人にあるまじき外道


 勇者ノブアキは再び外に出て巨大な旗を振る。ファーヴニラに交戦の意思が無いことを伝えるためだ。しかし当然ながらこれはフェイク、いつわりの白旗というやつだ。


「ファーヴニラよ私だー! 話を聞いてくれー!」


 ファーヴニラも気付いたのだろう。船を威嚇いかくするように近づき、通り過ぎると旋回して再び近づいて来る。そしてアスガルド号と並ぶようにして飛び始めた。


 ファーヴニラは当初ここに来るつもりは無かった。アルムに言われ魔王城の様子を見に行こうとしたのである。だが城から飛び出したグレムリンたちを見つけて気になり、ついて来たところとんでもない物に出くわしてしまったというわけだ。



──人間の勇者よ! この代物はやはり貴様の仕業か!

──我々竜族に仇なす物は造らぬとの盟約、貴様は違えたのか!


「誤解だ! これは魔王軍討伐に必要だから造ったのだ! お前らドラゴンと戦うために造ったのではなーい! それよりお前の方こそ魔王軍に協力してるじゃないか!」


 ノブアキは拡声器を手に、魔黒竜へと訴えかける。


──魔王軍に協力しないと約束した憶えはない! 貴様の都合など知ったことか!

──貴様は私との盟約を破棄した! それが勇者のすることか!


 完全にファーヴニラの言い分が正しく、ノブアキは何も言い返すことができない。


(駄目じゃないですか、言いくるめられてますよ)

(う、うるさい! これからだ!)


 アルビオンからテレパシーで茶化されるも、ノブアキは冷静だった。


「OK、わかった! じゃあこうしよう! 魔王軍を倒したらこの船は破棄する!」


 かつてのファーヴニラであったならそれで納得していたかもしれない。しかし今や魔王軍へ身を置いている彼女にとって、それでは意味がないのだ。


──駄目だ! 今すぐ破棄しろ! さもなくば私が破壊する!


 これに勇者は暫し考える振りをする。

 だが内心はしめたと思い、口を緩ませていた。


「あーもー! わかったよ! お前とは戦いたくないし、そうするよ! だがこの船には大勢の乗員が乗っている! 彼らを降ろしたいからどこか安全に着陸できる場所へと誘導してはくれないか!?」


──いいだろう、私についてこい


 ファーヴニラはアスガルド号を大陸へ誘導するべく、先行して飛び始めた。


(船体を水平に保ちつつ、奴との距離を維持するよう伝えてくれ)


(主砲へのエネルギー充填が完了したと言っていますが)


(合図があるまで待て)


 やがてファーヴニラは高度を落とし、雲の下へと出た。

 続いてアスガルド号も雲の下へ出る。アスガルド南部の森が広がっていた。


(今だ! アトミック粒子砲、撃てー!!)


 主砲から凄まじく強力なエネルギービームが発射された!

 これをファーヴニラは背後からまともに受けてしまい、壮絶な叫びを上げる!


 魔黒竜は森の中へと墜落していった……。



(奴とてこの高さから落ちたら一溜りもあるまい……。すまんな戦友よ、綺麗事だけでは勇者はつとまらんのだよ……!)



 艦橋に戻りノブアキがまず目に入ったのは、フロアの隅で祈りを捧げているアルビオンの姿だった。恐らく勇者が犯した罪への許しと、ファーブニラの冥福を祈っているのだろう。いたたまれなくなったノブアキは目を逸らし、兵らに現在状況を聞いて回る振りをする。


 ようやくアルビオンの祈りが終わったのを見て、自分も席に着いた。


「ノブアキ艦長! 先ほどのグレムリン残党と思わしき群を発見しました!」


 強力なドラゴンを自分たちの手でほふり、艦の士気は最高潮に達していた。

 兵士らも勇者を艦長と呼ぶなど、なんやかんやでノリノリである。


「愚かな連中だ! よし、距離を保ちつつ奴らの後を追え! そこに魔王城がある!」


 ノブアキは立ち上がり、艦内放送を行うべくマイクを握った。


「これより敵の本拠地『魔王城』の制圧に向かう! 各員気を引き締めてかかれ!」


『アイサー!!』


 大勢の大人たちが海賊ごっこをしているような様に、アルビオンは思わず笑いが込み上げ口を覆う。ようやく笑ったアルビオンの姿にノブアキは安堵あんどするのだった。



…………


 帰還したグレムリンたちの報告を聞き、魔王城は勇者が攻めてくることを知る。

 魔王シャリアは黒魔術師から魔黒竜ファーヴニラが撃ち落されたことを聞かされ、激怒した。


「大馬鹿者め!! どいつもこいつも勝手に出過ぎた真似をするからだ!! まだ軍師どもと連絡はつかぬのか!?」


「駄目です! 魔法陣すら使用できません! ……禁呪も発動できない状況です」


「……」


 シャリアは大きく息を吐くと深く玉座へ座り直して考えた。原因はわからないが、城の魔法陣や通信機器、禁呪も使えない状況となっている。ここから巨人の遺跡へ向かおうにも遥かに遠く、恐ろしく時間がかかってしまうことだろう。


