一筋の光明は意外な場所から


カンカンカン……


 明け方近く、アルムは臨時増設された魔王城の工房を訪れていた。ほんの少ししか仮眠は取れていない。寝付けなかったというより、じっとしていられなかったというのが正しいか。頭はすっきりとえている実感がした。


 昨日ファーヴニラが戦車を一りょう鹵獲ろかくしてきた。

 それをミーマたちドワーフが分解し、徹夜での解析を試みていたのだが……。


「まず外装を言うとな、目に見える範囲は全てアルベドニウムじゃ。転輪てんりん(戦車のホイール部分)から履帯りたい、そのネジの部分に至るまで全部じゃよ」


「ほれみてみぃ。ちょいと無理をやったらスパナがこの通りじゃ、ひぇっひぇっ」


 陽気なストライフはそう言ってボロボロになったスパナを見せる。これにアルムはメモを取り出し、注意深く戦車を観察し出した。


「……驚いたな、オーバーテクノロジーと言っても差し支えない技術だ。動力部分はどうかな? 砂漠ではかなりの速度で走行してたみたいだけど、異世界の戦車はよくオーバーヒートを起こしてたらしいんだ。弱点にはならないだろうか?」


 今度は怒りっぽいカブがひょいと戦車から顔を出す。


「動力部分が問題なんじゃよ! エンジンは当然アルベドニウム製、あの馬力速度の秘密じゃ! 更には過熱したエンジンからエネルギーを再利用する『はいぶりっと』ときとる! この世界の人間が造ったとしたら、とんでもない天才の仕業じゃよ!」


「エンジンはバラせたの? アルベドニウムなのに?」


 メモを取りながらアルムは突っ込む。


「内装はアルベドニウムでない部分も多いんじゃ。ほれ、これ持ってくれぃ」


 今度は泣き上戸じょうごのトッポが、機械を持ち上げ現れた。


「モニターや演算えんざん機械なんかは見慣れたモンで出来とったわい。冷却部分は魔鉱石の応用が使われとったな。よくもこんな真似ができるのう」


「じゃあ狙うとすればそこかな。強力な電気とか電磁波で狂わせたり、魔鉱石の活動を停止させることが出来たりすれば……」


 ペンでメモをつつくアルムに対し、


『それは無理じゃな』


 と声がかかった。

 声の主はノッカーのグラビオであり、仲間たちと斬られた装甲を顕微鏡で見たり、サイクロップスたちが持ってきた秘伝書を覗き込んだりしていた。


「さっき分かったんじゃが、アルベドニウムは電気も通しにくいんじゃ。稲妻が落ちたくらいじゃビクともせんじゃろうの。もしかすると魔法全般に強いのかもしれん」


(そ、そんなの反則じゃないか……!)


「ちらっと見た限りじゃが、内部に絶縁処理がされとったよ……」

「主要部分には導体処理までされてあったしのぅ……」


 ドワーフたちからもダメ押しとばかりの声があがる。

 アルムは立ちくらみを覚えた。


(ダメだ! ダメだっ! ここで心が折れても何もならない!!)


 気を持ち直し、今度は部屋の奥で大きな音を立てていたサイクロップスたちを訪ねる。シャリアに斬られたアルベドニウムの破片を更にアルベドニウムで砕き、細かくなったものをひたすら集めていたのだ。


「この金属、とでも人間ワザじゃない。どっちがっでど、おでだぢの技術に近い!」

「でもおでだぢ、負げない! もっど凄いの作る! ……時間かがるげど!」


 弱点だけではなく、こちらから攻めることができる物も必要だ。

 例え間に合わなさそうでも、どこでどうなるか分からないのが戦争なのだ。


「うん、そうだね。……みんな! もし疲れたら適度に休憩して欲しい! 今砂漠では砂嵐が起こっていて向こうも自由に動けないと思うんだ。勿論、常に警戒はしているけどね。僕は他を見に行ってくるよ」


「おぉ、わかったぞい!」


 と、一旦出て行ったアルムは再び顔をのぞかせ、


「後で休憩のお茶を持ってさせるから!」


 今度は本当に出て行った。


「……どうしたんじゃアルムの奴は? やけに機嫌がいいのう」

「なんかいいことでもあったんじゃろか?」


 皆、不思議そうにするのだった。



…………


 次にアルムが向かったのは図書室だ。異世界の情報を管理しているデーモンたちへ、とにかく戦車のことを調べ、最も効果的な弱点は何か見つけるように命じていたのだ。


(……うわ)


 覗いて早々、机のランプだけが灯された部屋の中で、獣の頭を持つデーモンたちが熱心に書物へと目を通している光景が見えた。はっきり言って異様極まりない光景。まさに今、悪魔的何かの儀式が行われている最中といった雰囲気である。


「これはこれは軍師殿。悪魔の読書会へようこそ」


(読書会……?)


