仲間と「キズナ」


「貴方の破天荒はてんこう振りには毎回驚かされますよ」


 魔王城内を歩くアルビオンは呆れつぶやく。

 なんとここに入る前、ノブアキは魔王城全体に石化魔法を掛けたのだ。


「だってこうした方が安全だろ? なんでみんなしないんだろうか?」


「こんなこと出来るの貴方くらいしかいないでしょう!」

「はっはっは! まぁそうだ」


 彼らが魔王城へ足を踏み入れた目的、勿論もちろんラフェルだ。

 勇者に至っては目ぼしいお宝があれば持っていこうとたくらんでいる。


「ところでノブアキ、本当に何も感じないのですか?」

「全然。至って正常だぞ」


 城に入る前、アルビオンは不穏な感覚を受けた。まるで城全体が魔物そのもので、入る者に得体の知れぬ魔術を掛けてくるような……そんな感じだ。城の外に張られていた結界を解除しても真実の目で城内の様子を探ることはできなかった。だから尚更なおさら不安なのだ。


「やはり貴方にも祝福と魔除けをほどこした方が良いと思うのですが……」

「心配性だなーアル君は。慎重さは時に行動を鈍らせるぞ」


 とにかく真実の目は使えない。仕方なく勘を頼りに暗い城内を探索する。敵を捕えておくなら地下だろうと手当たり次第に回ったところ、偶然にも地下牢獄を発見したのである。


「お、ここじゃないか?」


 いくつもある鉄格子の部屋。中には石化した人間が何人も捕らえられていた。

 鍵など探すまでもない。城内で手に入れたメイス(打撃武器)で鉄格子てつごうしごと施錠せじょう破壊する。


「石化解除の方はお願いしますね」


 アルビオンも石化解除の方法は知っている。しかし術者の魔力があまりにも高いと僧侶でも解くことができないのだ。

 言われ、ノブアキが石化回復魔法を掛けると、石だった人間は我を取り戻す。


「あ、貴方はノブアキ様では!?」


「何で知ってんの? あっ! その恰好はグライアスの兵士じゃないか!? ここに閉じ込められてるのはみんなそうか!?」


 牢獄に捕らえられていたのはオアシス基地を攻められ捕虜となったグライアス兵士たちだ。


「もう大丈夫だ! 魔王軍はこの私が壊滅させてやったぞ!」


『さすがは勇者ノブアキ様だ!!』

『勇者ノブアキ様がまた世界を救ったぞー!』

『お、俺たち帰れるのか!? 勇者ノブアキ様万歳!! 万歳っ!!』


 解放された兵士たちはノブアキたちに礼を言い、次々飛び出していく。


「おーい、みんな仲良く城の外に集合しているんだぞー! 後で帰りの新幹線のチケット配るからなー!」


 新幹線が何なのかわからなかったが、皆は一人残らず歓喜に酔いしれ、涙を流して命のありがたみを実感するのだった。



「大体終わったかな」

「ノブアキ、こっちにラフェルらしき姿が」

「本当か!?」


 一番奥にあった鉄格子の部屋の中、まだ一人石にされているようだった。中に入り照明魔法を唱えるも、どういう訳かすぐに消えてしまう。仕方なく他の部屋にあった集光石の明かりを頼りにラフェルの姿を確認した。


「見てください、サイレス鉱石が床に散らばっています。これでは流石に彼でも逃げ出せませんね」


「暫くだったなラフェル! こんなに瘦せこけちまってよぉー、オイオイオイ……。可哀そうに、今こいつを外してやるからな」


 そう言ってノブアキはラフェルを拘束していた鎖と猿轡さるぐつわを外し始めた。


(……誰だこの声は……? っ!! ま、まさかノブアキか!?)


