最終目標と『術士ルシア』の謎


 数日後。

 魔王城の地下牢フロアにて。


 の一切当たらない、闇が支配する場所。

 明かりは各部屋に一つある、薄汚れた発光石だけ。


(…………)


 地下牢には大魔道士ラフェルもとらわれていた。目隠しに猿轡さるぐつわ、そして体を拘束されたまま何ヶ月も閉じ込められている。身も心も石となり、ただひたすら救出される日を待ち望んでいた。

 つい数日前、聞こえる物音から大勢の人間たちが同じフロアへ運ばれてきたことに気付いた。反乱者がでて自分も助けて貰えないだろうか。そんな期待も頭をかすめたがすぐ諦めた。こちらは口を開くことすらできないのにフロアが賑やかになっただけで、わずらわしさしか産まなかった。


 話し声から囚人たちがグライアスの兵士であることを知り、魔王軍はグライアス領まで攻め入ったかと勘違いするも、すぐにそうでないことがわかる。ノブアキは一体何をしているのかとヤキモキした。




「新入りどもぉ! 飯の時間だぁ!」


 決まった時間になるとゴブリンが食事を運んでくる。それをグライアス兵士の小隊長やリーダーだった者たちが受け取り、各部屋へと配膳作業を行うのだ。


ガシャン!


 食事を檻の隙間から入れようとした元小隊長が、元部下から投げ返された。


「あんたが投降しろと言うから俺たちは捕虜になったんだ!」

「……」


 部下の言葉を、黙って小隊長は受け止めている。


「てっきり作戦か何かだと思ってた! だから俺たちは従ったのに、それをあんたは魔王軍の下僕に成り下がったってわけだ! 俺たちを売ってな! 生きて帰れたら覚えてやがれよ!」


「……」


「ここまで言われて何も言うことは無いのか!? なぁ!?」



「騒ぐな新入りぃ! 明日からクソ食わすぞ!?」


 騒ぎを聞きつけ、集光石のカンテラを持ったゴブリンが駆け付ける。だが檻の中のグライアス兵たちはゴブリンを舐めてかかった。彼らが普段臆病なことを知っていたからだ。


「あ? 雑魚のゴブリンがイキがるんじゃねぇ!」

「人間様に逆らうなよ? ゴブリンごときが偉そうによ!」


 一瞬カチンときたゴブリンだったが、何かを思いつきニタリとする。


「人間様はそんなに偉いのかぁ? なぁ? おいお前、犬の真似しろ!」


 ゴブリンから言われ、配膳係だったグライアス兵が突然しゃがみ、舌を出す。

 それを他の兵士たちへよく見えるよう、ゴブリンは明かりを近づけた。


「はいお手。次は吠えてみろ!」

「うー、わんわん」


 なんと配膳係はゴブリンの言う通り犬の真似を始めたのだ!

 檻の中の元部下たちは驚き、嫌悪感を示す。


「ギャーッハッハッ! こいつお前らの隊長なんだって!? 情けねぇなぁ、人間様が『ゴブリンごとき』に尻尾振って犬の真似とはよぉ! ギャハハハハハッ!!!」


 一体どんな洗脳を受けたというのか? 檻の中のグライアス兵たちは怒りよりも恐怖が勝り、明日が我が身のならぬよう祈るばかりであった。



…………



 その日の深夜、アルムは作戦会議に出席するため魔王城の回廊を走っていた。

 本を読みながらついうとうと寝過ごしてしまったのである。


「ほれみろ! セーカツシュウカンが乱れてるからだぞ! 外に出て運動しないからそうなるんだ!」


 先を行くセスからこう言われてしまう。

 まぁセスの場合はアルムをオアシスへ誘おうとしても、中々良い返事をくれないので当てつけて言っているのだが。


 ようやく会議室前についたアルム、扉を開けた途端に罵声ばせいが飛んできた。


『アルム軍師! 遅刻とは情けない! むち叩き10回の刑にしょす!』


「す、すみませ……!」


 見ると声の主はグライアスの軍服を着た男だった。

 全く知らない人物である。


(……誰!?)


