出るも決死、残るも決死


 魔王城は目と鼻の先。そんな折、空中で巨大な爆発音が鳴った。


「あぁっ! アスガルド号がっ!!」


 見上げると空中で止まっていたアスガルド号が突然謎の攻撃を受け、火をいているではないか! 高度もどんどん下がっているように見える。


「まずい! 墜落すればこのあたり一帯がえらい目に遭うぞ!」

「まず乗員の安否では?」

「そんな悠長ゆうちょうな話ではない! いいか、核ってのはな!」


 また爆発! 今度は勇者たちの目の前で起こった!


「何事っ!?」


──そこに居たか!!! 外道めがっ!!!


「ファ……ファーヴニラ……!」


 木々をなぎ倒し現れたのは、血まみれで怒り狂うファーヴニラであった。死んだとばかり思っていたが、最後の力を振り絞りここまで飛んできたのだ。


 魔黒竜、恐るべき執念である。


「もう止せ。美人が台無しだぞ、ファーヴィ」


──貴様など勇者なものか!!! 死ねぇぇぇ!!!


「断る」


 ファーヴニラが全力の高圧火炎を放射するより先、ノブアキは魔法を放つ。

 魔黒竜は石像と成り果てた……。


「彼女にも石化魔法が効くとは思いませんでした」


「言ったじゃん、魔力無限だって。耐性? なにそれ?」


 神は一番与えてはいけない人物に力を与えたのでは? と思う僧侶であった。


「先ほどから強い瘴気を感じますが、魔王城はまだなのでしょうか」

「お前の神具でも見つけられないし厄介だな。いっそ森を焼き払って……あぁ!!」


 ここでアスガルド号のことを思い出し、空を探す。見つからずアルビオンに真実の目で調べて貰うと、火は消し止められ航行している艦の様子が確認できた。


「ふぅ……炉心融解メルトダウンが起こってないことを祈るよ。まぁそうなっても緊急冷却装置や隔壁装置、スーパーエアコンに予備エンジンが動いてくれれば問題ないがね」


「よくわかりませんが大丈夫そうなんですね。先を急ぎましょう」


「どわっち!」


 突然ノブアキは見えない何かにぶつかり吹っ飛ばされた。

 体がビリビリと痺れなかなか立ち上がれない。


「何をふざけてるんです?」

「ふぇ、ふぇふぁいがあう! (結界がある!)」


 今度はアルビオンがゆっくり近づくと、確かに結界の気配を感じた。


「こ、これは!」


 その向こう、薄っすらそびえる巨大な城の姿を確認する。試しに真実の目をかざすとただ森が広がっているだけで城が映ることは無かった。


「ついに見つけましたね、魔王城」

「ってて! ……どうだ、この結界を破れそうか?」


見縊みくびらないでください。私は僧侶ですよ?」


 アルビオンが結界解除の術を施すと、程なくして結界は解かれた。


「シェル・ガーディア!」

「ぬっ!」


 即座にアルビオンは魔法障壁呪文を放った。凄まじい威力の爆発で、周りの木々が吹っ飛ばされていく。まともに受ければ一溜りもなかっただろう。


「まーた謎爆発か! 今度は何事だ!」



──ハハハハハハハハッ!!


 森中に響き渡る子供の笑い声。シャイニング・レイの呪文で周囲を照らすと、城の門の上で座る小さな姿を見つけ出す。笑い声の主だった。


「……かつての仲間をだまし討ち、挙句あげくに石にしてしまうとは。やはり人間とは下劣極まりない生物だ。その中でも特に勇者、貴様のような異世界の人間は格別にな」


 シャリアだ! たった一人で城の外に出ていたのだ!