 嫌というほど聞き慣れた言葉口調により、ラフェルは正気を取り戻す。

 不老不死薬の影響なのか、石化させられても意識はそのままであった。


「散々手間かけさせやがってよー! こいつめ、こいつめ!」


(遂に、遂にノブアキが助けに来てくれたのか!? うおおおおおお!!!)


 声は出ずともラフェルは心の底から歓喜する。


 長かった……とにかく長かった……。実際には一年も経っていないのだが、本人にとっては何十年以上にも感じられた。それが今、やっと解放されるのだ!


 ……ところが、ノブアキは一向にラフェルの石化を解こうとしない。

 そればかりか笑顔が消え、真顔へと変わった。


「このヘタッピ」


 突然ののしりの言葉を浴びせられ、ラフェルは意表を突かれる。始めは勇者の仲間である大魔道士とあろう者が、魔王軍に捕まったことについてとがめられているのだと思った。


 ところがノブアキの口から出たのは全く別の件。


「……あのさ、前に言ったじゃん。少しくらい悪いことしてもいいけどそこはうまくやれって。確かに私は大量の労働者が欲しいとは言ったけど、無理やり連れて来いとまでは言わなかったぞ? しかもその一部を人体実験に使ってたんだって?」


(こ、こいつは何を言っているのだ? こんな時に……)


 それはお前のことを考えて最善をくした結果だった、そう言いたかったラフェルだが肝心の声が出ない。


「お前が捕まえたアルム憶えているか? アキラの息子の。あいつらがお前のしてたことを世間に公表しちまったんだよ。おかげでまーこっちは肩身の狭いこと」


(あ、あの小僧が!? ぐっ……!)


 信じられない。確かアルムは魔王軍に居たはずだ。なぜ世間は魔王軍の言うことなど真に受けているのか? 外の世界の事情が分からないラフェルは困惑し、アルムを始末して置かなかったことを再び後悔する。


「で、トラブル食ったのは私だけじゃないんだ。なんやかんや巡り巡ってお前の義弟のルークセインまで割り食っちゃってさ。修正しようと私の方でもがんばったんだが色々うまくいかなくてさ……」


 ノブアキは自分の首を握る仕草をしながら──。


「彼のこと、殺しちゃった」


(なっ……)


 ラフェルは本当の意味で石に成りかけた。


「別にいいよな? お前も奴に復讐するつもりだったんだろ? お家騒動の件でさ」


(……………………)


 大魔道士は怒鳴りたかった。「何も殺すことは無かっただろう!」と。

 ラフェルは確かにルークセインとは腹違いの兄弟であり、めかけの子という立場から家督かとくを継げずに追い出された身だ。意見の食い違いでいがみ合ってはいたが、合理性を求める考え方は一致しており、ようやく互いに歩み寄りを見せ始めたところだったのである。


 その証拠に間接的ではあるが取引を行っていた。主たるものが強制労働者の件だ。


 そして塔。将来どっちが高い塔を建てられるか競おうと、気まぐれで交わした遠き幼少時代の約束。兄がまずセルバ市に塔を建て、弟が呼応する形でドルミア市に塔を建てようとしていた。


 時折過去を振り返って悪く思うことはあっても、心の深い場所では認めるべき部分を認め合っていたのである。


「ノブアキもういいでしょう。石化した人間に言っても無駄ではないかと」


 アルビオンの言葉が入って来る。

 聞こえてるぞ、言いたいことを全部ぶちまけてやる、といきり立つが……。


「……それもそっか。……ま、そういうことでさ。我々は帰るけどお前はもう暫く、そうだな、もう10年くらいここにいてくれないか? その頃には世間の風当たりも弱まるだろうし、突如とつじょ現れた謎の仲間ミスターXとして復活させてやるからさ」


(!?)


「じゃあな」


(おいっ!! ふざけるな!!)


 冗談じゃない! こっちは一体どれだけ苦しみ待たされたと思っている!?


