戦え!!機動超人ソウルヒーター!!


 ドワーフたちに言われ、魔王城会議室に入ったアルムは度肝どぎもを抜かされた。

 机が綺麗にどかされ、代わりに大掛かりな機械が所狭ところせましと置かれている。


(なんだこりゃ!? それにみんなどうして!?)


 それだけではない。会議室の中は既に大勢の魔物たちであふれかえっていたのだ。

 見ればセスやシャリアもいるではないか。


「ドワーフのおっちゃんたちが凄いもの作ったんだって?」

「何をするのか知らぬがさっさと致せ」


 やたら女性陣が多いのは気のせいだろうか……。


 いや、それよりも今は現れた敵の巨大ロボットを何とかしなければ!

 会議室の巨大モニターには、まだ砂漠で暴れまわる赤い巨人が映っていた!


「おじさんたち、あいつを倒せる兵器ってまさか!?」


「そのまさかじゃ! あれを使うぞい!」

「今使わんで、いつ使うんじゃ!」


 装置の前に各々おのおの座るドワーフたち、アルムに向けて親指を立てる。


『機動超人ソウルヒーター!! 発進じゃいっ!!』



…………



「ふははははっ! 突撃隊の戦車は全滅させてやったぞ! さぁてお次は……」


 ノブアキが次に目を付けたのは、遥か彼方で横一列に並んでいる戦車隊だった。


「よぉし! 君たちに決めたっ!」


──待ちなさいノブアキ! 何か巨大なものが転移してきます!


「むっ!? 新手かっ!」


 勇者の巨大ロボット『オーディン』の行く手を阻むかのように、それは現れた。


「ななななっ!? ばっ馬鹿な!? なぜあれがっ!? あ、ありえんっ!!!」


 ノブアキが驚いたのも無理はない。突如として現れたのは、やはり巨大ロボット。しかもその姿はノブアキが子供の頃に見ていたアニメ『機動超人ソウルヒーター』にそっくりだったのだ。


(なんと美しいフォルム…………はっ!?)


 我を忘れて思わず見とれてしまったノブアキは、何かに気付き周囲を見回す。するとオーディンそっちのけでソウルヒーターの写真を撮るカメラマンたちが目に入ったのだ。皆、「おぉー」とか「これはすごい」などと夢中でシャッターをきっている。


「て、てやんでぃ! おいらオーディンの方がカッコいいんでぃ!」


 しかし改めて自分の巨大ロボットを見ると、寸胴で手が長く不細工な形状。塗装は慌てていたのかよく見ると所々塗りムラができている。通常の三倍を意識した色彩が裏目に出てしまい、まるで血みどろのゴーレムかでダコのようだ。


(ぐ……)


 それに引き換え現れたソウルヒーターは形状、塗装が完璧であった。細部の装飾に至るまでよくできており、光を反射して輝く姿はまさに正義を現しているかのよう。知らない者が見たら魔王軍の所属だと誰も信じなかっただろう。


「ちくしょうっ! ちくしょうっ!!」


 地団太じだんだを踏みながら、ノブアキは拡声器を取り出し叫び始めた。


『異世界だし著作権に引っ掛からないからって、原作のあるロボットを持ち出すとは卑怯ひきょうだぞアルムッ! おい! なんとか言えっ!!』


 するとソウルヒーターの方からボソボソ小声が聞こえてきた。


(え、あいつ何か言ってる?)

(言われとるぞアルム、こいつに向かって言い返してやれ)

(あ、これがマイク? あ、ううん……)


 ソウルヒーターの右腕が上がり、オーディンへ向けて指さす。


『ノブアキ! 父さんが好きだったこのロボットで正義の裁きを下してやる!!』


 今度はアルムの声がはっきりと聞こえた。

 これに勇者ノブアキも黙ってはいない。


『魔王軍が正義だと!? よくぞほざいた、面白い! 神の鉄槌を思い知るがいい!! 念のために聞いておくが動力は核じゃないだろうな!?』


『核は使っていないが秘密だ! お前の方こそ核を使っていないだろうな!?』


『使っていないが当然秘密だ!』


 説明しよう。魔王軍のソウルヒーターはゴーレムを核とした魔力エネルギーで動いている。腕や脚部にはゴーストが憑依しており、関節部分にはスライムの粘液が利用されていた。

 一方でオーディンは電気を利用したバッテリーで動いている。人工筋肉が使用されており、砂漠の熱でもやられない温調機付きである。バーニア部分は石油燃料が使われていた。


 異世界の砂漠にて、機動超人ソウルヒーターと勇者オーディンの戦いが今始まろうとしていた!



