バカ真面目、バカを見る


 オアシスへと続くシマスナネズミの情報リレー。そのスタート地点にビッグラット部隊はいた。操られたネズミたちは必要最低限の情報しか伝えない、そのため人間のように情報の誤伝達が起きない。


「こちらグロー、計画通り外側に並んでいた戦車は全て襲わせました」


 堂々と暗闇の砂漠へと立ち、タブレット端末で作戦室に連絡する。今晩は見張りが手薄であり、アルビオンが聖地ラカールにいることも勇者ノブアキが宴会中であることも、すべてビックラット部隊の操るスナネズミたちによって筒抜けになっていた。


「では第二目標のG地点へ転移ポイントを送り込みます! 魔王軍に栄光あれ!」


 彼らの仕事は終わった。ここ数日間、彼らは砂漠の物陰へ身を潜め、シマネズミを操りながら情報を逐一ちくいち魔王軍へ送っていたのである。


──こいつは鼠なんだよ


 グローは自分の言葉を思い出し、仲間に作戦終了を伝えるシマスナネズミを掴む。確かにこいつはただの鼠だが、自分たちに存在意義を与えてくれた恩人と言えなくもない。


(……そうだな、強いて言うなら『相棒』ってところか?)


 グローは走って行く小さな後姿を見送りながら思った。



…………


 一方でオアシス基地は混乱を極めていた。トロール二体をなんとか倒したグライアス兵たちだったが、今度は新手のリザード部隊を相手にしていたのだ。


「照明はまだつかないのか!? ぐあっ!?」


 電気回線をシマネズミにかじられてしまい、復旧の目途めどがたたない。そんな中で暗視ゴーグルを使用し応戦していたところ、潜んでいたゴブリン隊から閃光弾を投げ込まれパニックとなる。ゴーグルに強い光が焼き付いて見えなくなってしまったのだ。


ひるむなー! 押し返すつもりで行けー!」


 アルベドニウム製の弾丸を防ぐべく、切り取ったアルベドニウム戦車の装甲を盾に銃撃するリザードマンたち。装甲の盾を作る際「余に雑務をさせる気か?」とぶつくさ言っていたシャリアだったが、虫の居所が良かったのかすんなり協力してくれた。


 双方、アルベドニウムを盾にしての銃撃戦。

 拮抗きっこうするかと思われた展開だったが、均衡きんこうはあっさりと破られた。


「~~~~~~~っっ!!!!!!!!」


「うわっ!? こいつら生き返った!?」


 倒したトロールたちがむくりと起き上がり、また暴れ出したではないか!


 トロールの恐ろしさは巨体と怪力だけではない。真に恐ろしいのは、深刻な怪我を負ってもすぐ回復してしまう驚異的な再生能力を備えていること。知識ある冒険者なら真っ向から彼らに挑むことはなく、炎魔法などで戦うのが定石じょうせきだ。

 しかし火炎放射器は、先ほどシマネズミ駆除へ持ち出されてしまった後だ。魔物に対する知識はあれど、まさか密林奥に住むトロールが砂漠に現れるなど思ってもみなかった。


(救援の信号弾を撃ったのに、隣の基地からの援軍はまだなのか!?)




 時、同じくして。なんと隣のオアシスも魔王軍のスケルトン部隊から攻撃を受けていた。

 基地に駐屯ちゅうとんしていたアレイド部隊長がいち早く救援信号を送ろうとするも、やはりネズミによって損害をこうむっており、電気が使えない。


「駄目です! 電気系統が全てやられています!」

「前線オアシスから緊急事態の信号弾が! もしや向こうも……!」


「魔王軍めっ!私が直接援軍と勇者殿を連れてくる! それまで持ちこたえろ!」


 基地の責任者だったアレイドは、一人倉庫へと向かった。この時の彼は相当あせっていたに違いない。砂上トラックのエンジンがかからず慌てている兵士たちなど気にも留めず、サンドモービルにまたがりスイッチを入れる。こちらはエンジンがかかった。


 外へ飛び出すと、基地は亡者たちであふれかえっていた。


(うおおおおおっ!)


