。


結果ラウザーの体は1メートル程後退しただけで済んだ。その足元は抉れてヒビが入っていた。


「おいおい、困ったな。初手からこのレベルか。ちょっと油断しすぎたな」


しかしそう言うラウザーの口元は笑っていた。


そして俺はそんなラウザーに追撃を加えるべく再度距離を詰め上段からの振り下ろしを放つ。すると、


「うぉらぁ!!!」


突然ラウザーの体から大きな魔力反応が現れ、俺の攻撃に対し切り上げで反撃、そのまま剣を弾き返されてしまった。

間違いない、この人強化倍率を更に上げたな?


「先生は反撃しないんじゃ無かったんですか?」

「基本的には、な。だが最初の一撃で分かった。お前さんの剣術は既に学生レベルを超えている。そんな相手に手加減してたらこっちが怪我するんでな」


いや、このラウザーの笑顔だ。

もっと別の理由があるな。


「本当に理由はそれだけですか?」

「……意外と鋭いな。まぁ、ぶっちゃけて言えば、騎士団やめて教師になって生徒の相手ばっかりしていると腕が鈍っちまってな。ちょうどまともに戦える相手が欲しかったところなんだ」

「俺にサンドバッグになれって事ですか……」

「そうは言ってないが、いや?そう言っているようなもんか?」


まあ、俺も勇者をやめてしばらくまともに剣を振ってなかったからな。その気持ちは分からんでもない。


「いいですよ、授業の範疇はんちゅうから外れていいならお相手します」

「そうか、ならば他の生徒の指導を終えて最後にお前の《指導》をすることとしよう。おそらく疲れて授業にならなくなりそうだからな」


確かにそれには納得だ。

授業を疎かにしてしまってはそれこそ教師失格だからな。思ったより冷静な判断で驚いた。


「わかりました。じゃあ一旦戻ります」


・・・・

・・・

・・


そして授業終了まで一時間を切った頃、俺以外の指導が終了した。


「よし、それではユウトの番だ」


俺は先程と同じように剣を取り、ラウザーの向かいに立つ。すると、ラウザーは残りの生徒の方を向き、


「さて、今日は授業の最後に私と彼で模擬戦を行いたいと思う。なぜ彼なのかと言うと、おそらく彼は剣術において学園トップレベルの実力を持っており、私と戦う事で皆の良い見本となると思ったからだ」


あ、さりげなく理由捻じ曲げたな。


「この中には何人か卒業して騎士団に所属したいと考えているだろうから、その様な者は尚更目を凝らしてよく見るように」


生徒の方を見るとモニカがメモとペンを手に最前列に座り、真剣な眼差しで俺たちを見つめていた。

許可したとは言えなんか恥ずかしいな。


「それでは始めようか【ブースト】!」


ラウザーが剣を構え、身体能力を強化する。

その魔力の流れと密度は先程皆を指導した時とはまるで別次元だ。


(スカウター、オン)


俺はスカウターでラウザーの潜在魔力量を図る。



『対象の潜在魔力量:31540』



おいおい、3万超えてんじゃんか。

数千人いる宮廷魔術師団でも、こんな数値を出す人なんて片手で数えられるぐらいしか居なかったぞ。


____それじゃあ俺は4万ぐらいで行くか。


全力出せばもちろん勝てるが、それじゃ面白くないし、何より実力を隠さなくちゃいけないからな。



「【ブースト】!」


ラウザー同様魔力をまとって能力を強化する。




「「………」」



そしてお互いに動かず睨み合う。

おそらくラウザーは対人用の剣術を極めているため、相手の出方を見てから動いて『後の先』をとる戦術が得意なのだろう。

ならばお望み通りいかせてもらう。


ユウトは利き足で地面を蹴って前へ飛び出す。


(さっきは横薙ぎで反応されたから、同じ手は通用しない!)


そう思った俺は初撃に左上段からの打ち下ろしを選んだ。


「……っ!」


もちろんラウザーはそれを読んでいたかの如く剣を斜めに構え外へ流そうとする。

しかし今度は勢いを殺すだけでなく、地面に杭を打ち付けるように強く踏み込み体を前に出す。

おそらく俺の剣を流し切って懐に入るつもりなのだろう。


(させるかっ!)


