THE TOWER
アスガルドの年明け。毎年王都バルタニアでは新年を祝う祭りが開かれるも、今年に至っては魔王軍が現れたとなり自粛ムードである。国王も体調が思わしくないとのことで、姿すら現すことは無かった。
一方グライアス領では魔王軍と交戦中であるにも関わらず、新年会を強行するに至る。領主のルークセインは新たに建設されたグライアスタワーに大勢の貴族、有力者を呼び、新年の挨拶を行った。
タワー
集めた大勢の客人たちの前で、なんと自分が勇者ノブアキの後継者となることを表明したのだ。
「彼、勇者ノブアキは私に神具を
ルークセインはノブアキに騙されたのではないか? 諸侯らは小声で言いあうも、額面に入れられた一枚の紙が登場し、彼らを黙らせた。
「血判書!?」
先日戦闘から帰ってきたノブアキが置いて行ったものである。中々魔王軍を倒せず新年会に間に合わなかったことを
数日前のことだ。
『何もそこまでされなくても……』
そう言うも半信半疑だったのは事実だ。今まで「若返りの薬だ」と言って渡されたお土産がただの化粧品だったこともある。
だが血判書の効力は絶対だ。破ればノブアキとてラカールの裁判にて有罪となる。
『ノブアキ殿、勇者を辞めた後はどうされるのか?』
『マウリア領で静かに農業でもしながら仲間と暮らすよ。もう贅沢には飽きたんだ。だから今まで私の集めたコレクションは君に預けようと思う。受け取ってくれ』
そう言って私室に案内し、ダンジョンで見つけた古代遺物やレアアイテムを見せた。どれもこれも王立博物館行き間違いない価値ある物ばかりである。
『こ、これを全て!?』
『どう使うかは君が決めてくれ。今すぐ持って行っても結構だ』
「……ノブアキ殿は自身が異世界の人間であることを考えての、苦渋の決断だったと私は思う。やはりアスガルドの未来はアスガルドの人間の手に託すべきなのだと! ……さて、その勇者ノブアキ殿がこれから魔王軍討伐へと向かわれる。皆はその最後の雄姿を目に焼き付けて貰いたい!」
フロアの壁はシャッター式だったようで、一斉に上がりガラス板が現れる。
360度、ドルミア市を一望できる景色が現れ諸侯から驚きの声が上がった。
しかし、そんな彼らを更に驚かせることが起こる!
「あ、あれはなんだ!?」
「大きいぞ!? 空に浮いている!?」
…………
「機関、特に問題ありません」
「宜しい。このまま予定のコースを進め」
空中戦艦「アスガルド号」は、ドルミア市郊外にあった地下工場から発進し、そのままグライアスタワーを一周する予定となっていた。ルークセインの権力がゆるぎないものであることを、領内の有力者たちへ見せつけるためである。
「……」
だがルークセインは用心深い男でもあった。万が一、ノブアキが馬鹿を仕出かさないためにガゼルを目付として置いたのである。アスガルド号の最終チェックもガゼル自身が行った。
アスガルド号には緊急停止装置が付いており、そのボタンはガゼルが持っている。
そして船に破壊力のある武装は装備されていない、たった一つを除いて……。
(何を考えているかわからぬ男だった……。だからこそ最後まで油断できぬ)
ガゼルは艦長よろしく艦橋後方の椅子に腰かけているノブアキをチラリと見た。
となりにはあの僧侶アルビオンもおり、神具「真実の目」を覗いている。
「この船が塔から見える頃ですよ? そろそろ準備されては?」
「うむ、そうか」
(ん?)
勇者ノブアキは立ち上がり、機器をいじっていたグライアス兵へ声をかける。
「君、十三番砲塔室へ連絡だ。三式弾のような物があるから装填してくれ、とな」
「ノブアキ殿!? 三式弾ですと!?」
慌ててガゼルはノブアキへ駆け寄った。
「おいおい、あの花火だよ。君も確認したじゃないか」
「し、しかしドルミア市内で発射するとは聞いておりませんぞ!?」
「わかってないなぁサプライズだよ。みんなの目の前で花火弾を撃ってギャラリーを盛り上げるんだ。塔が砲弾を受けてもビクともしないくらい頑丈にできてるのは君も知っているだろう? 」
だがガゼルは断固として首を振った。
そうこうしているうちに、砲塔室から装填完了の連絡が入る。
「ノブアキ殿!」
「わかった、わかった! そんなに言うなら止めてやるよ、まったく!」
顔でブー垂れるノブアキ。
しかしその手はスイッチを押してしまっていた!