 アクセルをふかし、スケルトン兵や仲間の兵士たちの間を突っ切る。

 バイクのスピードには敵わないだろうと、そう思っていた矢先!


「ココココ……!」


 すぐ後ろに骸骨兵が迫っているではないか!


 アレイドが驚き目を見開くと、暗がりの中に薄っすらと騎馬の下半身を持つ骸骨の姿が浮かび上がる。スケルトン部隊の副隊長「ジーグル」だ。

 ジーグルは先の戦いでバラバラとなり体を半分失っていた。いや、スケルトン部隊の大半がそうなっていた。何も人の骨にこだわることはないだろうという意見が隊の内外から出始め、このような形となった。馬の骨だけでなく、大蛇や他の獣、中には仲間の骨を繋ぎ合わせて隊を再編成。これが意外にも本人たちからは好評のようだ。


「ふはははははっ!! 生ある人間どもめー!」


(ひっ!? ば、化け物がっ!)


 その奇怪な風貌ふうぼうにアレイドはきもつぶしてしまい、必死にサンドモービルのハンドルにしがみ付く。なんとかジーグルを引き離そうと、舗装ほそうされている勇者ロードかられて砂地へとハンドルを切った。


 そしてようやく、追っ手をくことができた……。



…………


 前線オアシスから三つ目のオアシス基地。そこにアレイドは何とか辿り着くことができた。この基地にはノブアキや軍の高官たちが駐屯している筈である。


「ノブアキ殿! 緊急事態です! オアシス基地が攻撃を受けています!」


 勢いよく部屋の扉を開けると、ノブアキらは宴会の真っ最中だったのだ。

 突然飛び込んできたアレイド部隊長に、勇者や高官たちはキョトンとする。


「おいおい、一体どうしたアレイド? 君も一杯どうだ?」


「何を仰るのです!? 魔王軍ですぞ!? 魔王軍が攻めてきたのです! 大至急戦闘の御用意を! ここにも戦車があった筈です! 私も兵士を引き連れ向かわせます!」


 酒を片手に女の子とイチャついていた彼らはこれを聞き、不思議そうにする。

 だが突然、勇者ノブアキはソファーから立ち上がるとアレイドに近づき……。


「それでアレイド君、兵を引き連れて逃げて来たのか?」


「い、いえ! 魔王軍に電気を奪われてしまったため連絡が取れず、やむなく私一人でこの基地へ救援を求めに……!」


「アレイド君」

「は!」


「君はバカタレか?」


 突然の信じられない言葉。

 アレイドは一瞬耳を疑う。


「い、今、なんと……?」


「あのね、人間が夜の魔物を相手することが如何いか無謀むぼうなことなのか、君は理解しているのかね? 向こうは夜目やめが効くし、夜になると狂暴化する種族もいるのだよ? いくら最強の私でも、酔狂すいきょうでもなきゃ夜に魔物と戦おうだなんて思わないな」


「え、あ……!」


 勇者ノブアキは夜間に魔物を倒せないわけではない。面倒くさいだけなのだ。

 それに付け加え折角飲みに誘うも「私は仕事があるので皆さんで楽しんで下さい」とアレイドから断られた挙句あげく、今こうして宴会まで邪魔されてしまった。酒の勢いもあり、激おこ状態であった。


「兵士を見捨て、貴様一人おめおめ逃げてきたのか! 恥知らずめ!」

「若造めがいい気になっておるからだ! ロレンソフ家の恥さらし!」

「士官学校からやり直してこい! 未熟者!」


 その場にいた軍の高官たちが勇者に便乗し、アレイドをののしり出したではないか!