 そもそも今の状況を魔王軍本隊に伝えたところで、どうなるというのか?


 自分の携帯タブレットを見つめながら、出した彼女の決断は……。


「戦えぬ者から順に逃がせ。この城を放棄する」



 遂に魔王城に居た者たちは脱出を開始した。闇雲に逃げては見つかると一網打尽いちもうだじんにされる危険性があるため、いくつものグループに分けて隠れながらだ。まずは戦いに不慣れな亜人や医療班、怪我人や病人たちが選ばれた。


「置いて行きなさいココナ! また揃えればいいでしょ!」

「馬鹿言え! 貴重な薬ばかりなんだぞ! それに道中で病人が出たらどうする!?」


 バカでかい風呂敷包みを背負うココナに、キスカが諦めるよう説得する。貧乏性が仇となってしまった形だが、もう既にタイムリミットは過ぎていたのである。


 奇妙な音に気付き空を見上げると、そこに大きな影があったのだ!


「う、嘘……」

「ひょぇぇ! もう来た!?」


『全員城の中へ戻れー!! 早くしろー!!』


 警鐘けいしょうが鳴らされ、城に戻ろうとする非戦闘員たち。入れ違いに城内に残っていた骸骨たちがわんさと出てきたのだ。それに続いて特大ハンマーやロケットランチャーを背負ったドワーフたちも出てくる。


「なんじゃい! もう勇者の奴ら来たんか!」

「ワシらもチビッとなら戦えるぞい!」


「わー! お爺ちゃんたち大人しくお城の中に戻りましょうねっ!」


 侍従長代理ドラエに根こそぎ掴まれ戻されるドワーフたち。

 こうして城の城門は閉じられ、魔王軍は籠城ろうじょうを余儀なくされたのだ。


…………


「これでは本当に魔王城の正確な位置を教えているようなものですね」


 アスガルド号の推進力は核エネルギーを用いているものの、浮力は重力制御装置の応用で浮遊石を使用している。つまり異世界のハリアーやヘリコプターのように空中停止が可能なのだ。

 真実の目に映る骸骨兵たちはこちらに向け対空攻撃を仕掛けている。当然高高度で停止しているので飛距離が足らずにかすりもしなかった。


「彼らにしてみれば時間稼ぎのつもりなのだろう。しかし無駄なことだ、魔王軍本隊は城に戻らんよ。どうあがいてもな」


 勇者ノブアキは装備を整え、魔王城に乗り込む準備をする。


「……私にはどうしても理解できない。なぜ神は今頃貴方に魔王城の位置を教えてきたのでしょう? もっと早く知っていれば大勢の犠牲を払うこともなかった」


「神には神の都合があるのだよ……多分ね。そして神のお告げによれば今の魔王軍は転移魔法が使用できない。我々にとっては神の用意してくれた絶好の機会チャンス、我々には神々の加護があるのだ。これを正義と言わずして何とするさ?」


「ですが……」


 に落ちない僧侶の背中を、勇者はポンと叩いた。


「悩むな。これから俺たちは魔王城へ乗り込むんだ。しっかり頼むぞ、相棒」

「……わかってますよ」


 艦橋に整列する兵士らを前に、勇者は気を付けの姿勢をとった。


「諸君。私は今から降下するが、諸君らは艦のチェックが終わり次第発進し、砂漠の第七基地へと向かって欲しい。アレイドが待っていてこの艦を収容するためのドックもあるはずだ。航路はできるだけ砂漠を使うな、魔王軍本隊に見つかるからな」


