第14話:実技訓練1

一夜明けて学生生活二日目。

本日は午前で学園内の施設案内、午後に実技訓練という授業構成となっていた。

案内のあった施設は既に行った場所ばかりで、案の定旅行ツアーみたいにラウザーの話を聞きながら回るだけだった。

モニカ達と一緒に先に見学しておいて正解だったな。


そして同時にこの学園の育成カリキュラムについての説明もあった。


まずこの学園には大きく分けて二つのコースが存在している。


一つ目は武術や魔術を極め、前線に出て魔物と戦う騎士や魔術士を目指す戦闘科。


二つ目は新たな魔法道具マジックアイテムや魔法陣及び魔法構成式の開発を目指す技術科。


この二つのうちどちらのコースを選ぶかで取得するべき単位が変わってくる。

ちなみにSクラスは7割が戦闘科志望であった。


戦闘科について詳しく話すと卒業要件は3つで、


・基幹教育と呼ばれる、魔法や魔物に関する基礎知識を学ぶ講義の単位を全て取得する事。

・各学年の学期末ごとに学園から出される技能課題をクリアする事。

・卒業までに魔物との実戦を必ず行い、魔物の討伐数が規定以上に達している事。


となっている。


三つ目の魔物との実戦に関してだが、これは戦闘科一年の後期から始まるカリキュラムとなっており、アスタリカ王国を出て実地戦闘を行うのだそうだ。


そしてこれは単独戦闘ではなくパーティを組んで集団戦闘を行うらしい。

これは戦闘科の卒業生の大多数は騎士団か宮廷魔導師団に所属し集団での行動が求められる様になるため、早いうちから複数人での連携に慣れていくのが狙いのようだ。


最初はアスタリカ王国周辺の低レベルの魔物との戦闘から始まり、卒業する頃になると直接ギルバンド大陸まで赴いて魔物と戦うようになるそうだ。

特に卒業試験の課題は難易度が高く、場合によってはケルベロスなどの上級の魔物を相手にする事もあるようだ。もちろん過去に死者も出ている。


それを聞いた時のSクラスの面々の引きつった顔はなかなか面白かった。


そして今はその説明会を終えた後昼食を挟み、午後の実技訓練のため実技場まで移動中だ。

そこで昨日と同じように四人並んで歩いているのだが、


「ねえミロ、実はこの前王都中心街にカフェ形式のケーキ屋さんができたらしいの!今度食べに行かない?」

「ケーキ屋?是非行ってみたいニャ」

「何でも開店セールでケーキは半額らしいです。とても美味しいという事で評判みたいですよ?」


いつのまにかミロとモニカ達が物凄く仲良くなっていた。

どうやら三人とも同じ寮の部屋に住む事になったのが原因らしい。主人である俺としてはミロに仲の良い友人が出来るのは嬉しい限りである。


「ユウトも是非一緒に行きませんか?」


とリリアが俺を誘ってくる。

カフェ付きのケーキ屋って、日本でいうスイパラみたいなもんだろ?

周り女子ばっかの中に特攻して行く勇気は流石に持ち合わせてない。


が、ここで断っては男が廃る!


「分かった、俺も行くよ」

「では、今度の休日にでも四人で向かいましょうか」

「やった!」

「楽しみニャー♫」


そんな話をしていると実技場に到着していた。

男女に分かれて更衣室に入り、制服とともに支給さていた実技服に着替える。

着替えを終えて中に入り、先に待機していたラウザー教授の近くに他のクラスメイト同様に集まる。


「よし、きちんと授業開始前に集まったな!まあ当然だ。それでは午後の授業は実技訓練を行う。まずは手始めに準備運動として実技場を30周してもらう」


開始早々ランニングか。

円形の実技場は目測で半径50メートル程、円周は約300メートルだ。よって30周で約10キロメートルである。


「もちろん魔法による身体能力強化やショートカット、そして回復魔法等は全て禁止する。魔法に頼らないお前達の持久力を見せてもらおう。ちなみに周回数を誤魔化した者は10周追加だ」