…………


「ようし先手必勝じゃ! アルム、お前さんが攻撃担当じゃ!」


「え!? 僕!?」


 言われても来たばかりのアルムには動かし方などわからない。


「安心せい。こいつはお前さんの声に合わせて攻撃する『音声認識システム』を採用しとるんじゃ」

「とりあえず初手はミサイルがいいのぅ。『おっぱいミサイル』と叫ぶんじゃ」



 会議室内がシンと静まった。



「…………え? 何?」


「だから『おっぱいミサイル』じゃ。お前さん原作知らんのかいな?」


「知らないよ異世界の漫画なんて! ……で、お、おっぱ……?」


 アルムがチラリと後ろを振り向くと、大勢の女性がこちらを見ていた。

 どうしても叫ばなくてはいけないのかと思っていると、セスが近づいてくる。


「アルム、何を迷うことがあるんだ? 恥ずかしがっている場合じゃないだろ!」


「い、いや……。そ、そうだ! 他の武器か何かは!?」


「敵前で逃げ腰になる奴があるか! 愚か者!」


 今度は椅子に座っていたシャリアからの声!


「よい歳して乳房を意味する言葉を口にすることを今更はじと思っているのか!?」


「ち、違うよっ!!」


 反射的に否定するも、見る見る顔が赤くなっていくアルム。


「やっだー、アルム君たら子供~」

「ほら、お姉さんたちの前で大声で言ってみようよ?」

「どうしました? 軍師殿が叫ばないと負けてしまいますよ?」

「あぁそうか。アルムには経験がないのだな」

「アルムがんばれー!」


 口々に後ろから飛ぶ声に、アルムは眩暈めまいがしてきた。

  

(な、なんだよこれ……ぼ、僕は一体……)


 そしてこの時、ドワーフたちの腹の中ではドス黒い感情が沸いていた。


(アルムの奴、この間はよくもワシらに説教なぞたれてくれたのう……)

(最近まで鼻たれのガキじゃったくせに、百年早いわい……)

(あまり調子に乗られても困るでな、ここらできゅうをすえてやらにゃいかん……)

(こう見えてワシら執念深いんじゃよ……)


 なんとドワーフたちはソウルヒーターを造ろうとした際、アルムからとがめられたことをまだ根に持っていたのである! ギャラリーに大勢女性を呼んだのはアルムへと復讐するためだったのだ!


(みんな他人事だと思って! こうなったらやってやるっ!)


 頭から湯気が出そうになりながらアルムは意を決する。


「お、おっぱいミサーイルッ!!!」


 アルムが叫ぶと同時に、泣き上戸のトッポがこっそりボタンを押した。



…………



『おっぱいミサーイルッ!!!』


 ソウルヒータの胸部が展開し、ミサイルが飛び出した!

 ミサイルはまっすぐ飛び、オーディンへと直撃する!


「な、何っ!?」


 オーディンのボディはアルベドニウム製である。少しよろけるもダメージは軽微だ。それよりもおっぱいミサイルに対し、ノブアキは怒りがこみ上げた。


「待てい!! おっぱいミサイルはサポートロボ『マドンナーAエース』の武器じゃないか!! それにおっぱいミサイルは正式名称じゃないぞ!! 著作権に配慮しないどころか原作無視とはいい度胸だ!! 絶対に許さん!!!」


『おっぱいミサーイルッ!!!』


 オーディンがバーニアを吹かしホバー移動するも、次々発射されるミサイルが邪魔してくる。主人公ロボがおっぱいミサイルを連射する姿に、ノブアキは脱力感を覚え反撃できない。


『おっぱいミサーイルッ!!!』

『おっぱいミサーイルッ!!!』

『おっぱいミサーイルッ!!!』


(ひ、卑怯者!! というかどれだけミサイルを積んでいる!?)


──積んでいるのではなく転移させているようですね


(な、その手があったか!)


──感心してないで反撃なさい!


(わかっている! わかっているとも!)


 なんとか回避し続けていると、ピタリとミサイルが止んだ。



…………


「もうよさんか! 弾切れじゃ!」


「おっぱいミサーイルッ!!! おっぱ……」


 気付けばアルムは叫び続け、ミサイルを撃ち尽くしてしまった。

 ようやく静かになった会議室内に、ひそひそ声が聞こえてくる。


「あたしは情けない……こんな変態の子になっちまったなんて……」

「ケダモノめが! 恥を知れ!」

「やだぁ、おっぱい言い過ぎぃ…………」

「欲求不満なのかしら……」

「ああいうの異世界では『セクハラ』って言うんでしょ?」

「え? 『おっぱい星人』じゃなかった?」


 

 アルムは段々女性不審におちいってきた。

 そして止めとばかりに……。


「ママー、おっぱいってなーに?」


 ジークフリードが母親におっぱいについて訪ねた。

 ドラゴンは哺乳類でないので知らないのだ。


「うむ、アルムの好きなものらしいぞ」


「そっかぁ! アルムはおっぱい大好きー!」



「や、やめろぉぉぉ────!?」



 戦闘中であるにも関わらず、会議室内は注意散漫さんまんとなる、これがいけなかった。


 巨大モニターに映らない死角から、オーディンの接近を許してしまっていた!


『どうした!? 戦場で戦いを忘れたか!? 勝利のポーズはこの私のものだ!!』


 細長い腕が伸び、ソウルヒーターの脇腹へと吸着する!

 吸着した先端から飛び出したドリルが外装に穴を空け始めた!


ビー!ビー!ビー!


