第二十話 あの日見た少年たちの夢を異世界で

真実の目と烏(からす)の窓


 アスガルド1都5領のうち大陸北西に位置するカスタリア領。聖地ラカールがあることで知られており、アスガルド神への信仰が厚い者が集まることで有名である。

「聖地」といえば聞こえはいいが、太古の昔に悪魔が支配していたという言い伝えがあり、なにより魔王ヴァロマドゥーの居城があったアプサラス島からも近い。


 いや、そういった場所だからこそ「聖地」とされるのだろうか……。


 この年末時期、聖地ラカールは感謝祭が三日三晩に渡りもよおされる。アスガルドの神々や古代の聖人、先人たちへ感謝の印として様々な催し物が開かれるのだ。子供や大人たちによる演劇、僧兵武術会、夜は花火が上がり、大通りには露店が立ち並ぶ。

 食べ物屋露店は三日間限定でどの店も無料。お金持ちがラカールへのお布施として出資しているからだ。食べ物屋以外の露店も売り上げの一部を寄付するという契約で出店している。集まった金は公共事業に利用されたり、貧しい人々に分配される。



 感謝祭最終日の昼、露店が並ぶ広場にて、エリサとクロウの姿があった。


「に、人間だらけだ……。き、気分が……」

「しっかりなさいな。お役目がつとまらないわよ」


 人気のない森で育ったクロウは人酔いしてしまい、ついにその場へとへたり込んでしまう。エリサは仕方なくベンチで休ませ、一人で情報収集へ向かった。


「わかったわ。夕刻、ラムステル大聖堂前の大広場にてミサが開かれるみたいね」


──そこにアルビオンも来るみたいよ、今から行って場所を確保しましょう


──い、今からですか……?


 日が高いと言うのに二人は大広場へと向かい、そして絶句した。なんと既に大広場では人がごったがえしていたのだ。今年は魔王軍襲来に法王の交代と様々な出来事がいっぺんに起こった。例年よりも大勢の人間が集まっているのだろう。


(ここで別行動しましょう。以後、テレパシーも禁止。いいわね?)


(え、あ、あの……エリサさんはどうするんです?)


 エリサはクロウに構わず人込みの中へと消えて行ってしまった。後を追おうとしたクロウだったが、すぐに気分が悪くなり広場のすみの方でちょこんと座っているしかなかった。


(はぁぁ、僕は何をやっているんだろう……)



 そうして夕方となり、ミサが始まった。大広場は昼間よりも更に人が増し、聖歌が合唱される。クロウが座り込み耳を塞いでじっとしていると、次に始まったのが法王グリムガル枢機すうききょうのお説教である。遂にクロウはうつらうつらと舟をこぎ始めた。


 が、突然耳をつんざくほどの拍手と声援に目を覚まさせられた。

 グリムガル枢機卿の紹介を受け、遂に僧侶アルビオンがだんへと立ったのである。


(あ、あの子供がアルビオン!? あの魔王を倒した勇者の仲間という……!?)


 とても信じられないと、好奇心の男は気付けば手で小窓を作っていた。



……………


 それはクロウがまだ子供だった頃にさかのぼる。亜人保護法により、遠い親戚とされる家に引き取られることとなった。だがクロウは里親から虐待を受け、右目を潰された挙句に森へと捨てられてしまったのだ。

 自分は生まれてきてはいけなかったのか。自問自答しながら、傷だらけの体で森の奥へ奥へと入っていくと一軒の小屋があった。そこで一人住んでいる老人の世話になることになった。