「わざわざお出迎えありがとう魔王ちゃん。遊びに来たぞ」


「……遊びか。そうだな、貴様の首をねる遊びはどうだ? きっと面白いぞ」


 と、ここでアルビオンが手を叩く。


「あ、それは確かに面白いかも知れませんね」

「待てい僧侶! 冗談でもそんなこと言うんじゃない!」


 仲間割れを始める二人に、シャリアは再び笑う。


「……ところで勇者よ、何故なにゆえこの城を訪ねて参った? お前の相手は人間の軍師なのではないか? 砂漠で決着をつけると豪語したそうではないか。それをわざわざ何故参った? 先代の魔王同様に、余の首を刎ねるためか?」


 魔王を倒せば魔王軍が滅ぶからに決まっているではないか。

 そうアルビオンが答えようとするも……。


「世界の半分を貰いに参った!!」


「はぁ?」


 この男である。


「……貴様は世界が欲しいのか? ならば勝手にどうとでもするがよい。我ら魔族は世界の支配などに興味はない。貴様らの築いた国で暴れ、破壊し、むさぼりつくすだけなのだからな」


「そ、そうか! 勇者ジョークに真面目に答えてくれて感謝する!」


「……ノブアキ、その辺にしましょうか」


 やれやれという表情で前に出るアルビオン。

 そしてシャリアに向けて持っていた杖をかかげる。


「聞きなさい魔王。どうも先ほどからこの男と茶番を演じているようですが、いくら時間稼ぎをしたところで無駄なことです。援軍は来ないし転移魔法も使用できない。下らぬ戯言ざれごとを続けるよりも、潔く決着をつけるべきではありませんか?」


「っ!」


「……やはりそうでしたか。読心術を使うまでもない」

「おいこら! 魔王ちゃんをいじめるんじゃない! 折角黙ってたのに!」


(……)


 見破られた! というより、始めから手の内を知られ時間稼ぎの作戦に気付かない振りをされていた。シャリアは恥ずかしさの次に怒りがこみ上げ、城門の上から飛び降りた。


「よかろう。そんなに死に急ぎたいなら殺してやる」


「ほーら怒っちゃったじゃないか。うーん……よしこうしよう! 勇者と魔王の一騎打ちをしようじゃないか。この前の続きをやろうよ」


「ノブアキ!?」


 唐突な一騎打ちの提案、本当に何を考えているのか。


「このに及んで一騎打ちだと? 騙し撃ちする輩がよくほざいたものだ」


「信じるかどうかは君次第さ。それに君だって元よりそのつもりだったんじゃないか? だから一人でそんなところにいたんだろ? ……アル、止めたりするなよ。前人未到のソロで魔王討伐をやりたいんだ」


「……わかりました。もうご自由にどうぞ」


 諦め一歩下がるアルビオン。


「さ、どうする魔王ちゃん? こっちは城の中の魔物全部相手にしてもいいんだよ」


 完全に舐めてかかっている勇者に、魔王は眉間にしわが寄る。城の中にいるのは戦いに不慣れな者たちばかり。今日に限って魔王城にいつも居るサイクロップスたちは出払っていた。リザードマンも僅かな病人しか残っていないし、デーモンたちなどアルビオンがいる前ではまともな戦力に期待できないだろう。

 始め城内におびき寄せ罠にはめることも考えた。だが牢獄に捕らえているラフェルと合流されては厄介極まりない。考えるまでもなく残された道は一つ……。


 シャリアはチラリと城の横にある墓標を見た。


「よかろう、一騎打ちの申し出受けてやる。山を下った渓谷はどうだ?」


 戦いで親の墓が消し飛べばアルムが悲しむだろう、そう考えての言葉だった。


「確かにここでは狭いだろうね、下に降りたらおっぱじめようか。アル、何もせずに我々の戦いぶりを見ておくんだぞ」


 そう言ってさやから剣を抜くノブアキ。シャリアの方は既に抜刀していた。

 勇者が左へ一歩踏み出したのを切っ掛けに、両者向かい合ったまま横へ走り出す。


 アルビオンもその後に続いた。



…………


 魔王城内、空間を拡張して造られた巨大診療室。城内に残された者たちはこの場に集合していた。転移魔法は使えないが、どういうわけか城内の魔力制御装置は正常に作動しているようなのだ。それもいつまで稼働できるのかわからない状況だが。