 けたたましい警告音が会議室内に響き渡る。


「まずい! 左脚部の動力回路がやられた!」


「何か武器は無いの!? えと、ロボットだから……ビームレーザー!? エネルギーソード!? えと、えと……どこかに原作の漫画は!?」


 慌てふためきアルムは当てずっぽうに叫ぶ。ドワーフたちもガチャガチャレバーをいじりまくるがうまくいかない。


「えぇい! ここはブーストナッパーじゃいっ!」


 ミーマがレバーを引くと、左腕がオーディンの腕を掴み寄せる!

 そのままドリルの腕を引きちぎり、空いた右腕が火を噴いて加速した!


 そのままオーディンのボディへ鉄拳を叩きこみ、殴り倒してしまった!


「どんなもんじゃい! ガツンとやってやったわい!」

「ふぃー、何とかなったわいな」


 一安心とばかりのドワーフたち。

 だがしかし……。


「……ねぇ、今の何? もしかして僕が叫ばなくても戦えたの?」


「ありゃー、バレちまったぞい☆」


 ニヤニヤ顔のドワーフたちを目にし、ついにアルムの中で何かが切れた。


「なんだよそれ……こっちは真剣にやってたんだぞ!? それを……!!」


 と叫びかけ、何かに気付き後方を見渡す。


「まさか ……気付いてたのか? ここにいる全員が、始めから!!」


 ギャラリーへ怒りの目を向けるも、誰もが知らぬ素振りだ。

 完全に静まり返る中で、ハルピュイアのサディがポツリと呟く。



「…………だってアルム君からかうと面白いんだもん」


 途端、大爆笑の嵐が巻き起こった。



…………


「くっ! 『ブーストナッパー』を再現させるとは! にわかとばかり思っていたが、アルムもできるということか!」


 倒れた巨体を起こそうとリモコンを操作するノブアキ。


「……ん? なんだ?」


 突然ソウルヒーターから笑い声が聞こえたかと思うと、叫び声!


『お前らふざけんなよ!!! こっちは遊びでやってるんじゃないんだよ!!!』

『これ落ち着かんかい! 壊れちまう!』

『みんな僕を馬鹿にしやがって!!! お前ら全員大っ嫌いだ──!!!』

『い、いかん! アルムを押さえつけるんじゃ!』


 複数人のドタバタする音が聞こえたかと思えば、ソウルヒーターは不可解な動きを始めた。まるで盆踊りを踊っているかのようなしぐさでこちらへ近づいてくる。


「なんだあれは!? まさか暴走モードというやつか!?」


──いいから動かしなさい! まだ立ち上がれないのですか! 軟弱者!


「うるさいっ! 巨大ロボットは起き上がるのが大変なんだぞ!?」


 ようやくオーディンは身を起こした。しかし目前には既にソウルヒーターが迫っていたのである。左脚部がうまく動かせなかったためか、つまづいて覆いかぶさるように倒れてしまった。


「うわぁぁ!? や、やめろ! こんな灼熱の砂漠で男同士ハグとか御免だ!!」



 一方で、魔王城会議室ではようやく事態に気付いたアルムが我に返る。


「あ!? た、倒れちゃったよ!? 早く立ち上がらないと!」


 ドワーフたちへ声をかけるも反応がない。


「おじさんたち……?」


 ドワーフたちは席に着いたまま、帽子を深くかぶりしんみりとしていた。

 さながらそれは宇宙船アニメ最終回のように……。


「……皆、よくぞここまで戦ってくれた」

「どうやらこれまでのようじゃな……」

「ソウルヒーターは構造と重量バランスの関係で、倒れたら起き上がれんのじゃ」


「う、嘘……」


『許してくれい! ソウルヒーター! さらばじゃー!!!』


 泣き上戸のトッポが泣きながら「DANGER」と書かれたボタンを叩き押す。



 砂漠に凄まじい光と大爆音がとどろく。


「皆、伏せろー!!」

「う、うわぁぁぁぁ────!?」


 遠巻きで見ていたリザード部隊は砂を含んだ突風と衝撃に襲われる。

 


 やがて砂煙が止んだ。


「いない……。二体の巨人が消えた!?」


 ソウルヒーターとオーディンの姿はどこにも見当たらなかった。




「………………」


 爆心地だった場所には巨大な穴が開き、勇者ノブアキは暫くそれを眺めていた。


「これが……」


 二体の巨大ロボットは無残にも吹き飛び、残骸となって散らばっていた。


「これが…………の夢だって? …………ククク……」


 あの日、友と語り合った異世界での夢。

 砕け散った夢の欠片を見つめていると、急に笑いが込み上げてきた。


「はははははははっ!!!!」


 可笑しくて可笑しくて仕方がなかった。

 このためだけに、一体どれだけの年月と金と労力をかけたのだろう。


「はははははははははっ!!!!」


 それが一瞬で無となり、残ったのが腹の底からこみ上げる喜の衝動。

 一通り笑い終えたノブアキはマントをひるがえすと背を向ける。


「最高だ……! 楽しかったぞアルム……!!」


 呆気にとられるグライアス兵やカメラマンを余所に、ノブアキは一人砂上バイクにまたがり基地へと帰って行った。

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