 統括している山羊やぎ頭デーモンが、何冊もの本を抱え現れた。『英雄と見る戦車の歴史』『世界の戦車入門』『ザ・タンキングランキング』『俺たち、チハ単十字軍』『英国貴族は戦車の夢を見るか』……などなど。とにかく戦車の本ばかりだ。


「どうだろう? 何か目ぼしいものはあっただろうか?」


「んー、まだ調べ始めで何とも……。よく目に付くのは履帯部分へのダメージですね。それから車体底辺部へ地雷などによる攻撃の方法……後は水没でしょうか」


 まぁそんなところだろうとアルムは思った。履帯も底辺もアルベドニウムの戦車、当然攻撃は無意味。水没も砂漠では現実性に欠ける……。


「思うに、死角しかくからの攻撃が有効なのでは? ……あぁ、向こうさんは死角が無いのでしたね。はっはっはっは」


(……イラッ)


 相変わらず彼らの悪魔ぶしは健在のようである。

 気を取り直し、アルムはテーブルを見て回ることにする。皆、熱心に読んでいるのは変わらないが、読む早さがまちまちである。隣が1冊読み終わるまでに、7冊目も目を通す強者までいた。


(何を読んでるんだろう?)


 端の方で書物へ目を通していた犬頭のデーモンに目が行く。舌を出しながら時折「ハッ、ハッ」という息遣いをしている。


(う……!?)


 覗いてみると「ガール・パンチー大作戦INシネマ」という漫画本だった。

 まぁ戦車の書物には変わりないので、今回は目をつぶることにする。


「おや、もうお帰りですか?」

「うん。何か見つかったらすぐに連絡してね」

「畏まりました」


 戦車関連の本は無数にありそうだ。それを一冊一冊調べるなどまさに悪魔の所業しょぎょう

 今は彼らに任せ、アルムは図書室を出ようとした。


 と、その時であった。


『アルム上級名誉軍師殿っ!!』


 突然、例の犬頭デーモンが起立し、敬礼の姿勢をとったのである。


「ど、どうしたの?」


「ありました。軍師殿がお探しだった情報は、これでは?」


 それは漫画の話と話の間にある豆知識のページであった。漫画内のキャラクター、『ゆっぴ~殿』が戦車に関する痛快エピソードや珍事件を紹介しているものだ。


 そして、アルムは思わず目を見開いた。



「……あった。……間違いない! これだっ! これしかないっ!!」


 周囲のデーモンたちから「おぉ~」という声と拍手が巻き起こる。


(なんだ、こんなことだったのか! どうして今まで気が付かなかったんだろう!)



…………


「……と、ここまでが暫定ざんてい案だ。既に計画は進めさせて貰っている。とても危険な作戦で予め訓練が必要になるだろう。そのことについて、皆からの意見を聞きたい。自由に発言してくれないか?」


 アルムによって、実戦部隊リーダーのみによる臨時作戦会議が開かれた。出席者はルスターク将軍、ブルド隊長、ゴブリンリーダに加え、なんと今回はトロールまでもいるのだ。無論、彼らは部屋に収まり切らないので別の場所からのリモート会議だ。


「俺たちは軍師の決めたことなら従うだけだぜ。聞いた限りじゃ攻めるったって他に方法も浮かばねぇしな」


 ブルド隊長が口を開く。だがゴブリンリーダーは何やら不満そうだ。


「奇襲って人間の造った建物の中だろぉ? ……気乗りしねぇっつうかなんつうか、人間はあるべどなんとかの武器を持ってんだろ? 大丈夫なのかよぉ?」


「~~~~~~~っ!!」


「あぁ!? なんかこいつは『暴れられるなら何でもいい!』とか言ってるぜぇ!? 俺らはおめぇらと違うんだっつーのっ!」


 ゴブリンリーダーがトロールの通訳をした。

 確かにまだ、こちらはアルベドニウムの弾を防げる手段を持ち合わせていない。


「そのための奇襲とその訓練なんだ、少しでも犠牲を防げるようにね。念を押すけど今回は必ず全員に帰郷の羽が行き届くようにして欲しい。使い切るくらいの気持ちでいてくれて構わない。危なくなったらすぐ逃げるように、各部隊は伝達して欲しい」


(……)


 アルムの言葉にルスターク将軍は複雑な表情を浮かべるも、


「……わかっております。ですが今回の奇襲は一度やれば向こうは必ず対策をとってくるでしょう。いわば絶対に成功させねばならぬ奇襲、多少の無理は許容きょよう願いたい」


 と、強気の姿勢だ。


「リザード隊に士気の低下はない、ということだね?」

「当然です。我々は戦闘種族ですから」


 奇襲作戦は彼らのような人選が望ましいのだろう。しかしアルムとしては、やはり犠牲は少ない方がよいと考えているようだ。

 それを知ってか知らずか、ブルド隊長が手を挙げた。


「ちょっといいか? 帰郷の羽を使い切るってことは、奇襲の後は撤収てっしゅうするのか?」


「制圧が可能だと思う?」


 するとブルドはニヤリと白い歯を見せた。


「あったりめぇよ! もっと策練って欲出していこうや軍師!」

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