露骨に嫌そうな顔をする生徒達。

今までそんな距離を一度に走った事は無いのだろう。


しかしこの基礎的な身体能力はとても大事だ。

よく勘違いしている奴が言う言葉が、


「身体能力なんて魔法で強化すれば良いから、体を鍛える必要なんてない」


だ。それが大きな間違いである。

むしろ鍛えればそれだけ身体強化魔法を使った時の恩恵が大きい。

なぜなら身体強化魔法は倍率で能力を向上させる魔法だからだ。


例えば自らの身体能力を10倍にする魔法があったとする。

1の身体能力を持つ者がその魔法を使えば10となり、能力は9だけ増えたこととなる。

しかし元々10の身体能力を持つ者が魔法を使えば100となり、能力は90も増える。

日頃から鍛えているのと鍛えていないのでは天と地ほどの差があるのだ。

俺も勇者になって日が浅い頃は、ライデン騎士長に日が昇ってから日が沈むまでただひたすら走らされてたっけ。あの時は地獄だったな。


てな訳で実技場の端に集合し、ラウザーの開始の合図とともにランニングが開始される。




「はぁっ、はぁっ、も、もうダメ……」

「いきなり30周とか無理だ……」

「死ぬっ、疲れ死ぬっ!」


15周ほど回ったところで歩き出す生徒が出始める。


「ほらほらどうした!お前達それでもSクラスか?戦闘科に入ったのならこれくらい余裕で走れて当然だぞ!」


遅れ出した生徒達にラウザーがげきを飛ばす。

それでも一周重ねる毎に先頭集団は減っていき、25周目に差し掛かった時には俺、ミロ、モニカ、リリア、そしてソフィアだけだった。


「すごいねユウトとミロ!まだまだ余裕そうじゃん!」


と走りながらモニカが賞賛してくれるが、モニカも汗ひとつ流しておらず余裕の表情だ。


「まあこれくらいは当然だろ。それよりも俺はリリアが付いてきてるのが意外なんだが」

「私はっ、モニカにっ、あちこち連れまわされたお陰ですっ。はぁっ、はぁっ、でも、正直もうっ、しんどいです」


リリアはモニカ程体力は無かったらしく、息は荒く額には汗が滲み出ていた。

そして注目すべきは、一歩一歩踏みしめる度にたゆんたゆんと揺れる胸の膨らみである。


「はぁ、はぁ、もうっ、限界っ、ですっ」


汗で若干服に張り付いているのも相まってなんともスバラシイ光景となっている。

ほら、また揺れる、揺れる、揺れる。


「何を見てるニャ」

「あだだだ!!!」


すると横を走っていたミロが俺の耳を思いっきり引っ張ってきた。


「なにすんだミロ!良いとこだったのに!」

「何が良いとこニャ。ユウト様は前だけ見て先頭走ってるといいニャ」


そして当のリリアはというと、


「すみません、私っ、もう歩きます……」


あまりに疲れていたためかユウトの視線に気づかぬまま、速度を落とし歩き始める。

あの光景を見れなくなるのはいささか残念だが、無理はあまり良くないからな。


そしてソフィアは一体どこにいるのかというと、先頭集団の一番前を走っていた。

彼女はランニング開始直後からずっとトップを維持して同じペースで走り続けている。

顔を見ると疲れている様子は一切ない。どうやら魔術だけじゃなく基礎体力もしっかりと鍛えているようだな。感心感心。


程なくして俺達は30周を走り終える。体感時間で大体17、8分と言ったところだろうか。軽い準備運動にはなったな。

そして30分経っても30周にたどり着かなかった者は中断させられて実技場の中央に集められる。


「30分以内に完走できたのは15人中7人か。これから実技訓練の前は毎回このランニングを行う。完走出来なかった者は己の体力の無さを大いに恥じ、能力向上に努めるように!」


「「「「「「は、はい……」」」」」」


乾いた返事をするクラスメイト達。

俺は一向に構わないんだがな。


「よし、それではこれからが本番だ!実技訓練は剣術と魔術の訓練を交互に行う事となっている。今回は剣術だ」


ラウザーの横には先頭科全員分の剣が棚に置いて用意されている。

彼はそこから一本の剣を取り上げる。


「お前達には実技の際、用意したこの剣を使ってもらう。ちなみにこれは訓練用で刃がついていない。だが基本的な形や重量は本物と同じに作ってあるから無防備なところに当てれば骨の一本や二本は持っていくぞ。注意するように」


ラウザーの持つ剣は両刃の両手剣。

形状を見るに騎士団が普段使っているものと変わらない作りをしている。


「さて、訓練とは言ってもそれぞれ剣術の上手下手がある。と言うわけでこれから一人ずつ剣を持って俺と戦ってもらい、実力を見せてもらう。ただし、こちらは魔法による身体能力強化のみは認めよう」