いなされて大きく右にれた剣筋を正す為、剣を戻すのではなく自身の体の方を大きく右へステップする。

そしてそれを追うようにラウザーの剣が眼前へと迫る。しかし俺は相手ごと吹っ飛ばすつもりの威力でそれを弾き返す。


「くっ!」


ラウザーはそれでも剣を手放す事は無かったが、流石に対魔物を想定した威力に耐えきれなかったのか重心が傾きバランスを崩す。


「ハァッ!!」


その隙を見逃さず、更にそれ以上の力を込めて左下からの切り上げを放つ。

ラウザーは流石に剣では受けきれないと悟ったのか、半身をずらして紙一重で躱した。


ラウザーのその判断は正しかった。

剣が振り抜かれた剣筋に沿うように衝撃波が発生し、斬撃が後方へと飛んでいく。そして、


『スガァァァン!!!!』


実技場の端の観客席に直撃。

客席の一部を破壊してしまった。

もしこの一撃をラウザーが体勢を崩したまま剣で受けていたら体ごと飛ばされていただろう。

彼の冷静な判断が成した回避である。


しかしラウザーもやられてばかりではない。

俺の超重量級の一撃一撃をなんとか受け流し、時には躱してカウンターを放ってくる。


確実に押してはいるはずなのだが、なかなかどうして攻めきれない。

大振りになりすぎて隙を作れば、なおさらカウンターをもらいやすくなる。

そう考えた俺は大きく踏み込んだ強撃を避け、威力を少し落とした。


その瞬間だった。


『ガキィン!!!』


「なっ!!!」


俺が剣撃の威力を落としたのを見逃さず、ラウザーは持てる力全てで俺の剣を弾く。

それによって軌道を大きくずらされてしまう。


(最初からこれを狙ってたのか!!!)


俺の強撃をギリギリで受け続け、その対処に慣れていき、隙を見てカウンターを放つ事で危機感を煽る。

強撃で隙を作って反撃されるのを警戒させて威力を少し落とした甘い剣を誘い、それを全力で叩き落とし強烈なカウンターを浴びせる。


俺はまんまと罠にはまったわけだ。

すでに懐に入ったラウザーが剣を振り抜こうとしている。


だがまだ対処は間に合う。

攻撃の軌道が変わった剣の柄を一層強く握り、体を無理やり後退させ攻撃が直撃するまでの時間を稼ぐ。


稼げた時間は零コンマ数秒。

その間に全力で振り抜いた俺の剣がラウザーの剣に……




届いた。



『ズガァァァァァン!』



その瞬間、まるで大砲でも打ったかのような、剣同士がぶつかったとはとても思えない音が響く。そして、


「む?」

「あれ?」


更に追撃を、と思っていた二人は自分の持つ剣を見てはたと止まる。


どちらの剣も持ち手から上が無くなっていた。

おそらく先程の一撃で武器の方が先に限界を迎え、破壊されてしまったのだろう。


「えーと、これどうしましょうか」

「続行不可能、だな。ちょうど授業も終わる時間だ。名残惜しいがこれで打ち止めとしよう」


ラウザーが右手を差し出す。


「いい試合だった。最後の一撃は確実に決まったと思ったんだがな」

「俺もなかなか攻めきれなくて焦りましたよ」


差し出された手をしっかりと握る。


今回俺がラウザーに太刀打ちできたのは、潜在魔力量を4万と彼より少し高めに設定したからだ。

もし剣術だけで戦おうと思ったら間違いなく彼の方が上手だろう。


ふぅ、と一息ついて生徒観客の方を見ると、驚愕が3割、わけわからんが7割って感じで驚きを通り越して無言だった。


ただ3人を除いて。


「すごいすごいすごい!先生と互角に戦うなんて!!!」

「まるで伝説の聖騎士様のようでした……流石です!」

「ユウト様なら当然ニャ」


モニカとリリアはキラキラとした瞳でこっちを見ていた。ミロは本当の俺を知ってるから驚くことは無いだろうな。


そして俺とラウザーの一騎打ちを最後に授業は終了となった。




その放課後、




「ユウト!いや、ユウト師匠!私を弟子にして!いや、してください!!!」


とモニカに全力で迫られたのは言うまでも無い。


・・・・

・・・

・・


【ラウザー】


授業終了後、私はスッキリとした気分で職員室へと向かっていた。


「やはり、身体を動かすと言うのはいいものだな」


相手を見据えて一対一で立ち会う緊張感。

そして戦いの最中の高揚感。


騎士をやめてしばらく忘れてしまっていた感情が蘇ってくるようだった。


しかし、あのユウト=ヒビヤという少年は一体何者なのだろうか?

入試試験の結果もさることながら、剣術の腕も相当なもの。おそらく今すぐ騎士団に入っても即戦力になるレベルだ。


しかも最も奇妙なのは、彼が使う剣術が対魔物用である事だ。

そもそもこの学園に入学している年代で対魔物用の剣術など習うことはまずない。


それこそ、にでも居なければありえない事だ。


さらに彼は対魔物用剣術を冒険者に習ったと言って居た。

しかし、彼が使っていた剣術はおそらく私が騎士団で見た事のある型だった。


そう、まるであのライデン騎士長のような……


「まぁ、そんなことある訳ないだろう」


ありえない事を考えても仕方ない。

今は目の前の業務に集中しよう。

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