 ありったけの食料を運び込み、長期籠城ろうじょうに備える。魔王に言われたわけでない。ただ皆が今なすべきことを考えた結果なのだ。入り口はカモフラージュした。異空間のここならば城内へ侵入されても気付かれにくく、幸い水も精製機が置いてある。


 一通りの準備が終わると各々がベッドに腰かけ話し合い出す。


「……少し前まで考えられないことだったわ。まさか私が魔王城に居て、勇者が攻めてくることがこんなに恐ろしいことになるだなんて」


 そうつぶやいたのはキスカである。純粋な人間は魔王軍内で彼女一人だ。


「そんなこと言ったらあたしだって同じだ。人間と魔王軍の戦争なんぞ『あー勝手にやってろ、こっちはいい商売になる』くらいにしか思っていなかったからな」


 ココナはそう言って器に入った煮出し茶をすする。湯気で眼鏡が曇った。


 一方で給仕係の亜人たちも少し離れた場所で固まっていた。普段は目が回るくらい忙しい彼女らだったが、仕事がなくなったことで逆に不安がつのる。


「……魔王様、戦ってるのかな。外から何も聞こえないね」

「……異空間だからね、何も聞こえないよ」


 集光石を中心に円になって集まる女たち。怪談話でもしてるかのような雰囲気だ。


「回廊にあったガーゴイルの像、使えないのかな。勇者が攻めてきたら追っ払ってくれればいいのに」


「あれただの飾りって聞いたよ。昔は石像から魔物を作れる黒魔術師が大勢いたんだって。でもそんな芸当できるの今はセレーナさんくらいしかいないし」


「だからゴーレムも一体しかいなかったんだね。……あーあ、祈りの間の先代様の像とか動かせたら強いだろうになぁ……」


 見るとフロアの隅の方では、黒魔術師たちが転移魔法陣が張れないか試行錯誤していた。噂をされたせいか一人がくしゃみをしている。まだまだ修練が必要な彼女たちでは巨像など到底動かせず、せいぜい小さな人形が関の山であろう。


「……魔王様、勇者に倒されちゃったりしないよね?」


 唐突に最年少の給仕係が口を開いた。


「え、縁起でもないこと言うんじゃないよ!」

「だって……」


 普段は彼女らも恐れている小さな暴君。それでも自分たちの居場所を与えてくれている存在には違いない。しかしどの物語、たとえ異世界の物語であっても大半は勇者に魔王が倒されて終わってしまう話ばかりだ。必然と暗い未来しか浮かんでこない。


「勇者があんたくらいドジっ子ならいいね。くらえ魔王、必殺崩れた目玉焼き~!」

「やめてよ! バカバカーッ!!」


 背の高い亜人が最年少をからかうも、あまり場は和まなかった。というのもまとめ役であるはずの侍従長代理が先ほどからふさぎ込んだままなのだ。


「……どうしたのドラッチ? 顔色悪いよ?」

「お医者さんに診てもらう?」


「……え? ううん、大丈夫だよ?」


 皆は一斉にドラエの方を向き、無理もないと思った。彼女が侍従長代理に抜擢ばってきされたのは、いつもエリサと一緒だったからという単純な理由からだ。そのエリサも今や消息不明、重圧は必然的に残されたドラエの肩にし掛かってくる。


「や、やだなみんなそんな目で見ないでよ! 大丈夫だから!」


──ガシャン!


