魔王軍の休日と渚の妖精たち


 勇者ノブアキはアレイドを休ませると、自らの足でグライアス軍の高官たちへ呼びかけ、軍の一時的な運用や外組織への働きかけをうながす。宴会を通じて彼らと随分打ち解けたようで、誰もが嫌な顔一つせずに協力してくれる。


(これはどうしたことでしょうか? あのノブアキが張り切っている!?)


 付き添うアルビオンも内心驚いている。30年前、魔王を倒すため旅していたあの頃の活気が戻ったような……。いや、そうではない。元々彼に資質があり、やる気が起こらなかっただけなのだと理解する。


(いつもこうだといいんですがねぇ……)


 今年も後1週間ほどしかない。ルークセインと交わした『年明けまでに魔王軍を倒す』という約束は破棄されそうである。始めからこのくらいやる気を出していれば、本当に年内で魔王軍を壊滅できたのにと僧侶は思った。


 しかし何故、急にやる気が起こったのだろう?


「もしもし!? 届いたのマジで!? イエス! イエス! イエースッ!! だよね!? 技術者も一緒でしょ!? すぐこっちへ寄越して組み立てて貰ってよ!」


 高官との通信を切り、拍手をしながら喜びの舞を舞う勇者ノブアキ。


「ふっふっふっ! いいよいいよー! さあこれから忙しくなるぞ! アルビオン君! ちょっと魔王軍の様子を偵察したいんだが、神具の力は借りれるか!?」


 言われアルビオンは先日魔王軍に取られたばかりのオアシス基地を映し出した。

 先日同様、勇者が目にした通りに戦車がずらりこちらへ向けて配置されている。


「これ奪われた戦車ですか? 魔物に修理し動かせる知識があるとは思えませんが」

「いや、彼らにはアルムがいる。油断は禁物だよ」


 続いてオアシス中央、大きな湖が映し出されたが……。


「あれ……」

「う、うひょー!?」


 そこには水着に着替え、水でたわれている亜人娘たちの姿が映し出されたのだ。更に水辺ではビキニ姿のセレーナが、惜しげなくそのプロポーションを横たわらせている。僧侶は勇者にとって目の毒と判断し、すぐ他の場所に映し変えた。

 湖面にトロールがプカプカと浮いている。その上で相撲をとっているビックラットたち。他にもビーチバレーに興じる者らもいれば、酒を持ち寄りワイワイ騒いでいる魔物たちの姿も。誇り高き戦闘種族を自称するリザードマンたちですら、果物割りを行っているではないか。


「どういうことだ!? こちらの軍事基地がリゾート化されてしまったぞ!?」


「オアシスって元々そういう場所なのでは? ……しかし戦いの準備もせずに遊んでいるなんて妙ですね。湖の上空にうっすら結界のようなものも見えますし、こちらを油断させる何かの作戦なのでしょうか?」


「……わからん、もう少し調べようか」


 更に別の場所を見ようとした、その時だ。茂みに隠れ着替えようとする女の子たちがチラリと横切ったのだ。ノブアキはこれを見逃さなかった。


「待てい! カメラストップ!」

「はい?」


 女の子たちは上着を脱ぎ、下着を外そうと手をかける。

 鼻息が荒くなる勇者に気付き、アルビオンは場面をずらしてしまった。


「いいところでなんだ!? カメラを戻せ! さっき魔王軍攻略に関する重要な場面が映ったのに!」

「……嘘おっしゃい、嘘を」

「嘘などではなーいっ! ほらもっと左! アップで映せ!!」

「こうですか?」


 アルビオンは真実の目の視界を思いっきりずらす。

 そこに映り現れたのは、隅の方で立小便をするゴブリンの姿だった。


「ぐおぇぇぇぇぇー……!」


 アップでモロに見てしまい、勇者は本気で吐きそうになった。


「…………アル、お前わざとやったろ……?」

「はてなんのことでしょう? 疲れてしまいました。私はこれで休ませてください」

「ぐむぅ……」


 昨日から一睡もしていないと、アルビオンは立ち去ってしまった。納得がいかない勇者は暫く腕を組んでいたが、両手で自分の顔に気合を入れると部屋を出て行った。



…………


 その頃の魔王軍、最前線となったオアシスでは……。


『とおぁぁぁぁー!』


バシンッ!


『ちっ!』

『あぁーん!』


ピッピ──ッ!