 会議室内を見渡せば、既に集められていた面々、特にシャリアは腹を抱えて笑っている。そこでようやく悪戯いたずらであることに気付く。


 アルムが顔を赤らめ席に着くと、ラムダ補佐官が咳払い。


「ではセレーナ。軍師殿も来られたようなので続きを」

 

 ネクロマンサーのセレーナが前に立つと、先ほどアルムを怒鳴った軍服もその横で気を付けの姿勢をとるのだった。


「承知しました。これまで先代魔王様の時代から死者を操り、兵とする術があるのは周知のことでした。ですが此度こたび、我々が研究に研究を重ねた結果、ゴーストをもちいて生きた人間を操るすべを手に入れたのです」


 魔王軍に所属しているゴーストたち。今まで捕虜に憑依ひょういし自白させるなどのことをしていたが、黒魔術師の魔術により長時間生きた人間へ乗り移ることが可能になったのだという。乗り移った人間を、ゴーストを経由して術者が自由に操ることも可能だということだ。


 先日大量のグライアス兵を投降とうこうさせ、オアシス基地をすんなり手に入れられたのはこの呪術じゅじゅつを用いたことに他ならない。



「昼であろうと夜であろうと、少しでも人間の精神状態に隙が出来れば憑依させることが可能です。死した人間と比べ肉体状態が良いので長時間行動も可能でしょう」


「恐ろしい外法であるが、重要なのはそれで何をするかだ。遅刻殿はしっかり考えておられるのか?」


 途中出席の軍師に魔王が無茶振りをするも、アルムは立ち上がり書類を見た。


「この呪術を使い、基地とグライアス領にスパイを送り込もうと思う」


 アルムの最終目標は勇者たちを消し去ることだが、彼らは不死身だ。大魔道士ラフェルのように神具を奪い拘束するのが一番だが、勇者の持っている神具がどのようなものなのか分からない以上、難しいだろう。


「そこでやはり避けて通れないのが、グライアス領主ルークセインの抹殺まっさつ、もしくは捕縛ほばくだ。奴は勇者の強力な後ろ盾であり、奴を失えばグライアス軍は勿論、勇者たちも大人しくなるだろう」


 捕虜にゴーストを憑依させ自白させたが、グライアス兵の殆どはルークセインに対し良い印象を持っていないようだ。忠誠心が高いのは良い思いをしている一部の高官だけで、一般兵士は自分の生活や家族のために兵士をやらざるを得ないといった感じらしい。


 と、ここでブルド隊長が手を挙げた。


「しかしどうやってスパイを送り込む? 砂漠のオアシス基地ならまだしも、グライアス本土まではまだまだ遠いぞ? このまま奴らの基地を奪いながら進むったって、何年かかるかわからねぇぞ?」


 続いて医療班長のココナも手を挙げる。


「これ以上激しい戦闘が長期に渡り行われるのは、医療班としても少々厳しい。薬の調達にも限界があるし、例の『細胞再生機』が故障した場合修理できる者がいない」


 これは薬に限らず食料や他の物資でも言えることだった。食料はガーナスコッチから買ったものを保存食にしているが、転移アイテムである帰郷の羽は既に数がきかけていた。作成には何ヶ月もかかる……。


「そうだね。戦いが長引けば数が少ないこちらにとって不利になる。実はエルランドのセルバ市を攻め落とした時、ラフェルの塔にあった転移装置を押収したんだ。これを利用すればグライアス領……うまくいけばルークセインのすぐ傍まで転移できるかもしれない」


 壊されていた転移装置。解析した結果、起動にはパスワードキーが必要なことが分かっていた。ラフェルを自白させれば聞き出せるだろうが、ゴーストが憑依できなかった。不老不死薬の影響なのだろうか?