 老人は偏屈へんくつ者で、狂人呼ばわりされ魔法アカデミーを追放された魔法使いだったのだ。クロウは住まわせてもらえるかわりに魔法の実験対象にされてしまった。


『お前にぴったりの目玉をくれてやる。これは大陸の古代先住民が行っていた儀式の一つでな、その種族は強大な魔力を操り超文明を築いたが神々の怒りに触れ……』


 血の入った壺から取り出された目玉を無理やりはめ込まれ、激痛に苦しむ。そして痛みが無くなった10日目のある日、外へ連れ出された。


『両手で三角の小窓を作れ。親指と人差し指の窓から右目でのぞけ、あれはなんだ?』


『枯れた木が見えます』


『右目が見えるな? 次はその木を人差し指と中指の小窓から覗け! どうだ?』


『木が消えました』


『よし成功だ!! あの木はワシの作り出した幻術! お前の右目はそれを打ち破ったのだ! お前は資質がある! これから何でも教えてやる! 何にでも関心を向けろ!』



…………


『──です。すなわち、魔王軍と戦っているのは私や勇者だけではないのです。平和を尊重し弱きを助ける心があれば、それがともに戦っているのと同義なのです』



 手で作った窓にアルビオンの姿を収める。

 そしてクロウは、小窓から見た──。


「えええーっ!! これはっ!?」


 大衆が壇上の声に耳を傾けている中、つい大声をあげてしまった。必然的に視線が集まり、沈黙はざわつきに変わる。クロウの周りには誰もいなくなり非難の眼差しが向けられた。


 人だかりの前方から悲鳴の声!

 この状況を好機と見たエリサが大衆の頭上を飛び越え、壇上にいるアルビオンへと詰め寄ったのだ!


 パンッ! という乾いた音がして、エリサの握り銃が発射された!

 しかしアルビオンは軽く首を傾けこれを避ける!


 なおも詰め寄りエリサが短剣で突こうとするも、読んでいたかのようにアルビオンはそばにあった燭台しょくだいつかみ、難なく受けて見せたのだ!


「残念でしたね、お嬢さん。私は見た目以上に手強てごわいですよ?」

「っ!」


 短剣を絡めとられ、いとも簡単に腕をひね上げられてしまった。


「くっ!?」

「ラカールの僧に弱者無し。聖なる夜に血生臭い真似は、互いに止めませんか?」


 流れるような見事な捕り物に、大衆はアルビオンへ向け歓声を上げる。

 やがて歓声の中から讃美歌さんびかが聞こえ始めた。


「貴女に罪は問いません。その力を今度は信仰のために使うつもりはありませんか? 神の世界の門戸を叩けば、必然的に貴女の成すべきことも見えてくる筈です」


「……私は神様なんて信じない!」


 そう叫んだかと思うと、エリサはひねられた腕を自らひねり折る!

 殺気を感じたアルビオンが素早く反応するも、折られた腕から伸びる骨が肩をかすめた!


「サイコ・ジェイル!」


 アルビオンの思念体が鎖となり、エリサの体を拘束する!

 次の瞬間、全身が激痛に襲われてその場に倒れた!


