そして再び平和は訪れた


 巨人の遺跡の通信系統が突然復帰した。

 早速魔王城に通信を試みるも、全く応答が無い。


(やはり城で何かが……まさか!? )


「軍師殿! どちらへ!?」


 ラムダ補佐官が止める間もなく、アルムは探し当てた帰郷の羽を使用する。


「待ちなアルムッ!」


 姿が消える間際、その体にセスが触れた。



 何かあった時のために、アルムは帰郷の羽の転移先を変えた時は必ず自分の家の前に戻していた。そしてたった今、転移した先で……。


「僕の家が……」


「ひどい! なんでっ!?」


 家は焼失し、見るも無残な姿がそこにあった。

 母との思い出が詰まった大切な家が、何者かの手により放火された。


 雪の上に残された犯人と思わしき複数の足跡。

 それが魔王城へと続いていたのだ。


「アルムッ!」


 夜が明け始め光が差し込んできた山林の中を、アルムは無我夢中で走り出す。

 振り払いきれない最悪の予感を抱えながら、何もかも放り出し、ただひたすら。


「うわっ!?」


 急に足場が悪くなり、目の前に現れた巨大な物に驚いてしりもちをついてしまった。辺りの木々は倒され、獣道がふさがれてしまっている。


 その奥にある巨大で恐ろし気な形をした何か。

 正体に気付くには少々の時間を要した。


「ファーヴニラ!?」


 全く動く気配がない。追いついたセスがアルムを追い越し、石となった魔黒竜へと近づく。


「……違う、あたしらの仕業じゃない。無茶苦茶な魔力の痕跡こんせきを感じる!」


 最悪な予感に悪い連想が重なり、足がすくみそうになる。

 しかし、行かねば!



(シャリィッ!!)


 いつもの開けた場所。


 母の墓石がある場所。


 いつもと変わらぬ魔王城。


 

「止まれっ! それ以上行くな!!」

「うわっ!」


 城に近づこうとしたアルムは結界によって阻まれ、弾き飛ばされた。

 一連の事象により結界内へ入れるまじないが解けてしまったのだろうか?



 謎は一瞬で解明され、最悪の予感は現実となってしまっていた。



「遅かったじゃないかアルム」


「ノブアキッ!!!」


 身を起こし憎むべき者の名を叫ぶと、呼ばれた方は笑いながら近づいて来る。


「残念だが魔王は倒した。私が勝ち、君の負けだ」


(……)


 ノブアキの言葉にショックを受け、声の出ないアルムに代わりセスが前に出る。


「嘘だ! 魔王が! シャリィがお前なんかに負けるはずない!!」


「本当だとも妖精ちゃん。今からその証拠を見せてあげるよ。アルム、君もよく見ておくんだ。これが君の守れなかったお姫様の成れの果てだ!」


 ノブアキは黒い布に包まれた透明のつつを取り出す。中に黒い結晶らしき物体が不思議な力で浮いており、光を受けずとも赤黒い輝きを放つ。


「とても綺麗だろう? 魔王ちゃんを倒した後でこれが落ちてたんだ。死してむくろさらすくらいならみずから封じて石となる。天晴あっぱれな最後だと思わないか?」


「嘘だ……!」

「おいおい、嘘ついてどうする? じゃあこの状況をどう説明するつもりだ?」


 ノブアキが指さす先の城門前に、牢獄から救出された大勢の兵士たちが立っていた。誰もが悪意ある笑顔を浮かべ、魔王城の宝物庫から奪ってきたであろう宝を手にたずさえている。とらわれていた身であったというのにしたたかなやからである。


『くたばれゲス野郎!!』


 結界へと何者かが攻撃を加え、轟音と衝撃が響く。上空を見上げると試作重火器を持ったハルピュイアたちの姿!

 アルムに言われスカイブレイドで魔王城へと向かうも、思うように出力が上がらず今になってようやく辿り着いた。


「おいおい止めないか。こっちは人質がいるんだぞ?」


「やめろっ!!」


 抵抗すると石を破壊するぞという仕草をするノブアキ。

 攻撃を止めようとしないハルピュイアたちへセスが慌て飛んで行く。 


「みんな止めろっ! 魔王が勇者に捕まった!」


「っ!! 二人とも止めなさい!」

「うそ……」

「……ちっくしょぉ!」


「はっはっは! アルム、君もお友達を見習って認めたらどうだ? 己の敗北を!」


「くっ……!」


 ノブアキとアルム、二人は結界を挟んでにらみ合う形となった。


「その顔だ、アルム。私はアキラに似ていないその童顔のイケメンヅラが、初めて見た時から気に入らなかった。でも今は良かったと思っているよ。もし君が私やアキラのような不細工顔をしていたら、さも戦いづらかっただろうからね」


