巨大戦艦と発明の守護者たち


 一方その頃、魔王城でも転移魔法や通信機が使えないと騒ぎになっていた。


「ま、魔王様! もう少しお休みになっていて下さい!」


 エリサの代理で侍従長を務めている翼の生えた亜人「ドラエ」は、謁見えっけんの間の玉座に座るシャリアをたしなめていた。


「こううるさくては眠れぬ。それに貴様が心配しているのは余のことではなく、石頭の爺やセレーナから𠮟りを受けることであろう。そんな心配よりどんなシーツの敷き方をすれば余が納得するのかを貴様は考えるがよい」


(うぅ……)


 ドラエから冷や汗が滝のように流れている。当然暑さからではない。


「妙な胸騒ぎがする。この城へよこしまな者どもが近づいて来ておるようだ。全く、軍師や兵どもは何をしておるのやら……」


「そ、それって例の勇者ですか!?」


「知らぬ。だがいざとなったら貴様らは皆を率いてこの城を去れ。勅命ちょくめいである」


 シャリアはかつて自分の父がそうしたように、皆を城から逃がすつもりだ。


「わ、私も戦います! 実は家事より戦いの方が得意なんです!」


 やってやりますアピールするドラエに、シャリアは冷ややかな視線を向ける。


「貴様は余の父である先代魔王よりも強いのか?」

「へ?」

「余の父を倒した勇者と渡り合えるのかと聞いておるのだ」

「…………いいえ」

「たわけめ」


(うぅ……。エリサ姉さん、お願いだから早く帰ってきてぇ)


 ドラエは滝の汗が止まらないのであった。



 騒ぎで使い魔や亜人たちが行き交う城内。しかし一部屋だけ静かな場所があった。

 グレムリンたちの働いている「電子工学部門」の部屋である。


 狂暴化する深夜だと言うのに彼らは黙々もくもくと作業をしていた。興奮を抑えるために飲食は厳禁。その代わりに煙草を吸ったり、ハッカ味のおしゃぶりを口にしたりしている。おかげで暗い部屋の中は煙で充満していた。


 だが部屋の管理者である鶏頭デーモンは平気な顔だ。

 理由は彼も同様に煙を吸っていたから。……麻薬だった。


「外界が何やら騒がしいですな。様子を見に行った方がいいでしょうか」


 デーモンがそう漏らした時である。グレムリンたちはピタリと作業を止めた。

 そればかりか煙草やおしゃぶりも止め、部屋から出て行こうとしたのだ。


「あれあれ? 皆さんお揃いでどちらに?」


「悪イ奴、コッチニ向カッテ来ル!」

「俺タチ、アイツラ許サナイ!」


 グレムリンたちは目を光らせ、怒りの形相ぎょうそうで出て行ってしまった。


「これは困りました、魔王様に報告しませんと。……おっと、こんなところを幼女へ見せるわけには参りませんね、はっはっは」


 デーモンは吸っていた麻薬を口の中へ放り込み、自らに消臭剤を振りかけると謁見の間へ向かうのだった。



…………


 それから暫くして、雲の上を行く勇者の空中戦艦「アスガルド号」では……。


「……うーん、なんか魔王城に着くまで退屈だな。UFOとか飛んでこないかな」

「なんですかそれ? 余り縁起でもないこと言わないで下さいよ」


 その時、レーダーが謎の飛行群の存在を捉えた!


「正体はわかりませんが、こちらへ集団で接近してきます!」


「ほらみなさい。恐らく魔王軍でしょう」

「ふん、望むところだよ。主砲に核エネルギーを充填じゅうてんさせろ。一掃してやる」


 アスガルド号の動力は核を使用していた。

 つまり、ノブアキはアルムとの約束を破っていたのである。


「それが、核パルスエンジンの出力が先ほどから思うように上がりません。何か制御のようなものがかかっているようで、原因を究明中です」


 するとアルビオンが神具を覗く。


「どうやら彼、ガゼルの持っているスイッチが原因のようですね。取り上げたところでどうなるかわかりませんが、ちょっと行ってきましょう」


 そう言ってモーニングスター(とげのついた打撃用鉄球)を手に出て行こうとする。


「こらこら、本当に殺すなよ?」


「大丈夫です、私は暴力反対派なので。ちょっと説得するだけですよ」


 ニコリと笑みを浮かべ出て行くアルビオンを、絶対に敵に回したくないタイプだと思うノブアキだった。


 しかし困った。魔物がこちらに接近しつつあるが、この船に対空砲弾は積載せきさいされていない。ルークセインやガゼルの目をあざむくためであった。


「こうなったら私自ら出るしかあるまい。出力が上がったらバリアを張るんだ」

「はっ!」


 ノブアキは命綱を腰に巻き、戦艦の外へと出た。

 千里眼の薬を飲み前方を見ると、闇の中で光る集合体がこっちへと向かってくる。


「確かにこの船の武装は貧弱だ。なら一体どうするか? 答えは私自身が武器となることだ! 食らえ! 副砲斉射ー!!」


 ノブアキは戦艦上部へ立ち、前方へとファイヤーアローの魔法を連射した!

