皮肉で恐るべき天敵たち


 その日の朝、オアシスに駐屯ちゅうとんする勇者ノブアキへ、僧侶アルビオンが顔を出した。


「急にどうしたんだ? というか今までどこにいた? ……ははぁ、わかったぞ。さては例の彼女のところだろ?」


「……コホン。直接伝えたいことがあって来ただけです」


「お勧めのデートスポットか?」


 アルビオンは無視して『真実の目』を取り出し見せる。


 アルビオンが均衡きんこう制裁せいさいの神「ラプリウス」からさずかった神具『真実の目』。

 一見大き目の水晶玉に見えるこの神具。過去を覗けば全て事実であり、未来であれば100%その通りになる。その名の通り真実のみを映し出すのだ。千里眼のように遠方を覗いたり、隠されているものを見つけ出すこともできる。30年前の魔王との戦いで、何度も勇者たちの助けとなった。

 だがその力にも限界があり、ラーマリア大森林奥地、巨人の遺跡地下二階層以下、そして魔王城などを見ることができない。何か原因があるのだろうか……?



「先日、砂漠で魔王娘と対峙した時のことです。あなたは不用心にも敵に背を向けて立ち去った。危険と判断した私はその後もこの『真実の目』で見ていたのです」


「何も映ってないじゃん」


 ノブアキの言う通り、真実の目は真っ暗で何も映し出していない。

 だが暫くすると、砂漠で倒れているシャリアの姿が現れた!


「あれ!? 幼女魔王っ子ちゃんレディじゃないかっ! 倒れてたなら拾ってきたぞ! なんで教えてくれなかったんだよー!」


「呼び方を結合させないでください。それに私もこの時、気が付かなかったんです。今朝何気なしに見ていたら、一瞬だけ映っていたのを見つけたんです」


「なんだそれ? 変な場所ばっかり覗いてたから壊れたんじゃないの?」


「……」


 ついにアルビオンの逆鱗げきりんに触れてしまい、鬼の表情をされてしまった。


「冗談です、失礼しましたアルビオン先生。どうぞお続けください」


「……とにかく、今は砂竜のせいで巨人の遺跡へ近づきがたくなっていますが、戦術的には迂回うかいをしてでも魔王軍を叩きに行く好機チャンスなのでは? 僧侶である身からはあまり言いたくありませんが、砂竜を排除し強攻するのも手でしょうに」


 これにノブアキは腕を組み、うーんとうなってしまった。


「確かにその通りなんだがね……、戦車を破壊されたことでアレイドの奴がヒヨってしまったんだ。慎重に慎重を重ねて、軍の高官たちと作戦会議という名の反省会だ。若いしもっとヤンチャしてくれると思ったんだがなぁ。それと『勇者ロード』の先も砂竜にふさがれちゃったし……」


 勇者ロードとは、ノブアキがルークセインに作らせている鉱石車用高速道路のことだ。馬鹿げた話だが、ずっと砂漠だけの景色を車で走るのはつまらないだろ、という理由から、道路の一部を地下トンネルにしようと試みていたのだ。

 オアシス間には既にトンネルが開通している場所もあり、軍用車が使用している。魔王軍側から見て戦車が急に出現したかに見えたのは、この勇者ロードを使ったからに他ならない。


「あくまで私はグライアス軍に作戦を任せるよ。ゲームだって自分でプレイするよりも、人のプレイを鑑賞した方が案外面白いだろう? それに勇者とは『勇ましい者』と書く。弱った幼女を倒しに行くのは勇ましい者のやることじゃないだろ」


 それっぽいことを言っているようだが、正直面倒くさいだけである。


「まぁお好きに……。それと、明日から私は年末祭に出席するためラカールへと帰らねばなりません。グリムガル枢機すうききょうへは引き継ぐことがまだまだありますし、私の正当な後継者だとアピールしてやらねばついていく人間は限られてしまうでしょう」


「君も大変だね。あ、そうだ! グライアス軍には魔法関係の部隊がいないんだよ。可能なら聖地ラカールから有能なヒーラーか除霊師を連れてきて欲しいんだ。遺跡に突入した時、アンデッドと戦うことになったら苦戦するかもしれないからね」


 急に随分ずいぶんまともなことを言うな、とアルビオンは思うも、


「その際は、一番いい美女を頼む」


 あぁ、やっぱりノブアキだったと諦めるのだった。



 その日のグライアス軍の会議は、戦車の一斉砲撃で砂竜を倒す方向で決まった。

 とにかく相手は巨大であるため、多くの戦車が必要だという話で終わる。

 勇者に倒して貰おうと言い出す者はいなかった……。


 次の日。アレイドは補給部隊を引率いんそつするため朝から後方オアシスへと向かう。

 ノブアキは夜、こっそり遊びに行ってしまった。


 その三日後。ようやく大量の戦車と補給車が前線オアシスに到着した。

 勇者ノブアキは女の子を呼んで、軍の高官たちとどんちゃん騒ぎを始める。


 明日は遂に大戦車部隊で進軍という日。

 もう七日も経つのに、相変わらず砂竜は同じ場所を陣取っているようだ。


 そしてその深夜、グライアス軍最前線オアシスにて事は起こった。



…………


 最前線にあるオアシスの地下勇者ロードは、実に100輌近いアルベドニウム戦車でひしめき合っていた。ここまで運んでくるのに魔王軍に気付かれぬよう、砂上トラックのハリボテを被せてきた。もっとも魔王軍には結晶石を散布していないエリアをのぞくことはできなかったわけだが、そんなことは知る由もない。