「なんだと?」


「見せてやる」


 ノブアキはそう言って今までしていた仮面を外した。


「どうだ、サルそっくりで笑っちまうような顔だろ? 向こうでは『ゴリモンキー』とか『サル侯爵こうしゃく』とかで呼ばれ、当然彼女なんかできやしなかった。あぁ、そうそう。お前の親父のあだ名は小中高と一貫して『半魚人』だったよ。くっくっく……」


 顔を見せつけつつ、ノブアキは続ける。


「俺たちの居た異世界は美形と金持ちが優遇されるクソッタレな世界だった。そしてこっちの世界に来てもそれは大して変わらなかった。アルム、お前にはこのみじめさがわからんだろう。生まれ持ったその顔のおかげで随分いい思いしてきたんだろう?」


「…………違う」


 黙って聞いていたアルムが遂に口を開く。

 否定された勇者は激昂げきこうした。


「何が違う? いいか、俺の住んでいた世界の漫画やアニメ、お前も目にしたことがあるはずだ! どれも出てくるのは必ず決まり切って美形ばかりだろうが! 不細工は見向きもされねぇんだよ!! ……だからな、俺はその逆境を逆手に取り異世界転移史上初の『魔王を二度倒した不細工勇者』として永久的にこの世界へと残る!!」


 皆が呆気にとられ、周囲が静まり返る中で……。


「……くくくく……はははははっ!」


 アルムは突然笑い出した。


「そうだアルム、笑いたければ笑え! それこそ俺の言い分を認めた確証だ!」


 するとアルムはピタリと笑うのを止め、顔を向ける。


「違う。僕が笑ったのはお前の顔を見てじゃない、お前の哀れさが可笑しくて笑ったんだ。お前が異世界で見向きもされなかったのは顔のせいじゃない、その歪んだ性格のせいだ!」


「……あ? んだとコラ?」


 言われ、ノブアキは声色と表情を変えた。


「お前もそのことをわかっていた筈だ。だが自分を変えることが出来ず、自分の顔が悪いせいだと言い訳を続けていたんだ。……お前は哀れで情けない奴だ。これからも仮面をかぶり、自分に言い訳を続けながら生きていけばいい!」


 次の瞬間、アルムは勇者の放った術を受けてしまった。

 結界越しに飛んできた衝撃波、飛ばされた体は大木に叩きつけられる!


「いやぁっ!! アルムッ!!」


 セスやハルピュイアたちがアルムへと急ぎ寄る。


「知った口聞いてんじゃねぞクソガキィ!! 不細工でモテる奴なんかレアケースだボケェ!! 誰だって不細工よりイケメンの方がいいに決まってんだろがぁ!!! 」


「……あぐっ!」

「アルムッ!」


 全身を強く打ち、口の中を切り血を流すも、アルムは立ち上がろうとする。

 それをノブアキはあざ笑うかのような目で見つめた。


「受け入れろ、お前は負けたんだ。どんなに知恵が回ろうが、結局は強大な力の前では無力に等しいのだ。力無き者は大切なものなど何一つ守れやしない。お前のことを大陸中の冒険者たちに賞金首として追い回させる。せいぜい逃げ惑うがいい」


「もう気が済んだでしょう。そろそろ帰りますよ」


 堪りかねたアルビオンから声がかかり、ノブアキはきびすを返す。

 持っていた黒い布を後ろへ放り投げた。


「これでお姫様のお葬式をしてやれ。そのくらいの猶予ゆうよはくれてやる」


 再び仮面をつけ、兵士らに帰郷の羽を配ると片手を突き上げる。


「みんな! 捕虜生活ご苦労だったな! この私が地獄から極楽へと連れてってやる! 美女と酒池肉林しゅちにくりんに囲まれたパーティへとご招待だ!」


『今までお世話になりました魔王軍!! 高価なお土産をありがとう!!』


「……じゃあな、アルム」


 ノブアキたちの姿は消えて行った……。



『おい軍師!』

『軍師殿っ!』

『軍師様! 魔王様は!?』


 背後が騒がしくなる。皆が巨人の遺跡から転移してきたのだろう。

 結界が消えたのを確認すると、アルムは体をはわせるように進む。


 そして、ノブアキが残していった布を拾い上げた。


「……シャ……リィ」


 シャリアのマントの切れ端であること知る……。

 駆け寄ってきたラムダ補佐官もそれを確認し、事情を察すると目を閉じた。


「……アルム殿、我が魔王軍の……敗北にございます」



「……シャリア──────ッ!!!」



 何もかも、全て失った者の悲痛な叫びが山林を木霊こだまするのだった。



第二十一話 勝利こそ正義か  完


魔王軍軍師編 終

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