「この術を受けてまだ意識があるなんて、なんという意志の強い人だ。やはり貴女は救われるべきです。さあ、その目で真実を御覧なさい」


 朦朧もうろうとする中、まだアルビオンへ殺意を向けるエリサに神具が向けられる。神具『真実の目』はエリサの過去をまざまざと映し出した。


「い、いやぁぁぁ──っ!!」



 一方でクロウは、狼藉ろうぜき者の仲間とみなされ大衆から袋叩きに合っていた。駆け付けた警備に拘束される中、エリサの悲鳴を聞いた。


「……エ……リサ……さ……ん……」


「ほら、とっとと歩け!」


 人間の隙間から壇上の方を垣間かいま見る。すると、やはり警備の僧兵に担ぎ上げられ、どこかへと連れていかれるエリサの姿が見えたのだ。


『もしどちらかが捕まっても絶対助けようと思わないこと。鉄のおきてにしましょう』


 ここに来るまでに約束した言葉が脳裏をかすめた。


「い、いや……だ」

「あん?」



「エリサさンヲ……エリササンヲツレテイクナ────ッ!!!!!」



 亜人。

 人間と魔物。

 双方の血が流れ、双方どちらでも無き者たち。


 大半の者が人間の体の一部に魔物の名残としてあかしが現れる。しかしまれに、わずかな切っ掛けで魔物の能力以上の力を発揮する者らもいたのだ。

 クロウの体は全身黒い羽毛に覆われ、巨大化を始める。顔にはくちばし、手足には鋭い爪が伸び、背中には大きな翼が生えた。


『ま、魔物だー!』

『あぁ! か、神よ!』


「エリササンヲ返セ──ッ!!!」


 逃げ惑う人間たちに構わず、変身したクロウは壇上目掛け突っ込んでいった。

 エリサを担いでいた僧兵ごとひったくり、アルビオンの前へ立ちはだかったのだ!


「アルビオン様! 危険です! お下がりください!」


 だがアルビオンは下がらない。

 むしろ目の前の化け物へ応えるかのように、自ら前に出たのだ。


「誰も攻撃してはいけません! 傾国けいこくの王と同じ過ちを繰り返してはならない!」


 咎人とがびとと傾国の姫君の物語。成り行きは違えど、今は非常に似ている構図だ。


 幻を見破る目と真実を映し出す目を持つ者が、互いの目を見て対峙する。すると、奇妙なことに双方から殺気が消え、立ち尽くし動かぬ状況となった。


「……成程、貴方は『本当の私』を知ってしまったのか。いや、それよりも今はその者を離してはくれませんか? 大丈夫、誰も貴方に矢を放ったりはしない」


 するとクロウは僧兵だけを離し、この場から去るべく羽ばたき始めたのだ。


「女性の目が覚めたら伝えて下さい! 絶望を知るならマウリア北部を訪ねよと!」


 怪物が空高く舞い上がり、見えなくなるまでアルビオンはその姿を見送った。



…………


「エリサさん! 気が付きましたか!?」


 カスタリア領南西部にある森の川べりで、エリサは目を覚ました。むくりと起き上がってクロウを見るなり、顔を背ける。


「……悪いけど、まず隠すなり向こう向くなりして貰える?」

「え、あっ!?」


 巨大化した後、変身が解けたためクロウはすっぽんぽんであった。慌てて向こうを向いた背中へ、エリサからローブが被される。


 それからクロウは自分が見たことを伝え始めた。


「それは本当なの!?」

「間違いありません! 何故そうなっているのかわかりませんが、事実です!」


 暗殺は失敗してしまったが、魔王軍に持ち帰れば大手柄の情報である。

 続けてアルビオンが伝えるように言った言葉を話した。


「何の意図があったかわかりませんがそう言っていました。罠かもしれません」


(一体どういうつもりかしら。罠だとしても確かめる価値はあるわね……)


 暫く考え事をしていたエリサだったが、急にクロウの肩を掴み目を見た。


「今から私の言うことをよく聞いて。これから私はマウリア領へ向かうわ」

「な、なんですって!? じゃ、じゃあ僕も……!」


「貴方は魔王軍へ戻りこの事実を伝えるの。帰るまでがお勤めよ? いいわね」


 そう言うとエリサはクロウの頬へ軽くキスする。


「エ、エリサさん……?」


「必ず成し遂げてね。また会えたら一回くらいデートしてあげるわ」


 そう言ってエリサは、あろうことか目の前の川へと飛び込んだのだ!


「エリサさ────んっ!!」



 クロウが駆け寄るも、もうエリサの姿は見えなかった。


「エリサさん……」


 素っ裸の男は想い人に置き去りにされ、呆然ぼうぜんと立ち尽くす。



「僕、一体どうやって魔王城へ帰ればいいんですか……?」


 殆どエリサ任せで大陸西部へおもむいた上、酷い方向音痴のクロウ。

 やがて近くの村を探すべくトボトボと歩いて行くのだった。

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