だからこんな風にして、俺たちは



 結城ゆうきアキラと真壁まかべノブアキ、二人は地方都市郊外こうがいに住む幼馴染だ。今日の彼らは『資格試験を受けに行く』と親に嘘をつき学校をサボった。理由は二人して昨日担任から呼び出され、説教を食らったから……。


「入れる店も限られてるし、夕方まで詰まんねぇな」


 下手な場所に入ろうものなら呼び止められ、補導されてしまう。今や希少となったゲームセンターすら入れないのだ。人通りの少ない通りをひたすら選んではぶらぶら歩く。もちろん治安が悪く、いかがわしい場所には近づかない。


「世の中が詰まらんのさ」


 ノブアキは欠伸あくびをしながらアキラに答えた。

 そして……。


「……神様が手違いで異世界召喚でもしてくれればなぁ」


(えっ……)


 ノブアキの言葉に、アキラは天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。



 というのも数か月前である、二人は大喧嘩をした。原因はアキラが読んでいた本、いわば「ライトノベル」をノブアキに勧めたことから始まる。


『最近読み始めたこれ、めっちゃ面白いぜ? 今度アニメ化もするらしいし』

『……ふーん』


 布教され第一巻を押し付けられるも、ノブアキは殆ど読まずに返し、自分に合わなかったことを告げる。そもそもノブアキはライトノベル、特に異世界転生、転移系のラノベが嫌いだったのだ。

 本を返され意外そうな顔をするアキラ。それに対し余計なことにノブアキは異世界ラノベがどう詰まらないかをぶちまけてしまっていた。


──ひとつだけ良いところは題名だけで内容がわかるから読まずに済むところだな


 この最後の一言にアキラは激怒し、ノブアキへ殴りかかり取っ組み合いとなる。


 自分が好きなものを馬鹿にされたら誰だって怒る。方や馬鹿にした側も何故そんなに怒っているのか理解できないでいた。今や世の中に有り余るほど存在するラノベのうちのひとつじゃないか、と……。


 もうツラも見たくねぇ! と互いに喧嘩別れするも、その晩のうちに電話で仲直りができた。毎日学校で顔を合わせなくてはならないし、二人とも他に気が置けない親友がいなかったからだ。


 以後、異世界小説の話は二人の間で暗黙の禁句タブーとなった筈だった。



(こいつまさか、忘れちまったのかよ……)


 奇妙な視線を向けるアキラに気付いたのだろう。ノブアキは思わず「しまった」と顔をしかめる。せっかく学校をサボってぶらついているというのに、気まずい雰囲気にはなりたくない。

 

「……ぶっ! 異世界だって? 何言っちゃってるのお前っ!?」


 アキラが咄嗟とっさに機転を利かし、話を合わせたのだ。


「まぁ確かにゲームとかアニメに出てくる異世界は楽しそうだけどよ、魔王倒しに行くの面倒臭そうじゃね?」


 伊達だてに幼少期からくさえんをやっているわけではない。二人はしばし馬鹿話を続け、話題は異世界に召喚されたらどうするかという内容になっていた。


「俺だったら魔王になるかな、何でもやりたい放題だ。所詮しょせんは異世界だし」


 ノブアキの言葉に「本当にこいつ異世界ものが嫌いなんだな」とアキラは思った。

 しかし何でもやりたい放題という点については大いに共感できる。


「アキラはどうだ?」


「んー」


 聞き返され返答にきゅうする。異世界へ行ったら女神からチート能力を貰いハーレム築きながら魔王を倒したり倒さなかったりがテンプレだろう。しかしアキラの好きなものは異世界ラノベだけではない。アニメやゲームなんかも大好きであり、ノブアキとの共通の趣味でもある。


 ふと、こんな言葉が飛び出した。


「俺、異世界の小説読んでて思ったんだけどさ。何で召喚された主人公ってわざわざ向こうの世界の剣とか魔法で戦うんだろうな。せっかく高度文明から来たってのに」


「そりゃ拳銃とか持ち込めれば最強になれるかもしれんが無理だろ」


「何とかならねぇかな、そこらへんさ。何だったら拳銃じゃなくてさ、アニメに出てくる巨大ロボットとか大型宇宙戦艦とか持っていけないかな? 最強じゃね!?」


「はははっ! 何だそれっ! お前こそ頭おかしいぞ!」


 ゲラゲラ笑いながら歩いていて、アキラは赤になった信号に気付かなかった。

 トラックに轢かれそうになったところを慌ててノブアキが引っ張る。


「危ねぇなおぃ」

「うっかり異世界転移しちまうところだったぜ」

「ぶっ! もう異世界の話はいいだろ」

「はははっ! ……ゲッ! あそこにいるのって!?」


 急にアキラは血相を変え、道路向こう側の人物を指さした。


追跡ついせき者だ!」


「追跡者」とは不良少年から恐れられている補導員の中年女性のことだ。気が強くてガタイが良く、とにかくしつこいことからゲームの敵キャラの名で呼ばれていた。


 二人は追跡者と目が合ってしまった!