 明日の強攻作戦に備え、兵士たちは戦車の整備やチェックを終えても、交代で地上基地の見回りをしていた。


 その見回り組の、詰め所にて……。


「あーあ。俺たちが必死こいて働いてても、勇者様や上官様たちは女遊びだとよ」


 あくびをしながら一人の兵士が漏らした。

 すると詰め所内は、勇者の話題で持ちきりとなる。


「ところであの勇者って本当に強いのか? 前線に出た奴が言ってたが、魔王軍相手に逃げ回ってただけって聞いたぞ? 誰かと入れ変わってるとかじゃないよな?」


「いつも変な仮面被ってて顔見た人間は少なそうだし、あり得なくもない話だ。もしそれが本当だとすると、ルークセイン様は見知らぬ人間を養っていることになるぞ」 


「随分と金を使い込んでるらしい。あの強欲なルークセイン様が何の役にも立たない他人へ大金をつぎ込んでたとしたら、アスガルド史上最大級の笑いものだな」


 兵士たちからどっと笑いが起こる。


 と、ここで詰め所の無線に連絡が入った。

 交代で見回りをしていた別の組からだ。


「何があった?」


『敵襲だ! 施設内で巨大な何かが──ザー……ぐに……警報……ザー……』


 無線は切れてしまった、そして外からは大きな物音!

 これはただ事ではない!


「ん? 警報が鳴らないぞ!? 故障か!?」


 突然、詰め所の電灯が切れてしまった!


「停電!?」


…………


 外では騒ぎを聞きつけたグライアス兵たちが、現れた巨大な怪物へ発砲していた。


「~~~~~!!!」


 怪物の正体は魔王軍のトロールたちだった!

 そこら辺に置いてあったコンテナを持ち上げ、兵士らに投げつけまくっている!


「だ、駄目だ! 機関銃が効かない!?」

手榴弾しゅりゅうだんを使うぞ!」


 一体のトロールへ、いくつもの手榴弾が投げ込まれる。派手な爆発が起き、ようやく一体仕留めることができた。だがもう一体が仲間のかたきとばかりに襲い掛かってきた。


「もう手榴弾がない! バルカン砲、いや、戦車だ! 戦車を持ってこい!」


 兵士たちが機関銃で足止めをしている間に、数人が地下勇者ロードへ向かう。

 重い扉を開け、電灯をつけようとスイッチを入れるも、明かりはつかない。


「ここも電気が供給されていないぞ! 魔王軍の仕業なのか!?」



 全員暗視ゴーグルをして戦車の場所へと向かう。


 そこで見たのは、世にも恐ろしい光景だった……。



チュウチュウチュウチュウチュウチュウチュウチュウチュウ……………!


「ね、鼠!? どこからこんなに!?」

「く、臭っ!」


 戦車がひしめき合う地下勇者ロードの中は、更にあふれんばかりの鼠で一杯だった!

 兵士らは必死に追い払おうとするも、逆に鼠の大群が襲い掛かってきたのである!


「うわぁ──っ!!」



…………


 六日ほど前のことだ。戦車への対抗策を発見したアルムはビッグラットのリーダー『グロー』のもとを訪ねていた。


『……というわけなんだ。どうだろう?』


『勿論可能さ! オイラたち、ビッグラット部隊にかかればちょろいもんさ!』


 また活躍の機会、今度は奇襲の先陣を切れると聞き上機嫌である。


『済まない。君たちの仲間が大勢死んでしまうことになるけど……』


『え? 仲間が大勢死ぬ?』


 グローはアルムが何を言っているのか理解できない。


『え、じゃあ……ご先祖様、かな?』


 この言葉に、グローは派手にズッコケて頭を打った。


『だ、大丈夫……?』


『あ……あのねぇ軍師さん! 他の種族が鼠を鼠と思うようにオイラたちにとっても鼠は鼠なのっ!! ……はぁ、軍師さんは頭良いからそこら辺を理解してくれてると思ってたのになぁ……』


『ご、ごめん』


 グローは大きな溜め息をつきながら頭をさする。


『いいかい、考えてもごらんよ。オイラも異世界の文献で見たことあるんだけどさ、人間はサルから進化した説があるよね? でも異世界の人間はそのサルを見世物にしたり、芸を仕込んだり、極めつけは食べちゃったりするそうだよ?』


『う、うん。そうらしいね』


『それと同じさ。異世界人がサルをサルと思うように、ビッグラットも鼠は鼠とだと思ってるのさ』


 そう言って、グローは近づいてきた子鼠を拾い上げる。


『だからオイラたちにとって、こいつは友達でなければご先祖様でもない。奴隷でもなければ道具でもない。こいつは鼠なんだよ』


…………


 アーロンド大砂漠に生息する『アーロンドシマスナネズミ』は、元からさほど数が多い訳ではなかった。しかし勇者が砂漠にオアシスを作りまくったせいで、生体系が乱れ、爆発的な大繁殖がなされてしまったのである。鼠を自由に操れるビッグラットを先陣とした奇襲作戦、アルムら魔王軍にとってはこの上ない追い風となった。


 彼らシマスナネズミは愛嬌あいきょうある小さな体とは裏腹に、砂漠に住む昆虫を狩るため鋭い爪と牙を持ち合わせていた。


「だ、駄目だ! 隊長、戦車のエンジンがかかりませんっ!!」


 ネズミたちは僅かな隙間から戦車内部へと侵入し、配線という配線を片っ端から傷つけ、嚙みちぎってしまったのだ。



 強力な装甲を持つはずの戦車の天敵は、小さな鼠だったのである。

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