毒蛇と三すくみの話


 早朝のオアシス基地。アレイドは戦況を報告すべく魔法の水晶板マジック・プレートによる通信を試みていた。電気を必要としない反面、魔鉱石へ専門職の人間が魔力を送らなければならない。衝撃にも弱く戦場での使用は不向きと判断され、設置されている基地が限られているのが今回あだとなってしまったわけだが……。


 屋敷の受付を経由し、通信がルークセインの私室へと中継される。映し出されたのは朝食を終え、バスローブ姿で猫と遊ぶルークセインの姿だった。


 アレイドは正直に戦況を報告し、基地二つを魔王軍に取られたことの謝罪をする。

 その間、ルークセインはアレイドに目もくれず、度々水晶板から姿を消した。


「……で、戦車は何輌失ったのだ?」


「修理中のものも合わせ、102輌です」


 ようやく猫を抱き上げソファーに座る領主。やはり視線は猫を向いている。


「昨日は10輌、今日は100輌。明日は1000輌か、10000輌か? ん?」


「…………」


 ルークセインは再び画面外へと消え、猫に液状の餌を与え始める。穏やかな口調でにこやかな表情。しかし彼は内心烈火のごとく怒り狂っているのだ。それを見抜いてしまったアレイドは、背中に冷たいものが走るのを感じて直立不動であった。


「それで、アレイド君。今後のご予定は如何なさるのですか?」


「……た、隊を再編成。戦車の修理が完了次第、すぐさま攻め込もうと……」


「君に友人が多いのは知っていた。だがいつから魔王軍にも友人ができたのだ?」


「……え?」


 バスローブの男は猫に餌を与え終わり、乱暴に袋を打ち捨てる。


「こちらの体制が整うのを待って貰えるほど、いつから魔王軍と仲良くなったのかと聞いておるのだよっ!! まさかそのために高価な戦車をプレゼントしたのか!?」


(うぅ……)


 蛇が獲物を締め上げるがごとく、ルークセインの責め文句が続く。やがて蛇は己が毒蛇であったことをばらすかのように、したたり落ちる液をチラつかせにかかった。


 側近のサジから飲み物を受け取り、ルークセインは改めてソファーへと腰掛ける。

 今度こそアレイドの顔を見据えた。


「さてアレイド。戦車を失う名人の君にピッタリの転職先があるんだ。カスタリア領沖の海に我が領が浮かべた採掘施設があるだろう? そこへ現場責任者として赴いて貰おう。期限は設けず戦車で失った金が返済できるまでというのはどうかね?」


「ひっ……!」


 アレイドの表情が蒼白となる。新たなエネルギー確保のために、試験として設けた海上フロート。荒れ狂う海に投げ出されたら命はない危険な仕事。今まで大勢の死者が出ていたが機密計画のため、その事実は闇に葬られてきた……。


「いや、流石に無期限は酷だな。そうついこの間のことだ。知人であるバンブ伯爵に会ったのだよ。君も知っているだろう? あのとても紳士で有名な年寄りだ。以前に晩餐会で君の妹を見たらしく、是非行儀見習いとして世話させてくれないかと相談を受けたんだ。どうだ? 彼なら戦車数輌分くらいポンと出してくれそうだぞ?」


「ま、待ってください!! そ、それだけはっ!!」


 バンブ伯爵、その名を知らぬ者がいないくらい悪評の絶えない男だった。幼い少女が大好きで、以前に彼が組織していたとされる秘密クラブを摘発されたことがある。クラブの中から保護されたのは、いずれも未成人の少女ばかりだった。

 責任を追及され、彼は議会を後にしたはずだった。しかし数か月後、何食わぬ顔で彼はまた王都議会へと顔を覗かせることとなる。人権尊重派のエランツェル卿ですらほとほと手を焼いている人物であり、その風貌ふうぼうとしぶとさから「ゾンビバンブー」のあだ名がささかれていた。