 ところが集合体は散開すると上昇し、こちらへ向けて急降下してきたのだ!


「ぬおー!! うりゃりゃりゃりゃりゃ────!!!」


 まるで高射砲のように両手で魔法を連射するノブアキ。

 魔物たちはそれを避けながら急降下し、アスガルド号へとしがみ付く。


 そして船の表層を傷つけるべく、爪でひっかき始めた!


「おいこら止めろ! お前らの相手はこの私だぞ!」


 一瞬ノブアキの方を向いた魔物たち。

 しかし相手にはせず船をひっかき続ける。


(なんなんだこいつら!? 見たことないぞ!? い、いや、どこかであるぞ!?)


 確かにアスガルドでは見かけない魔物だった。しかし遠い幼少時代にノブアキはTVか何かで彼らを見たことがあった。


(わかったぞ! グレムリンだ!)


 グレムリン、ノブアキがいた異世界に存在したとされる悪戯いたずら好きの妖精である。

 異世界の第二次大戦中、当時敵国だった米国では彼らの悪戯に手を焼いていたのだという。爆弾が爆発しなかったり、計器を狂わされたり、爆撃機を何機も墜落させられたという逸話も残っていた。


 一説によれば彼らは発明の守護者であり、人間に発明のヒントを与えたりもするらしい。一方で悪しき物を作ろうとする人間には制裁を加えるのだとか……。

 このアスガルド号は一部を強制労働者に造らせ、約束をたがえ核エネルギーで動き、戦うためだけに存在している空中戦艦だ。彼らにとって忌むべき存在以外の何物でもなかったのである。


 始めひっかいたくらいじゃ何ともないだろうと思っていたが、徐々に表層へ穴を空け始め、遂にはアルベドニウムの板をはがし始めた。彼らの爪にはサイクロップスが造った合金製の爪が装備されていたのだ。魔王軍はアルベドニウムに匹敵する合金の作成に成功していたのである。


(やばいやばい! えーとこいつらの弱点は……よくわからんが闇属性か!?)


「ノブアキ・シャイニング・フラッシャー!!!」


 光魔法のシャイニング・レイを唱えると、ノブアキの体が輝き出す。

 これにグレムリンたちは目が眩み、奇声を上げながら下へと落ちて行った。


「ふっ、やはり弱点は光だったか」


 船体にバリアが張られるのを確認する。アルビオンが「説得」とやらに成功したのだろう。うんうんと頷きノブアキが船内へ戻ろうとした時、凄まじい衝撃が襲った。


「ひ、ひぎゃー!?」


 見上げると巨大な黒い影がバリアにしがみ付き、船もろとも潰そうとしているところだった。合体して巨大化したグレムリンたちが再び襲い掛かってきたのだ!


「な、なんの! 弱点さえわかればこっちのもんだ!」


 勇者ノブアキは店売りで二番目に高かった剣を抜き、光属性を付与ふよさせる。


「くらえぇぇ! 伝説の光輝く凄い一撃のドゴォォォォ──!!!」


 自分でもよくわからない言葉を吐きながら剣を振るノブアキ。

 バリア越しに巨大グレムリンの顔は十文字に斬られ、その姿は消えた。


…………


「片付いたようですね。お見事でした」

「ふ、そっちもな」


 艦橋へ帰還しアルビオンと言葉を交わすノブアキ。続いて兵士へ声を掛ける。


「船の上部表層が少々傷つけられた。被害による影響はどうだろう?」


「全く問題ないとは言い切れませんね。僅かな傷も深刻な損害に繋がる可能性があります、兵器の宿命というやつです。どこかに停泊し修理するのが望ましいのですが」


「残念だがそれはできん。航行に支障なければこのまま目的地を目指そう」

「了解であります」


 と、突然レーダー手から叫び声が!


「本艦遠方左手より巨大反応! こ、この大きさは魔黒竜ファーヴニラです!!」


「ゲッ!?」


 なんということだ!


 アルビオンも真実の目を覗く。そこには確かに飛びながらこちらへ向け炎を吐こうとする魔黒竜の姿が映っていたのだ。


「どうやらこの船は彼女の逆鱗にも触れてしまったようですね」


「くっ、やはり戦いは避けられんのか。速度とバリアを維持しろ! 衝撃に備え!」


 時間差で船に衝撃が走り、船内に警告音が鳴り響いた。


「さて、どうします?」


「……私が時間を稼ぐ」


 そう言って立ち上がり、再び船の外へ出ようとするノブアキ。


「その間に主砲発射の準備をしておけ」

「……はっ!」


 なぜファーヴニラが急に現れたのかはわからない。しかしかつての戦友と戦わなければならなくなった事実は変えることができないと知り、複雑な思いが交錯するのだった。

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