 古株たちは八方美人でコネもあり、出世の早いアレイドをねたんでいたのである。


(な、なんだよそれ……)


 アレイドは体を震わせ顔を赤くしたり青くしたりしている。明日は魔王軍へ攻撃を行うというので、最終調整と確認をしていた自分が馬鹿のようである。


 作戦が明日にひかえているのにも関わらず、目の前の愚者たちと酒を飲んでいた方が正解だったとでもいうのか?


 パンパンパン。


「はいはい、魔王軍が現れたって。宴会はこれでお開き、また今度にしよう」


 高官や女の子たちから落胆らくたんやブーイングが起こるも、皆は渋々部屋を出ていく。


「とりあえず、私は夜が明けるのを待って様子を見に行くのがいいと思うな。勿論、この基地の周囲も警戒しながらね」


 勇者の言葉に皆は「それがいい、それがいい」と賛同する。

 が、アレイドは当然納得がいかない。


「お待ちください! 基地にいる兵士たちを見捨てるのですか!?」


「見捨てるっていうか、もう手遅れじゃない? それに前線に配置させた兵士は余り素行そこうがいい連中じゃなかったんでしょ? こうなること見越してさ。そうだよね?」


 そう言ってノブアキは隣にいた中年の高官の肩を叩く。

 その通りです、と高官は大きくうなずいた。


「それに君が心配してるのは兵士じゃなくて、戦車の方ではないかね?」


「ぐっ!!」


 すれ違いざまにつぶやいたノブアキの言葉が、アレイドの心臓をつらぬいた。




……………



 そして、朝がやってきた。結果的にオアシス基地二つには魔王軍の旗が立てられたのである。魔王軍側に多少の損害が出たもののグライアス兵士の大半は投降、捕虜にすることができた。すんなりいった理由はまた後日に明かされることとなるだろう。


 新たな魔王軍の前線基地となったオアシスより、隣接するグライアス基地の方角へ、アルムはブルド隊長と双眼鏡で様子をうかがっていた。


「本当だ、ブルド隊長が言ったとおりだ。グライアス軍が撤退していく……」


 基地を取り返しに来たのだろう。しかし魔王軍の旗を確認するなり、戦車や砂上トラックの群れは引き返していった。


「どうしてブルド隊長は、勇者が基地を取り返しに来ないってわかったのさ?」


 アルムの頭の上のセスが尋ねる。

 確かに朝になれば人間側にとって有利な筈だ。


「大戦の時の経験と勘ってやつさ。勇者って奴はな、少しでも面倒だと知ると何でも後回しにするんだ。当時仲間だった奴らからもそう聞いたぜ。まぁ半分は賭けみてぇなもんだったけどよ、何とかうまくいったってわけだ」


 ブルド隊長は親指を立て「戦いには博打ばくちも必要だ」と言った。


「でもま、こいつをこれだけ並べられたら、ハッタリでも近づきたくは無ぇわな」


 アルムとブルド隊長の足元には戦車が。それだけではなく、奪い取った戦車が敵の方向に向けてずらりと並べられていたのである。

 戦には戦術だけでなく経験や運も時には必要である。アルムはかつて魔王軍として戦ったブルド隊長や他の魔物を、改めて頼もしい存在だと知った。




「──何か来るっ!! みんな伏せろっ!!」


 突然セスが叫んだ!

 そして轟音とともに視界へ砂煙すなけむりが舞い上がる!


「な、なんだ!?」


 戦車の影に隠れ、様子を伺う。砂煙が晴れると目の前に現れたものに驚愕きょうがくした。


「これは……!」


 それは遥か遠方まで続く「みぞ」だった。グライアスのオアシス基地がある方向からである。溝はこちらのオアシス手前で止まっていた。


「勇者の野郎からの『悔しまぎれの一撃』ってやつなんだろうな」


(これが……勇者の力だというのか……!)


 全く見えない遥か遠距離からの、謎の攻撃。オアシス手前で止まったのはまるで『お前たちは俺に生かされているんだ』と言わんばかりだ。


 このままいけば、本当にアルムの戦術が及ばない戦いが来るのかもしれない……。



第十九話 グライアスの脅威 完



  

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