見えざる罠


 砂漠の魔王軍は進軍を続け、遂に三番目のオアシス基地へと到達した。


 深夜遅くに巨人の遺跡待機フロアにて仮眠をとっていたアルムは、端末タブレットからの呼び出しで目を覚ます。作戦フロアへ向かうとラムダ補佐官がいた。


「アルム殿、少々よろしいですかな?」

「??」


 あまり他人に聞かれたくない話のようだ。一緒に来たセスもそれに気付いたようで、今回は素直にアルムから離れて距離をとる。


(実は昼間から魔王様が体調を崩されましてな)

(シャリィが?)


 シャリアが体調不良? 鬼の攪乱かくらんならぬ魔王の……いやいや、ふざけている場合ではない。


(恐らく急激な気候の変化によるものかと。……まぁ心配には及びませぬ。以前にもこのようなことがありましたゆえ、1日休めば回復するかと)


 今朝方から砂漠でも異常といえるほどの冷え込みをみせていた。砂漠は雨期だろうが寒冷期だろうが年中日照り続きでとても暑い。だが数十年に一度、異常気象が起こり雪まで降るという。そのため現在、寒気に苦手なリザード部隊は遺跡で待機中だ。

 

(ならよかった。でもどうしてわざわざ僕へ伝えに?)


 するとラムダ補佐官は更に小声で……。


給仕きゅうじ係が言うには、シャリア様が随分とアルム殿を気にかけていたと)


(え? 僕を?)


 なにやら補佐官は神妙そうな顔つきとなる。


(手前には何があったのかさっぱりと存じませぬが、アルム殿の方から連絡されてみては如何ですかな? きっとお喜びになるかと。いやはや、何があったのかはわかり兼ねますがな)


(…………)


 まさかキスをしたことがバレているのだろうか。


 途端、アルムはタブレット端末を取り出すと挙動不審となる。離れた場所で亜人の娘からお菓子を貰い、お喋りしているセスの姿を見つけた。そこにセレーナがやって来て今度は怒られている……何をやっているんだか。


(セスは……今なら大丈夫そうかな……)


 タブレットでシャリア宛に「具合はどう?」と伝言を送ってみた。

 こっちもこっちで下手なことを送ると機嫌を悪くされるので気を遣う。


(もう返事が来た!?)


 返信の内容は「何の用だ?」とか「誰から聞いた?」などではなく「今は平気だ」であった。これにホッとするも、次に何を送ろうかと考えるアルム。流石にこれだけでは味気ないだろう。


(どこかへ遊びに行こう、とか……?)


 今は戦時中だし暢気のんきにデートなどしている暇はない。それでも僅かな時間を見つけ、二人だけで色々話せる機会が出来たらな、とアルムは思う。


「アルム殿は暫くこの作戦室に入りびたりのようですが、休息はされておられるのですかな?」


 これまた唐突なラムダの言葉。


「睡眠はとってるよ」

「しかし休暇はとられておりますまい」

「そりゃあ僕が休んでるわけにもいかないし」

「一日くらいなら手前だけでも十分務まりますぞ」

「……」


 この老人、何でもお見通しなのか!?


(いいや、送っちゃえ!)


「今度二人だけでどこかへ行こう」と打ち込み送信を押す。その後でアルムは素早く端末を隠し、何食わぬ顔で明後日の方を向いて知らん顔をする。


 送ってしまった……。


 これを受け取ったシャリアは一体どんな顔をするだろう? 呆れるだろうか、怒るだろうか、ゲラゲラ笑うだろうか? 期待と不安の入り混じるアルムを見て、ラムダ補佐官はあごをなでる振りをしながら含み笑いするのだった。


(通話の着信!?)


 ドキリとしつつ端末を取り出すと、シャリアからでなくビッグラット部隊のグローからだった。残念半分で通話に出ると、巨大モニターにグローとブルドの顔が映る。何やらめていた。


『だからこうした方が早いっつってんだろ! ……お、繋がったか?』

『もしもし軍師さん? 聞こえてるのかい?』


 どうやら端末の使い方で揉めていた様だ。グローとブルドが同時にアルムの端末へアクセスしたのを確認し、亜人の誰かが気を利かせ三人で会話できるようにしてくれたようだ。


「端末を使って大丈夫なの? 敵基地の状況は?」


『それが変なんだ! 基地に敵の兵士がいないんだよ! 一人も!』


「隠れているとかは?」


『わからねえ。だから今からこいつの部隊と手分けして基地内を探索するぜ』

『魔晶石を撒きながらの方がいいよね?』


「うん。それとできれば転移装置の捜索を優先して欲しい、頼んだよ」



 グライアス軍は自軍拠点を放棄したのか? なぜ?