「アル、君はラフェルの石化を解くよう言わないんだな。ちょっと意外だぞ」


「彼への罰という意味では暫くこのままで良いかと。それに私、彼のことあまり好きではありませんでしたから」


 遠ざかる足音とともに、追い打ちをかける言葉が聞こえて来た。


(待て!! 石化を解け!!! 俺を置いて行くな!!!!!)


 無情にも扉が閉められる音、そして静寂せいじゃくが訪れる。


(待て!! お願いだ!! 行かないでくれ!!!)


 いくら叫んでも、誰にも聞こえない。誰もこたえない。


(ああああ……お、俺は……俺は奴に見捨てられたというのか!? ノ、ノブアキィィィィ!!!!!)


 勇者から大魔道士に与えられたのは、更なる絶望と地獄の時間であった。



…………


 神々の世界ではレナスら四柱がくだんの異世界干渉形跡を発見したところだった。


「あれ? レナスにヴァルダスたちじゃないか?」


「お、おまえら!?」


 その場に居たのはゼファー、ラプリウス、ギースハルトの三柱。

 因果いんがというべきなのか、異世界干渉がアスガルド七柱を集結させたのだ。


「ふん。逃げだしたお前たちでもこの異様な事態に感付いたか」


 ラプリウスが挑発的な言葉を投げる。

 これにヴァルダスがカチンとくるも、アエリアスが制止した。


「問答なら後に! 今はこの干渉を止めないと! 恐らく地上に影響が出ています!」


「なんだと!?」


 見ると歪んで穴の開いた空間が巨大な渦となり、中心から奇怪な光を放っていた。

 すぐに穴をふさがなければ、そこから空間が侵食され世界を飲まれる可能性もある。


「でもユーファリアに無断で塞いでしまうのか!?」

「……本人が居ないのだから仕方ない」


「そんな! さっきまで私と会って話していたのよ!?」


 驚き声を上げるレナス。

 ユーファリアが居ない!?

 ではやはりこの干渉はユーファリアと関係があるのか!?


「おい! ギースハルト!?」


 結束と忍耐の神、ギースハルトは干渉の渦へと近づき空間を抑え込み始めた!


「いくら何でも無茶だ!」

「だったら俺たちもやればいいじゃねーか!」


 次にヴァルダスも空間の抑え込みに入る。


「彼女を待っていられない、空間を閉じましょう! みなさんもお願いします! 」


 アエリアスが杖を掲げ、意識を集中させ始めた。


「みんな、協力しようよ。私たちならきっとできる」

「よし、わかったよ」

「致し方あるまい」

「……あーめんどくせ」


 七柱は巨大な渦を囲んで並び、意識を集中させる。

 やがて渦は台風の目のような穴を作り始めた。

 空間にできた溝が安定し始めたのである。


「ヴァルダス! お願いします!」

「おうよ。こちとらうっぷんがまりまくってたところだぜ」


 ヴァルダスは燃え盛る業火のように毛を逆立て、両腕に破壊の力を溜め始めた。



「俺たちの世界に首突っ込んでくるんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!!」


 破壊の力そのものが渦の中心に投げ込まれる。



「──封印シール!!」


 間髪入れず、アエリアスによって穴が閉じられた!


 次の瞬間、空間の向こう側で強大な「破壊」が巻き起こった。

 塞いだ空間が高い山のように盛り上がり、そして深い穴のように沈む。

 山になって、谷になって、それを何回も繰り返し、ようやく空間は静かになった。


「空間は閉じられました。皆さんのご協力に感謝を」

「……しかし、一体何者からの干渉だったのか?」


 ギースハルトがアエリアスに訪ねる。


「それはユーファリアが知っていると思うわ」


 レナスが三柱へと事情を説明する。


「ユーファリアが……」


「信じがたいけれど、今まで起こっていたことと辻褄つじつまが合ってしまう……」


「うむ……。こうなったら直接ユーファリアから事情を聞くしかあるまい」


 七柱はユーファリアを探すべく、広い空間へと散って行った。

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