ざわつく場内。


「もちろん戦うと言っても俺からはほとんど攻撃はしない。俺は基本攻撃を受けるだけだ。それでも十分に実力は測れる。さて、我こそは一番にと言うやつはいるか?」


しかしすぐに静まりかえる。

まあこう言う場面で臆せず名乗りをあげる奴なんて……


「はい!私やりたい!です!」


いたよ。

俺の真横で思いっきり挙手するモニカが。


「おお、君はモニカ=ハエンだったな」

「はい!」

「そうか、ハエンか。多分だが、君の父親は騎士団に所属してないか?確か名前はガイウス=ハエンだったな」

「お父さんを知ってるんですか!?」

「やっぱりか。俺は教師になる前は騎士団に所属しててな。ガイウスとは元同期だ。同じ姓だったからひょっとしてと思ったんだ」


おお、モニカって騎士の娘だったのか。

そういやモニカのやつ、確か自己紹介の時に魔法を使うより剣を振るほうが好きとか言ってたな。


ちなみにライデン騎士長をトップとした騎士団は「師団」と呼ばれるいくつかに別れた部隊編成単位があり、師団長とはその内の一つを任されている者を指す。

故にモニカの父親は騎士としてはかなり上位にいるという事になる。


モニカはラウザーから剣を受け取り、幾らか距離をとって彼と向かい合う。


「師団長の娘で、しかも戦闘科希望ときた。ならばそれなりに期待していいんだな?」

「はい!期待に応えられるよう頑張ります!」

「よく言った。それでは構えろ、何処からでも好きに掛かってくるといい」

「分かりました、【ブースト】!」


モニカがそう叫ぶと、魔力の層がまるで鎧のように彼女の周囲を纏っていく。

これが無属性身体強化魔法である【ブースト】。

自身の魔力を体内で血管を通すように循環させ、筋肉や肺、心臓などの強度や機能を大幅に向上。

更に皮膚の周囲を魔力で覆い硬化させる事により、人間の限界を超える身体能力を実現させる魔法である。

無属性魔法は一応適正属性とは関係なく使える魔法であり、この【ブースト】は戦場に立つ者として騎士であれ魔術師であれ基礎として使いこなしていなくてはならない魔法だ。


「ほう、無駄のない良い魔力の流れだ。やはり近接戦闘には慣れているようだな。【ブースト】」


同じくラウザーも身体能力強化魔法を使う。

そしてモニカは剣を両手でしっかりと握り、利き手側を前に出して剣の切っ先を持ち上げ、心臓より高い位置で構える。

剣の先端がラウザーに向けられており、即座に突き、もしくは切り上げの動作に移ることのできる構えだ。


「モニカ=ハエン!行きます!」


彼女はその型のまま地面を思いっきり蹴り、数メートルの距離を一息に詰める。


「はぁっ!」


そして移動の間に剣の先端を下ろし、そのままラウザーを左斜め下から切り上げる。

それに対してラウザーは即座に剣先をモニカの剣の下に潜り込ませ、そのまま剣同士を滑らせていく。


「……っ!」


モニカは追撃の手を緩める事はない。

彼女は弾き上げられそうになる剣を手元に引き戻し、二度、三度と突きを繰り出す。しかしその全てをラウザーは剣で受け止めていく。


「っらぁ!」


剣を受けながら少しずつ後ろに下がっていくラウザーを追い込むように、モニカは最後の突きの直後に右の利き足をさらに強く踏み込んで左薙ぎ、つまり左からの水平切りの体制に入る。


「ふっ」


ラウザーは上体を反らし、彼女の攻撃を剣で受ける事なく紙一重で躱す。


「なっ!!!」


まさか空振りになるとは思わなかったのだろう。

モニカはそれに驚きの声を上げる。

しかしその勢いを殺す事なく回転し、剣先の軌道を途中で水平から上向きにして遠心力の要領でラウザーに向かって剣を振り下ろす。


「器用なもんだ」


ラウザーは即座に体勢を戻し、右下からの切り上げで対応。すると、


ガキィィイン!!!!


と金属同士の凄まじい衝突音が生徒全員の鼓膜を襲う。両者の剣撃の余波でラウザーが立つ地面が少し抉れる。


それから何度もモニカは追撃していくが、全て完璧に受けられるか避けられるかで有効打は与えられぬまま、


「そらっ!!!」


疲労が重なり剣の握りが甘くなった所に強力なカウンターを貰い、モニカの剣は弾き飛ばされてしまった。


「はぁっ、はぁっ、さ、流石です」

「まあな。で、モニカの剣術についてだが、構えや攻撃中の基本動作などはしっかりと定着しているようだ。しかし一回一回の攻撃の際の予備動作が大きすぎる。確かに強く踏み込む程一撃の威力は上がっていくが、逆に相手にとっては攻撃を予測しやすくなってしまう。最初の横薙ぎなんかは典型的だな。これでは避けてくれと言っているようなものだ」


ラウザーはあの一戦でモニカの動きを分析し、的確にアドバイスをしていく。

確かに師団長の娘と言うだけあって剣の腕はなかなかのものであったが、どうやらまだラウザーとはレベルが違ったようだ。

ランニングで汗ひとつ流さなかったモニカが肩で息をしているのに対し、ラウザーは澄ました顔でいるのがそれを物語っていた。

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