「これもグライアス兵から聞き出したことなんだが、グライアスの基地にも転移装置があるらしい。そしてパスワードキーは『高官』と呼ばれる人間たちなら知っていると聞いた。だからまずは高官のいる基地へスパイを送り込むのと装置の捜索だ」


 ルスターク将軍も手を挙げる。


「成功すれば戦いの早期決着が見込まれそうですな。して、我々はそれまで何をすればよいでしょうか?」


「向こうに気付かれないよう、これまで通り基地へ攻め込む『振り』をするのがいいと思う。もし転移装置が発見されたらその基地を占領するために戦って貰うけどね」


 他にもいくつか質問が飛んだが、粗方出尽くし魔王軍の方針を固めることができた。


「では魔王様から何かございますか?」

「気になることと言えば僧侶の暗殺部隊がまだ帰ってこないことくらいか」


 この件については後日、諜報部隊が人間の新聞を入手し失敗したことがわかった。

 暫く亜人メイドたちからエリサを心配する声がささやかれたという。


「ではこれにて会議を」


『あたしからいいかな?』


 ラムダ補佐官が会議を閉めようとした時、なんとセスから声があがった。

 この事態に動揺が走るアルム。


「おいセス!?」

「セス殿から何かあるのですか?」

「構わん、何を話すのか知らんが喋らせてやれ」


 魔王の一言でセスはやや緊張しながらも、アルムの前に浮かび喋り始めた。


「あたしが前々から思ってたことなんだけどさ、魔王軍の敵って勇者とアルビオンって奴だけなのかな? 勇者の仲間には『ルシア』ってエルフもいたって聞いたけど、みんなはどう思ってるのかなって」


「ふむ……言われてみれば確認しておきたい事項ですな」


 セスの言うことも一理あるとラムダ補佐官は頷いた。


 大魔道士ラフェルは捕らえ後はノブアキとアルビオンだけだと皆は考えていた。

 だが確かにもう一人『術師ルシア』も存在する筈なのだ。創造の人物なのではないかなどと噂もあったが、実際に見たと証言する人間も多く生き残っている。バーバリアンの戦士『ダムド』のように死去したとの話も聞いたことがない。


「軍師、お前もエルフの血を引いているのだから何か知らぬのか?」


 シャリアが尋ねるも、アルムは首を振る。


「文献を色々漁ったけど殆ど記述が見当たらなかった。突然現れ、突然姿を消したとしか……。母さんからも何も聞いた覚えがない」


 古参であるブルド隊長に聞いても「あの時は皆を逃がすことで精いっぱいだった」としかなかった。哨戒部隊のファラもやはり首を振る。


『その術士の女なら会ったことはあるぞ』


 この言葉に一同の視線が釘付けとなる。

 魔黒竜ファーヴニラだ! この人物がいた!


「勇者が『強力な仲間がいると神託しんたくを受けた』と言うので暫く待ってやっていたのだ。適当に時間を潰していると、どこからか杖を持った女を一人連れてきたのだ」


「どんな人物だったの?」


「当時、只の人間だろうと思っていたのでよく覚えてはいないな。印象に残ったのはお前のように耳が大きくて杖を持っていたことくらいか。それと他の男どもとは違い随分ずいぶんと無口だとは思ったな」


 ファーヴニラには念話で一言「宜しくお願いします」と話しただけだったという。

 初めて他者から念話を使われ驚いたとも語った。


「ふむ。目撃証言があるとはいえ、雲を掴むような話ですな。一番恐ろしいケースは密かに勇者どもがかくまっており、ある日突然現れ敵になることでしょうかな」


「……警戒しておくに越したことはないけど、今は目の前の作戦に集中しよう」


妖精フェアリーにしてはまともな投げかけではあったな」


「滅茶苦茶重要なことだったじゃん! 感謝しなよ!」


 ここでようやく会議はお開きとなるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る