 もし捕まったら説教だけでは済まされないだろう。

 一目散に走り出し、細い路地へと滑り込む。


『兄さんたち、こっちよ』


 無我夢中だった二人は若い女性の声に導かれるまま、一軒の店に入った。



 店に入るなり、女性は入り口を閉めるとカーテンを閉じる。


「危なかったわね、あの人に捕まると厄介なんでしょ?」


 女性が言うには、補導員から逃げてきた学生をよくかくまうのだという。


「あ、ありがとうございます。ここは何かのお店ですか?」

「それとお姉さんの名前と電話番号をお願いします」

「馬鹿野郎!」


 ノブアキのボケにアキラが突っ込むと、女性は自分がこの街に越してきたばかりで占い師をしていると答えた。店の中を見渡すと、確かに雰囲気あるオブジェに囲まれ室内全体が神秘的さを演出している。


「電話番号はお店ので良ければどうぞ。名前は『ユーファリア』よ」

「ユーファリア? 本名じゃないですよね?」


 女性は身長が高くブロンドの髪をしている。しかし顔は東洋系だ。


「もしくは源氏名ですか?」

「源氏名って……やぁねぇ、最近の男の子はおませさんなんだから」

「ノブアキお前黙ってろ!」

「うひひ、サーセン」


 占い師の女性ユーファリアが言うには、すぐ出て行ったら見つかってしまうだろうとのこと。占いで少し時間を潰して行ったらどうかと持ち掛けてきた。

 行く当てもない二人はまぁいいか、と了承する。着替えてくると裏へ行くユーファリアへノブアキがついて行こうとしたところ、アキラが服を引っ張って止めた。


 あぁなるほど。こうやって客をつかまえているのか、うまいもんだ。などと二人が小声で話していたところ、セクシーな衣装に身を包んだユーファリアが現れる。


 急に店内が暗くなり始め、二人は驚いた。


「じゃあ始めましょうか」

「えっと……何を見て貰えばいいかな」


 アキラの言葉を遮るように、ユーファリアは口元へ指をやった。彼女曰く、本物の占い師は相談者が何を欲しているのか見抜くことから始める物らしい。

 これに二人は思わず納得してしまう。


「……二人とも最近学校で嫌なことがあったわね。それにつまらない日常に飽きてしまっている、そんなところかしら?」


「流石ですお姉さん! その通りです!」


(おいおい……)

 

 学校サボってぶらついてる学生の悩みなんてそんなもんだろうと、二人は内心呆れる。

 だが水晶玉を覗くユーファリアは続ける。


「異世界に興味はおありかしら? 行ってみたいとは思わない?」


 まさかさっきの話をどこかで聞いていたのか?

 ユーファリアは二つの大きな箱を持ってくると二人の前に置いた。


「手を入れてこれだと思うものがあったら取り出してみて」


 アキラとノブアキは言われるままに手を入れると羽のついた首飾りを取り出す。

 よく縁日とかで見かける安物の首飾りだった。


「あら、お二人さんは相思相愛かしら。もし本当に異世界に行きたいと思ったら、今晩の深夜1時、自分の部屋にある鏡の前にこの首飾りを映してみて。そこから世界が開けるわ」


 こうして二千円づつとられた。


 帰宅した二人は、俺たちはだまされてなどいない、親呼び出されて停学食らうよりかはましだった、それより異世界へ行けるアイテムを手に入れたやったぜ、などと無理やりテンションをあげる。

 電話で学校をサボった言い訳を出し合いながら、自称ユーファリアから教わった例の異世界に行ける儀式をやってみようぜという話になる。


 深夜1時きっかり、鏡の前に立ち首飾りをかざすと、二人は光に包まれた……。



……………



 それから34年後の異世界、アスガルド大陸にあるグライアス領にて。


(なぁアキラ。今もどこかで見ていてくれているか? あの時お前が望んだ通り、俺は異世界で巨大ロボットを造ったぜ。悔しいがお前の息子の方も造っていて、そっちに軍配が上がってしまったようだがな)


 暗い地下工場の中で、ノブアキは完成した物を見上げた。


(だがもう一つの方は私の手でかなえる。まだ宇宙には行けないけどな、この世界にいる連中を黙らせるくらいの力は持っているさ。なんせこの世界で航空技術が発達しているのはここだけだからな)


 ノブアキは異世界の航空技術をグライアス軍に与えても、自由な使用許可を出さなかった。完成した空中戦艦の脅威になりえると考えたからだ。始め軍関係者から反発があったものの「ファーヴニラと敵対することになるぞ」と脅しをかけたところ大人しくなった。


「来てくれたか、アル」


 待ち人が姿を現す。


「来ないと思ってましたか?」

「君は聖職者だからなぁ」

「その前に貴方の仲間でしょう?」

「……あぁ、そうだな」


『準備のほどは宜しいでしょうか?』


 二人に近づいてくる軍服の男。ルークセインの部下であり、この施設の現場責任者でもあるガゼルである。

 本日は年明けの一大イベント「グライアスタワー」のお披露目式がある。その時にこの空中戦艦も同時公開させ、そのまま魔王軍討伐へ行こうという目論見だ。


「さて、ルークをあまり待たせるわけにもいかんな。行こうか」

「はい。ではこちらに」


 戦艦の一区画が開き、入り口となる。


「さあ行こう。俺たちの願いを叶えるために」

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