干渉者


「ぼわっちゃっちゃっちゃーっ!!」


 火だるまとなり転げまわる勇者、ノブアキ!

 

「おい! まだ名乗ってっ、どわっ! どぅおっ!?」


 ようやく火を消し止めて立ち上がるも、シャリアの連続魔法がノブアキを襲う。

 かろうじてそれを避けまくるノブアキ。


「おのれ卑怯っ! おほぉっ!」

「死ねっ!」


ガキンッ!


 一瞬でシャリアは間合いを詰め、ノブアキへと斬りかかった。

 反射的に抜剣したノブアキはうっかり受け太刀してしまい、無残にも折れる。


「あー!? 店売りで一番高かった剣ー!? ひょぇ!?」


 武器を失ってしまった勇者、そこへ容赦なく魔王は斬り付ける。


「うわっ、ちょっと、タンマッ! 話し、合おう、ジャマイカッ! いやんっ!」


(おのれちょこまかと……!)


 やや大振りではあるが、恐ろしい速さの太刀筋をノブアキは見切り、避け続ける。避けるのが達人クラスにうまいのか、そういうアイテムを装備しているからなのかはわからないが、とにかく攻撃が当たらないのだ。

 流石の魔王シャリアも段々と腕が疲れてきた。


「おいっ! こらっ! やめろっ! どしたっ! どすこいっ! ……どへっ!?」


 避けつつ下がっていたノブアキは戦車の瓦礫がれきに足を取られ、派手にズッコケてしまった。伸びたカエルのように仰向けとなっている勇者へ、シャリアが刀を突き刺すべく振り上げる。


「馬鹿め! くたばれ!」

「ほぎゃー! ママァーッ!!」



(っつ!?)


 手応えがあった。そうシャリアが感じた時、不思議なことが起こった。

 勇者の右腕が青白い光に包まれ、刀を防いでいたのである。


(なんだ!? まさか、これは神具の力か!?)


 ユリウスの神具「最強の盾」を斬り付けた時と同様の光。

 思わずシャリアは目をそむける。


「……ふ……ふふふふふっ……。私としたことが、こいつの存在をすっかりと忘れていたよ……ふんっ!」


 魔王の刀を振り払い、後方へ大きく飛び間合いを取る。

 右腕を振ると光が消えて元に戻った。


「本気で戦うのは久し振りでね、魔王っ子ちゃんにはお見苦しいところを見せてしまったようだ。今度はこちらから行かせてもらおうか」


「ほざけ道化めが!」


 そう言ってシャリアが魔法を放とうとしたとき、視界がゆがむのを感じた。それだけではない、足に力が入らないではないか!


(なんだ? ぐっ……)


 一歩踏み出そうとして倒れそうになるのを堪える。まずい、勇者に気づかれたら!


「どうした? ……なんだと!? ……えぇい! 私のターンだったと言うのに!」


 一方で、急にアルビオンからテレパシーを受け取ったノブアキも様子がおかしい。

 ため息をつくと、シャリアの方を向き直した。


「レディ魔王! 残念だが勝負はお預けだ! まもなくここへ『砂嵐』がやってくる。私だけならば構わないのだが、今日はともを大勢引き連れているのでね。彼らを砂漠で孤立させるわけにはいかんのだよ」


 勇者が指さす方角をチラ見すると、確かに巨大な竜巻が見えた。


 アーロンド砂漠に時折現れる大砂嵐、それは砂中奥深くに住む『砂竜』が引き起こすものらしい。アルビオンの『真実の目』を頼りに彼らの巣を避けて来たはずだったが、地上でのたびかさなる爆発で引き寄せてしまったのか。


「これも君たちの軍師の作戦なのかね? まぁいい、彼に伝えてくれたまえ。レディはもう少し丁重に扱うべきだ、とな。さらばまた会う日まで!」


「逃げるか下郎!」


 そう言うも、足が動かない。段々と風が砂を運びながら強くなってきた。

 やがて待機していた戦車に向かう勇者の後姿が見えなくなっていく。

 そうして、気配も消えた……。


(こんな……ところで……)


 遂には目の前が暗くなり、ガクリと膝をつき、シャリアは倒れてしまった。



 オマエ、ナニシトルト


 コノママジャ、アカンヤロ


 ダメダ、ヤメッペヨ



(何だ……何を言って……)


 朦朧もうろうとする意識の中で、不可思議にも子供の声が聞こえた。

 しかしそれも僅か、シャリアは動かなくなった……。



……………


「俺が行く! 将軍は早く診療室へ行ってやってくれ!」

「ブルド殿! ……お願い致します!」


 シャリアの様子を伺っていた魔王軍。ルスターク将軍がシャリア救出に向かおうとするも、魔王城診療室から呼び出しを受けてしまう。そこでワーウルフのブルド隊長が名乗りを上げた。


「ブルド隊長! 僕も行くよ!」


 帰郷ききょうの羽を手にアルムが駆け寄ろうとするが、何者かに羽を取り上げられた。


「あんたはあんたの仕事があるだろ! 隊長! あたしを連れてけ!」

「お、おう!?」


 魔法陣で転送される間際、セスがブルド隊長の頭に乗っかり、二人の姿は消えた。


「セス!? ……二人だけじゃ無謀だ! ファーヴニラ、すまないが行ってもらえるだろうか? もし無理だったら引き返してきても構わない!」


「あの砂嵐の主を追い払えばよいのだな? 容易たやすい御用だ」

「ママ、いってらっしゃーい」


 地に潜る似非者えせものの相手など造作もない。そう言いつつ魔黒竜はフロアを後にするのだった。



「隊長、ギリギリまで近づいて! あたしが帰郷の羽で連れて帰るから!」

「おう! しっかり掴まってろよ!」


 つんいになると、ブルド隊長はセスを乗せて砂上を走り出した。風を受けにくくするためもあるが、ワーウルフはこうやって走ったほうが速いのだ。


 前方に半分砂に埋まりかけたシャリアの姿を見つける。

 しかし強風に阻まれブルド隊長はついに動けなくなった。


「ぐぅぅっ……畜生駄目だっ!……ぐぁーっ!?」

「うわっ!」


 ブルド隊長の体は強風で吹っ飛んでいった。セスは辛うじて埋もれつつある戦車の残骸に掴まることができた。だが、とてもこのままではシャリアに近づけない!