 審判をしていたハルピュイアのファラが笛を吹く。哨戒部隊チームと医療班チームのビーチバレー対決だ。サディの際どいコースを狙ったスパイクはココナに拾われ、キスカのトスからのカウンターシュートが決まったところだ。


「くっ! なんて高いジャンプなの!」

「なに今の動き!? チョーあり得ないんですけどっ!」


 砂地に倒れるサディとメサが悔しそうに見上げる。今回二人は翼を仕舞っての競技だ。


「見たか! これぞ殺人兎流電光石火だ!」


 ドヤ顔を決めるココナにキスカが笑う。


「普段動かないのに無理すると、明日から筋肉痛よ?」

「なんの軽い軽い! まだまだ肩慣らしだ!」


 なぜ魔王軍がオアシスで遊んでいるのか? それはずばり息抜きである。


 ここのところ戦い続きだった魔王軍。たまにはガス抜きも必要だろうと、アルムとラムダ補佐官が協議した結果、交代で休暇を取らせようということになったのだ。

 最前線オアシスは大きな湖があり、寒冷期でも温暖なため大人気スポットである。無論、最前線なので常に監視の目が行き届いている状態だ。

 湖上空に張ってあるのは紫外線カットのバリアーだが、アルビオンには結界に見えてしまった模様。実はこれも「何だかよくわからないけど近づき難い」という効果を狙ったアルムの策の一つだったりする。


『おぉーい! 水着の姉ちゃんたちー!』


 少し離れた場所からビーチバレー組に声をかける者たちあり。

 ドワーフ、ノッカー、コボルトの採掘組だ。


「こっちへ来てワシらと飲まんかーい!」

「僕たちと一緒に宝石について語り合いませんかー?」

「これからは山ガールならぬ鉱山女子の時代じゃー!」


 これにバレー女子たちは微妙な顔を見合わせる。


「昼間からムサい男たちとなんか飲まないわよー」

「つーか酒くせーよ! このおっさんどもっ!」


「そんなこと言わずにぃ~。ボクらにお嬢さんたちを採掘させて下さ~い」


 コボルトが体をくねらせそう言うと、酔っ払いたちからどっと笑いが起こる。

 すかさず顔面へロングスパイクが決まったのだった。



 その一方で、妖精フェアリーのセスが一人で湖へとやってきた。恰好は、なんとこれまた赤い水着姿。実は人形用の水着であり、マードルが旅商をしてた頃の取引先から特別に取り寄せてもらった物らしい。仕切りに辺りを見回していたが……。


 傘の下でビーチチェアーに座り、大団扇おおうちわで仰いで貰っているシャリアを見つけた。


(……うげ、何こいつ)


 見るとやはり黒い水着を着ている。

 シャリアもセスに気付いたようだ。


「……妖精風情が水着など着て泳げるのか?」

「……水着くらい黒以外の色を着たらいいのに」


 早くも両者臨戦態勢である。


「これは異世界の水着の中でも由緒正しきものなのだ」


 シャリアはこう言っているが、実は亜人メイドたちに異世界文献ぶんけんを見せ作らせたスクール水着である。メイドたちは文献をよく吟味ぎんみして選考し、品が良く、人気で、シャリアの体型相応の水着を選んだつもりだ。仕立てや針仕事に覚えのある者たちが徹夜をした結果、魔王の機嫌を損なわせずわずか一晩で完成。写真のスク水を細部まで忠実に再現させてしまった。

 そのため名札の部分に「四年三組 山田」と記入されていたが、本人は何のことか気付いていない。


「ところでアルムはどうした?」

「それよりアルム知らない?」


「……」

「……」


 二人は凄まじい火花を散らし始めた。


「ちんちくりんのくせに」

「ちんちくりんのくせに」


 加えて見えない炎が燃え上がった。


『お前たち、泳ぎもせずに何をしている?』


 と、ここで湖から上がってきた何者かが近づいてくる。


「!?」

「!?」


 背が高く、完璧とも思えるスタイルのビキニ姿。一瞬誰かわからなかったが、人の姿に身を変えた魔黒竜ファーヴニラだったのだ。今にも「存分に見るがよい」と言わんばかりの体形に、二人は目を丸くする。

 

「お前たちだけというのも珍しいな。てっきりアルムも一緒だと思ったが」


「アルムならここに来る前、お城の方で見たよ」


 浮き具をつけたジークフリードがそう言った。

 どうやら水に慣れさせるための訓練中だったらしい。


「それよりママー、あれ食べたい」


 ジークフリードの視線の先、果物が山のように積まれていた。リザードマンたちが果物割りに使ったり、ゴブリンたちが大食い対決で使っている物のようだ。


「ふむ、あれも何かの訓練の一環なのか? 混ぜて貰うことにしよう」


 ファーヴニラは我が子を抱き上げ行ってしまった。


「この寒冷期にわざわざ寒い城にいる奴のことなど知らぬ。お前が行きたければ勝手に行くがいい」


 シャリアはサングラスをかけそっぽを向く。


「あっそ。どうでもいいけど日に当たり過ぎて干からびないでよ」

「……ふん」


 セスは一人、アルムを探して魔王城へ行くことにした。

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