 アレイドは年の離れた妹の顔が思い浮かんだ。野花に囲まれる中で自分の姿を見つけ「お兄様」と駆け寄る天使の笑顔。体が弱いことを理由に学校へは通わせず、家庭教師をつけさせていた。

 目に入れても痛くない可愛い妹を、あのゾンビバンブーの元へやるなど考えられぬことである。さっさとラカールの修道院へ入れるべきだったと死ぬほど後悔した。


「もう一つ思い出したぞ。私の友人が今度『夜の殿堂』を始めるにあたりスタッフを募集中らしい。君の姉上は優秀のようだが美貌びぼうもなかなかのものらしいな? 殿堂で働けば今の三倍は稼げるのではないか? 君の母上もまだ若いしここは親子で……」


「ひっ……ひっ……ギギッ……」


 アレイドは立ったまま白目をむき、泡を吹き始めた。

 今にも卒倒そっとうしそうな彼へ、救いの主が現る!


『待ちたまえ、ルーク!』


 我らが勇者、ノブアキである!


「彼はまだ若い。やり直す機会はいくらでもあるはずだ。被害と言っても基地と戦車を奪われただけのこと。また取り返せばそれでいい」


 獲物を横からさらい楽観的な言葉を並べる勇者に対し、毒蛇の眉間にしわが寄る。


「ほう、ノブアキ殿が挽回ばんかいの手助けをすると?」


「尻を持つというわけではないがね、今度は私が直接出よう。以前より作らせていた秘密兵器を用意して欲しい。カスタリア南部の秘密工場で作らせていた方だ」


「だそうだぞサジ? 貴様の身内の管轄かんかつだがどうなっている? 準備できそうか?」


 言われサジは素早くメモを取り出し目を通す。


「本体はほぼ完成状態です。ですが塗装、なにより兵装が十分ではありません」


「兵装などただの飾りですよ! そんなこともわからんのですか!? とにかく動かせるんだな? 転移装置を駆使してすぐさまこっちへ寄越してくれ、頼むぞ」


 え? 一番重要な部分じゃない? と思った矢先、勝手に通信が切れた。

 と思えばまた通信が入り勇者の姿が映る。


「言い忘れたがさっきの『夜の殿堂』の話。帰ったら詳しく聞かせてくれたまえ」


 今度こそ通信は切れた。


「ふん! 大飯食らいのバカ者どもめがっ!」


 ルークセインは乱暴に器をテーブルへと叩きつける。


「お館様。先ほどの話、宜しいのですか?」


「構わん! さっさとあのおもちゃを送り付けてやれ!これで半分こちらの荷が下りるなら十分だ!」



…………



「あぁ、勇者ノブアキ様! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 助け舟に救われた(?)アレイドは、涙ながらにノブアキの手を取り何度も感謝の言葉を述べた。そんな彼に勇者は軽く肩を叩く。