『イエッサー!!』


 ノブアキは敬礼すると、アルビオンとともに高高度から降下するのだった。



「ふははははは! 勇者参上!!」


 魔法障壁を張りながらゆっくりと降下する二人。パラシュートはいらない。これまた重力制御装置の応用を使っているのだ。


「……だめだ! もうがまんできねぇ!!」

「ちょっとノブアキ!?」


 なんとノブアキは自ら障壁から出ると、一人凄い速さで降下を始めた。地面に着地する瞬間に爆発魔法を唱え、周囲の骸骨兵たちを一蹴する。


「勇者だー!」

「やっちまえー!」


 骸骨兵らから銃撃を受けるも、ノブアキは難なく避けては剣でぶった切っていく。

 その素早さは砂漠で見せた動きとは比べ物にならないくらい速い。


『ホーリーブレス!』


 しかし勇者の無双劇はあっけなく終わる。

 降下してきたアルビオンから浄化魔法が放たれ、骸骨たちは一体残らず崩れた。


「勝手に飛びだして暴れまくるとか子供ですか! 貴方は勇者なのだから体力も魔力も温存しなさい!」


「私は体力も魔力もその他のステータスも無限だ!」


「あーそうですか、はいはい。先に進みますよ」

「お前は無粋ぶすいだなぁ……」


 二人は暗い山林の中をどんどん進んでいった。時折物陰から攻撃が飛んでくるも、当然のようにかわす。神具など使用しない。彼らのレベルになってしまうと気配だけで敵を察知し、片手間にいなすことができるのだ。


 ところが……。


「……あーもう疲れた。ちょっと休もう」


 運動不足がたたったのか、ノブアキが座り込む。


「ほらみなさい、置いて行きます」

「ちょ、冗談だよ! お前冷た過ぎだぞ!」


 慌てて後を追うのだった。


…………


 そうして道なき道を歩く二人は小さな獣道へと出くわす。


「大分瘴気しょうきが濃くなってきましたね。魔王城が近いのでしょう」

「うん……ん? あれはなんだ?」


 行く手に小屋のようなものを見つける。


「これは! 第一民家発見か!?」

「こんな山奥でそれは無いでしょう。恐らく避難小屋か、木こり小屋では?」


 近づくと廃屋ではなく、最近まで使われていた形跡があることがわかる。


「……ノブアキ、見てください」


 真実の目の映像を見せられ、ノブアキは「あっ!」と声を上げた。


(……ア、アキラ……!)


 映っていたのは幸せそうな若い夫婦とその周りを飛び回る妖精フェアリーの姿だった。女性の方は人間ではないのだろう。耳が大きくかつて仲間だったルシアにどことなく似ている。腕には赤子を抱いていた。

 

 そして寄り添う男性。

 紛れもなくノブアキの幼馴染おさななじみ、アキラだったのだ。


(……なるほど、魔王城から近い場所に。道理で彼が魔王軍に入れたわけだ)


 ここはアルムの家だ。

 そう確信したノブアキは家の戸を叩く。


「アールム君、あーそーぼー」


 中は暗く魔法で明かりを作る。こじんまりとした家の中はやたら本棚が置いてあった。勇者がお構いなしに鍋の中を確認していると、アルビオンからの声。


「この本棚、違和感がありますね」

「天才か? トラッパーへの転職をお勧めするぞ」


 ノブアキは自分の首飾りを取り出すと、本棚の前にかざす。

 すると魔法の入り口が現れ、二人は躊躇ためらいなく中へと入った。


「ここは……」

「知識の部屋……。そして、アキラの部屋だ」

「アキラ、確か貴方の……」


 ノブアキは机の上にあったソウルヒーターの人形を手にすると、部屋の中を見渡した。実際の部屋よりもずっと広いが、雰囲気はアキラの部屋そのものだ。


(懐かしいな……。あいつの親に怒られるまで二人で徹ゲーしたっけ……)


 TVの前に置かれたゲーム機を眺めながら、ノスタルジーに浸る。


「さ、出よう」

「え、はい」


 二人は再びアルムの家の前に立った。


「……」


 アキラは妻子とここに辿り着き、きっと幸せな日々を送っていたのだろう。


 だからと言って、このままにしておくわけにはいかない。知識の部屋がある限り、魔王軍とアルムは何度でも戦いを挑んで来るに違いない。そればかりかこのまま放置すれば第三者に利用される可能性だってゼロではないのだ。


「ここは私が……」


 ノブアキでは荷が重いだろうと、アルビオンが手に魔力を込める。

 しかしこれを勇者は素早く手で静止したのだ。


「いや、俺がやらなきゃいけない」


 そしてその手を素早く振る。

 家は炎に包まれ勢いよく燃え出した。



(アキラ……ごめんな……アキラ……ごめんな、ごめんな……)


 心の中で、アキラへと何度もびるノブアキ。

 そこに家主であるアルムへの言葉は無かった。

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