「十三番砲塔、三式弾発射を確認!」
「なんだとっ!?」
「大丈夫、大丈夫」
…………
その頃のタワー中腹にあるフロア。ルークセインは複数人の有力者から声を掛けられていた。皆うまい汁を吸うためというより、保身のためと言った方が正しいか。
「ルークセイン卿……いえ、ルークセイン様とお呼びするべきですかな? 今後とも我ら一族は一層の協力を惜しまぬ所存ですぞ」
「いやいや、ははは。宜しくお願いしますよバンブ伯爵。例の件は近いうちそちらへ連絡が行くでしょう」
「それは素晴らしい。一人前のレディとして教育致しましょうぞ、ぐひひ」
この時丁度放送が流れ、従業員たちは慌ただしくフロアから出て行ってしまった。
「サジ、一体何事だ?」
「存じません。見て参ります」
出て行った従業員たちを追うべく側近のサジが扉に手をかけた。しかし外から鍵が掛けれているのかビクともしないではないか!
「やや!? 誰かいないか!? 扉を開けろ!!」
「おい、あれはなんだ!?」
「こっちへ向かってくるぞ!?」
空中戦艦から発射されたと思われるミサイルが、こちらを目指し近づいてくるではないか! 誰もが悲鳴を上げ扉から出ようとするも、やはりカギが掛けられている!
「皆さま! 落ち着いて下さい! この塔は並の攻撃ではビクとも……!」
近づいてくるミサイルがはっきり見える位置まで来たとき、凄まじい光と衝撃が襲った。
「うおおおおおお──!!!! ノブアキぃぃぃぃ────!!!!!」
塔は凄まじい爆発音とともに、内側から崩れていく。
それを祝うかの如く、爆心地から花火が上がった。
この様子を遠方の建物の上から見ていた人物がいた。
アレイドである! 双眼鏡を下すと歓喜の声を上げたのだ!
「はははははっ!!! 私を怒らせるとどうなるか思い知ったかルークセインめ!! ゴミめら共々地獄へ堕ちるがいい!! グライアス領はこの私のものだ!!」
グライアスタワーはミサイルで破壊されたのではなかった。アレイドが塔の設計者や建設関係者などを買収し、塔に大量の爆弾を仕掛けさせたのである。
──新しいグライアスの領主にならないか?
全ては話を持ち掛けてきた、勇者ノブアキの計画通りに……。
『グライアスの若き新領主、アレイド様万歳! 我らロレンソフ家に栄光あれ!』
一緒にいた部下たちが敬礼し、彼を祝福するのだった。
……………
崩れゆくグライアスタワー。信じられない光景に、ガゼルは唖然とする。
「ノブアキィィィ!! おい!! この裏切り者を捕らえろ!!」
「了解であります!!」
「なっ!?」
一斉に銃を向けられたのはガゼルの方であった。
アスガルド号に乗っている兵士も、これまたアレイドの身内だらけだったのだ。
「船倉にでもぶちこんどいてよ。抵抗したら殺していいから」
モニターに映る光景を見ながら、ノブアキは呟く。
ガゼルは抵抗しようとしたところ足を撃たれ、引きずられながら艦橋を出て行った。
「殺してもいい、か……」
「……ノブアキ?」
アルビオンは様子がおかしいことに気付き傍に寄るも、ノブアキは目の前で屈みこんでしまう。
「ぐっ……ごぇぇぇぇぇ!!!」
「ノブアキ!?」
そして、突然激しく
「ぐえ……はぁ……はぁ……。や、やってしまった……。魔物ではない、大勢の人間を……この手で、殺しちまったぁぁ……ぐえぇぇぇ!!」
「しっかりしなさい! そんなことでどうするのです!?」
勇者ノブアキへ
「殺したのではありません! 貴方は救いがたい人間を救済したのです!」
元法王とは思えない、信じがたい言葉が僧侶から出たのだ。
「アスガルドの未来は貴方にかかっているのですよ!? 夢を叶えるのではなかったのですか!? 魔王軍を倒しに行くのではなかったのですか!?」
「はぁ……はぁ……。そうだったな……。すまん、もう大丈夫だ」
立ち上がるとノブアキは操舵手へと近づく。
「このまま南へ向かってくれ、マウリア領を超えて海に出るんだ。領内の対空砲火は全て停止させているので大丈夫だ。そういう手はずだからな」
「了解であります!」
そして艦内放送をするべく、マイクを握ったのである。
「諸君、本艦はこれより大きく
『サーッ! イエッサーッ!!』
席に戻るノブアキへ、アルビオンが駆け寄る。
「それは本当なのですか!? 何故今まで黙っていたのです!?」
「黙っていたんじゃない。昨晩そういうお告げがあったんだよ」
「昨晩……!?」
ノブアキはアルビオンへ笑顔を向けた。
「どこまで行っても俺たちは正しい。こっちには女神の加護があるのだからな」
第二十話 あの日見た少年たちの夢を異世界で 完
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