「後は私に任せてくれたまえ。とりあえず、今は君を落ち着かせるのが先だな。……おーい!誰か彼に飲み物を持ってきてくれないか!?」


 暫くして部屋に入ってきたのは、なんと僧侶アルビオンであった。


「あれれ!? 帰ってきてたのかよ!?」

「つい先ほど帰郷の羽でね。それよりも今は、彼を」


 アレイドは部屋の隅に座らせられ、水を飲まされるとアルビオンから精神治療術をかけられる。ようやく落ち着いたようで、幾分いくぶんか顔色も良くなった。


「ありがとうございます……アルビオン様……」


 すべて出し切ったボクサー選手のように、アレイドは壁にもたれて静かになった。

 一方、勇者と僧侶は彼から離れ、仕切りでへだてた応接テーブルの椅子に座った。


「遅かったじゃないか、おかげでこっちはてんやわんやだ」

「これでも予定を切り上げ帰ってきたんです。昨日なんて暗殺されかけましたよ」

「え、マジで!?」


 二人はアレイドに聞かれないよう、小声でこれまでの出来事を話し合った。

 そして、話題内容は先ほどのルークセインとのやり取りになる。


「……あの男が言いそうなことです。組織で出た損失を個人に負わせようとするなど馬鹿馬鹿しいにも程があります。第一、あの戦車自体大した額ではないでしょう」


「え? 特注中の特注品だしとんでもなく高いんじゃないの?」


「私も気になって調べてみたんですが、製造費用がこれくらいかと」

「んー、ちょっとまって」


 ノブアキは異世界東洋の計算機……平たく言えば算盤そろばんをどこからか取り出し、パチパチと計算を始める。余談だが、彼は珠算検定5級である。


「まてまてい!? 経済のことはよくわからんが、とんでもなく安いやん! 自衛隊の戦車よりめっちゃお得やんけ! 10輌くらい僕のお小遣いで買えちゃうぞ!?」


 更に余談だが、自衛隊の戦車は異世界の戦車の中でも指折り級に高い。それでも勇者が驚くほどにはアルベドニウムの戦車が安価だったのである。

 理由は簡単だ。採掘場からアルベドニウムを掘り出すのは機密事項であり、そこに製造予算は組み込まれていない上、労働者はただ働き。更に製造に多くの強制労働者が使われていたので驚くほど安い金額で済んだのである。


「戦車に携わった強制労働者、その殆どがラフェルによって連れてこられた人々ですね。……腹違いにしても、嫌な意味で似た者同士の兄弟です」


「やれやれ。あの兄弟、仲が悪いんだかいいんだかわからんなぁ。……で、アレイドの話に戻るんだが、流石にこのままだと彼がかわいそうだ。どうしたもんかね」


 うーんと腕組みをする勇者に対し、僧侶は身を乗り出す。


「貴方の住んでいた異世界で『三すくみ』という話を聞いたことがありませんか?」


「三すくみ? あれだろ? 蛙に蛇が強くて、蛇にナメクジが強くて、ナメクジに蛙が強い、だったっけ? でもって三方がにらみ合って動かなくなるっていう。でもさ、あれ今ひとつわかんないんだよね。蛙ってナメクジ食べるの? もっとわかんないのがナメクジが蛇に強いって本当かよ? 私の実家は田舎だけど見たことないぞ?」


「その話です。私が以前に異世界文献へ目を通したところ、ナメクジは一説によると元々『ムカデ』だったという説があるのです。蛙が蛇に睨まれているところへ、通りかかったムカデが蛙へ加勢に加わる。こうして戦況が拮抗する状況が本来の三すくみなんだとか」


「へー、なるほどね。それならまだ納得がいくな」


「どうでしょう? 蛙を我々の仲間に加えてみては?」

「……この私にムカデになれ。アル、君はそう言いたいのだね?」


 ノブアキは何か思いつき立ち上がると、再びアレイドの方へ歩み寄る。アレイドは暫くブツブツ独り言を言っていたが、疲れからか寝息を立てていた。軽く揺り動かすとビクリとし、目を覚ます。


「あっ、これは失礼を……」


「アレイド君、君の処遇は保留にするよう私からルークへ頼むことにするよ。だから君は今まで通り、安心して軍の指揮を任されて欲しい。無論、君の家族も無事だ」


「ほ、本当ですか!? ノブアキ様! 私は一体なんとお礼を申し上げたら……!」


「ルークから言われたことは全て忘れるんだ、君は悪夢を見ていただけだ」


 そう言う勇者に対し、アレイドは手を取り涙をこぼす。

 この時ばかりは彼にとって、ノブアキが本物の救世主のように思えた。


「ところでアレイド、私の仕事を手伝うつもりはないか? 君の将来にとってもこの上ない大好機ビッグチャンスとなるんだが、どうだろう?」



 仮面の男から、不敵な笑みがこぼれた。

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