(くっ……風よ……!)


 自身に小さな結界を張り、風魔法を放つ。

 一瞬だけできた風の通り道を、妖精は滑り込むようにして飛び抜けた!




「決着がついちまうかと思ったぜ。思わぬ邪魔が入っちまったな」


 アスガルドの破壊と力の神「ヴァルダス」は、そう言いつつ砂嵐を眺める。

 今まで魔王軍の戦いを遠目に見ていたのだ。


「確かに、『邪魔』が入っていたようですね」


 秩序と空間の神「アエリアス」が意味深に答えた。


「どういうことだ?」


 ヴァルダスがそう聞いた時、頭上を大きな影が過ぎ去っていく。

 魔黒竜ファーヴニラだ。


「信じがたいことですが先ほど魔王が倒れた時、外空間からの干渉かんしょうを感知しました。一瞬のことで特定できませんでしたが……」


「異界の魔王か!?」


 遠方では砂竜に対して威嚇いかく咆哮ほうこうを上げるファーヴニラが。

 砂竜も砂から巨大な首を出し威嚇するも、すぐに砂の中に潜ってしまう。

 そして、砂嵐は弱くなっていった。


「わかりません。ですが恐ろしいことに、複数からの干渉を一度に感知したのです。向こうが上手うわてだからか、私への信仰心が弱まってるせいなのか、これ以上はわかりませんでした。残念です」


「なんだって!? なんだよそれ! あーもう異界の魔王探しは止め! 馬鹿らしい!」


 砂の上に大の字となり、ヴァルダスはじたばたする。


「畜生……。まるで俺たちの世界がむしばまれてるみてえだ……。どこの誰かもわからん奴らによぉ……くそがぁっ!」


 彼がそう叫ぶと、寝ていた周囲の砂が燃え上がり、焼けげた。

 一方で遠方のファーヴニラは暫くキョロキョロ何か探していたが、一りょうのひっくり返った戦車を掴み、飛び去って行ってしまった。


「ともかく、今は『ファリス』の後を追うことにしませんか? 辛うじて彼女の行方を追うことは可能です」


「そうするか。また暫く地上ともおさらばだな」


 二柱は砂漠から姿を消す。

 砂竜は仲間を加勢に呼んできたのだろう。嵐は先ほどよりも更に強くなっていた。



…………


 魔王城の亜空間に造られた巨大な診療室はてんやわんやであった。大勢の負傷したリザード兵たちが一気に運ばれてきたのである。その数、50強。


「ぐ、あ……」


「これはひどいわね……。痛み止めを取って頂戴。優先で『細胞再生機』を使わせたほうがいいかもしれない。なるべくもたせましょう。……そっちの患者は治癒魔法で対処できそうだわ、宜しくね」


 換気機がフル稼働していてもリザードマンの血の匂いが立ち込めている。その中でキスカが必死に亜人たちへと指示を飛ばし、自らも治療にあたっていた。


(忙しそうだな。今は声をかけるべきではないな)


 アルムは近くにいた亜人へ声をかけ、尋ねた。


「ルスターク将軍、ですか? 先ほど安置室へ向かわれました」

「安置室だって……?」


…………



 安置室、文字通り魔王軍の死体安置室である。とは言っても置かれるのはほぼ人間の死体がメインであり、魔物の死体はあまり普段は運ばれてこない。


 そう、『普段』なら……。



「…………」


 ルスターク将軍は、今まさに命を終えようとする老いたリザードマンを見送ろうとしていた。射撃の訓練の時に指導していた、あの教官リザードマンである。

 将軍の手には彼の身に着けていた小型通信機と胸当ての破片が握られている。小型通信機はやはり壊れていた。そして鍛えに鍛え抜かれた合金の胸当ては、無残にもつらぬかれ穴だらけだった。


 小型通信機が壊れた原因は、はっきりとはわからなかった。しかし、高射砲部隊の総指揮を彼が行っていたのが隊の混乱を招いたのは間違いないようだ。

 あろうことか、彼の独断命令により帰郷の羽を誰も持っていなかった。羽の在庫がきかけているのを知っていたからか。先の戦いで慢心まんしんし、不要と判断してしまったからか……。いずれにしても組織に対する重大な規律違反であった。


 ルスターク将軍は老兵を責めず、「言い残すことはあるか」とだけ尋ねた。


「将……軍……。いま一度……戦場へ……」


 天井へ向けて腕を上げるも、力尽きバタリと落ちた。


 ネクロマンサーのセレーナがやってくる。


「話は聞かせてもらったわ」

「後は宜しくお願いします、セレーナ殿」


 そう言い残し、将軍は安置室を去って行った。


「……彼は強い戦士となるでしょう」


 死した老兵は部屋のさらに奥へと連れていかれるのだった。

 これは規律を乱した罰からではない。

 長年の功をねぎらう彼への報酬だったのである。

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