 近くで何かが割れる音と、言い争う声が聞こえて来た。慌てて皆で行ってみると、既に人だかりならぬ魔物だかり。ドワーフとノッカーが喧嘩をしているようだ。


「こら! お前ら診療室で暴れんなっ!!」


 ココナが声を張り上げるも一向に争いは止まらない。

 ドラエも止めに入るがやはり言うことを聞いてくれず、遂にキレた。

 

「止めろっつってんだよクソジジイどもっ!!!」


 ドラエが床を思い切り踏みつけると地揺れが起こる。ようやく争いは静まった。


「こんな時に喧嘩しちゃダメでしょ! 原因はなんなのさ! 」


 聞けばドワーフたちが城に抜け穴を作って脱出しようと提案したのが原因らしい。それを聞いたノッカーたちが反対し、喧嘩になったのだという。


「確かに魔王様はこの城に残るよう伝えたかもしれんよ? じゃがこのままだと皆はジリ貧じゃ。魔王様を思うからこそ、こっそり皆で城から逃げて生き残るんじゃ」


「相手の数もわからんのに馬鹿げたこと抜かしおって。仮に抜け穴を掘れ逃げられたとして、どこに逃げるんじゃ? 人間の里か? リザードマンの里か? そんなもんワシだったらとっくに道を塞いで待ち構えとるわい!」


 双方の言葉に、周りからも口々に言葉が出て騒がしくなる。どちらの意見も決して間違いではない。


「……ねぇ、ドラエはどう思うの?」


「え、私?」


 最年少の給仕係からメイド服をひっぱられ、ついでに周りの視線をも一斉に浴びるドラエ。


「ちょ、ちょっと待ってみんな!? なんであたし!?」


「だってそうなっちゃうじゃん、侍従長代行様なんだから」

「ドラエの意見聞かせて。みんな反対しないから」


「う……」


 目を閉じ考えた。こんな時エリサならどうしていただろう。

 そして魔王から言われた言葉が脳裏に復唱された。


──余が時間を稼ぐ。城から誰も出すな、出た者から殺す


 魔王の言葉を素直に受け止めればこのまま籠城するのが最も正解なのだろう。

 しかしひっかかるのは『時間を稼ぐ』という言葉だ。


(……考えたくないけど……そういうことだよね……)


 カッと目を見開き、彼女の出した選択は……!


「よし、こうしよう! 抜け穴を掘るのが正解だと思う人は掘りに行って! ただし、決死隊同然と腹をくくって欲しいの! もし掘り終わったら出て行きたい人を呼びにまたここへ戻ってくること! 勇者に見つかったら何もかもそこで終わり!どう?」


 この意見に「おぉー」と感嘆の声が上がる。


「それしか無いじゃろうな。……どれ、ワシらも決死隊とやらに手を貸すぞ。城の内部構造に一番詳しいのはワシらじゃからな」


 ノッカーたちはドワーフらに協力を申し出、地図を広げ始めた。地下から南へと掘り、リザードの里へ抜けるのが一番正解だと言う。人間の里、ガーナスコッチの民とは現在友好的だが所詮は人間。戦況次第でこちらを裏切る可能性もあるので止めた方がいいだろうとのことだった。


「あんたらもどっちか行って貰えると嬉しいかな。用心棒みたいな感じで」


「~?」


 ドラエは二体いたトロールに声を掛けた。彼らは狭い回廊を何とかここまでやってきたわけだが、力自慢を遊ばせておくのは勿体ない。


(ごめんね。本当はあたしが行くべきだけど、ここでみんなを纏めなきゃ……)


 状況を理解したトロールたちはじゃんけんを始めた。勝負は一発で決まり、勝った方がおどりし、負けた方は頭らしき部分を抱えて残念がっている。やがて勝った方のトロールが外へと向かい始めた。


(おいおい、勝った方が行くのかよ……)


 こうしてドワーフ、ノッカー、一体のトロールたちが診療室を出て行き、残ったもう一体のトロールがバリケードとばかりに入り口を塞いだ。効果は薄いかも知れないが、何もしないよりかはマシだ。


(お願いします……神様でも誰でもいいから、魔王様を、みんなをお守り下さい)


 ドラエは前にガーナスコッチの村で貰った山の神の民芸品を握り、祈る。

 神を信じても救ってなどくれない。そうエリサから言われても変えることのできなかった、彼女の慣習の一つであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る