「魔王軍に恐れをなして逃げちゃったとか?」

「罠という可能性もありますな」


 セスの言うことはともかく、補佐官の予想はもっともだ。

 ビッグラット隊、ブルド隊の両隊へ慎重に探索するように促す。


 探索を始めて暫く、巨大な倉庫の中に保管された転移装置らしきものを発見した。


「なんだこの機械!? でっか!」


 モニターに映し出されたそれはセルバにあった物よりも遥かに大きかった。恐らくこれで戦車や巨大ロボットを転送させていたのだろう。


『ぶっ壊された形跡は無いみたいだ。お前ら下手に妙な場所いじるんじゃねぇぞ!』


『隊長! こんなところに変な人形がありますぜ!』


 アルムが声を上げる前に爆発音がとどろきき、モニターにノイズが入った!


「大丈夫か!? 応答してくれ!!」



『……ぺっぺっ! お前ら無事か!?』


『へ、へい! でも何で急に!?』


 次第に映像が回復し、煙幕も晴れる。

 映し出されたのはこちらを小馬鹿にするように笑う壊れた人形だった。


「なんだあのおもちゃ?」

「仕掛けられた意図が不明ですな。アルム殿はどう思われます?」


「……」


 アルムの脳裏をまずよぎったのは、勇者ノブアキの存在だった。こんな馬鹿馬鹿しいフェイクを仕掛けるのは奴しかいないと思ったからだ。そしてグライアス軍が転移装置を破壊していないことから、急な何らかの都合で撤退した可能性が高い。


 あくまでグライアス軍が基地から「撤退」をした場合ではあるが……。


「ハルピュイアの哨戒部隊に今すぐ他のオアシスを探るように言ってくれ!」


「何かわかったのですかな軍師殿?」


 眉間みけんしわを寄せて命令を飛ばすアルム。何やら尋常ではない。


「……ねぇラムダさん、以前にラムダさんはこの施設の深部や魔王城は神具の力でも位置を発見できないって言ってたよね? それはちゃんと検証されたことなの?」


 質問に驚き難しい顔をするラムダ。

 しかし意を決したようにアルムを見る。


「詳細はいえませぬが、実証されておりまする」


 この期に及んでまだ隠すことがあるのかとアルムは思うも、更に詰め寄る。


「じゃあ質問を変えるけど、何らかの方法を使って、例えば魔王城の場所を特定することは可能なの? もしくは魔王軍以外で魔王城の場所を知っている者がいるとか」


「それはありえませぬ! 以前に禁呪を発動させ魔王城を移動させましたが、正確な転移位置は誰にもわからぬ筈です! それこそアスガルドの神々ですら……。いや、まさか……そんな……!? し、しかしアルム殿はなぜ急にそのようなことを!?」


「グライアス軍。いや、ノブアキにとってオアシスの基地自体が全て取るに足らないおとりだった可能性がある。そうなると奴の本当の狙いはここか、もしくは……」


 言いかけた時、巨大モニターの映像が途絶えた。

 それだけではない! フロア内の端末全てが突如ダウンしたのである!


「駄目です! 復旧できません!」

「魔王城のメイン演算機がダウンしたのかもしれないわ。調べてくる」


 セレーナが転移の魔法陣を張ろうとするも、今度は魔法が使用できない!


「どういうこと!? 一体何が起こってるの!?」


「アルム!」

「アルム殿、これは一体!?」


「みんな、落ち着いてくれ! とりあえず何が起こっているのか現状を把握しよう!各責任者に現状把握と報告をするよう伝えてくれ!」


 自身もタブレット端末が使えないことを確認すると、小型通信機の使用を試みる。


 しかし、なんと通信機も使えなかった……。


「ど、どうするの!?」

「……地上に出てみよう。何かわかるかもしれない」

「あ、あたしも行く!」



 巨人の遺跡の地表部分に出ると、外は真っ暗だった。光が漏れないよう布を被せた集光石のカンテラを手に、巨石で出来た遺跡跡を歩く。それにしても切るような寒さだ。


「恐ろしく静かだ」

「……風が、止んでる。風の精霊たちがいない……」


 空を見上げると曇っているせいで星が見えないが、代わりに何か降ってくるのが見えた。


(これは、雪……?)


 砂漠の雪。31年前、魔王軍が滅んだ年でも砂漠で雪が観測されたらしい。


(魔王城が心配だ。通信が使えない以上、直接誰かが魔王城へ行って調べるしかない。帰郷の羽が使えればいいが……)


 帰郷の羽は魔王軍に殆ど残ってはいない。しかも魔王城に転移先を登録している者がどれほどいるだろうか? 空同様、魔王軍に暗雲が立ち込め始めた。

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