真・シャリア無双


 現れた魔王の格好に、一同は目を疑った。いつもは黒を基調とした厚手の服を着ている筈が、全身真っ白な薄い布をまとっているのだ。肌の露出度が高い、異世界中東を思わせる民族衣装のような出で立ち。そう、それは服を着ているというよりかは『布』を身に着けていると言ったほうが正しいくらいだ。


 こんな切羽詰まった状況下でオシャレなどしていたのか、いやどう見ても10年早い恰好だろうそれ、といった視線にも気にせず、シャリアはアルムの前へと歩み寄る。


いくさ運びが気に入らず、仕舞いには仲間割れか? 呆れ果てたぞ軍師よ。戦では非情になれるのでは無かったのか? ルスタークの言うこともっともである。リザード兵を200失うよりも、転移魔法の使用できる黒魔術師を10失う方がはるかに痛手である」


「い、いまはそんなこと言ってる場合じゃ……」


 アルムはガツンと言い返してやりたかったが、目のやり場に困りどもってしまう。シャリアをまともに見ようとすると、シースルー越しに見える際どいラインが視界に入ってしまい、背徳はいとく感との葛藤かっとうになってしまうのだ。


 知ってか知らずかシャリアが更に詰め寄ったところで、アルムのフードから何かが飛び出し、二人の間をさえぎった。


「ちょい待ちなよアンタ! 今更ノコノコ出てきて何を偉そうにしてんのさっ! 今は言い争ってる場合じゃないだろ!」

「セ、セス!?」


 今までフードの中で寝ていた妖精フェアリーは、離れろとばかりに両腕をブンブン振ると、更に偉そうにのたまる。


「第一何だその『へそだしるっく』は!? ちんちくりんにゃ10年早いっての!」


「……貴様も他者に言えた容姿ようしではないと思うのだがな」

「な、なにをぉ!?」


 バチバチと二人が火花を散らしていると、フロアの扉が開いた。


『シャリア様専用、耐太陽光ローブ砂漠仕様ですじゃ』


 ラムダ補佐官が小さな機械を手に抱えながら現れたのだ。顔は小さな手の形でれている。これから寝ようとしていたシャリアを起こし、引っ叩かれたのだろう。


「そういうことだ。リザードどもを助ければよいのだろう? セレーナ、黒魔術師と二重魔法陣の準備を致せ。余もみずから出る」


「魔王様、先ほども言いました通り、このじいが戻れと言った際はすみやかに……」


くどいぞ干物ひもの!」

「ひ、干物……」


 突き放すように一喝し、皆に構わず黒魔術師たちと特殊魔法陣形を組む魔王。

 転移して早々、神術を発動させる気だ。


「ちょっと待ってくれ! あの戦車はアルベドニウムでできているんだぞ!?」

「それだけではありません! 戦車には勇者も乗っているのです! 危険です!」


 最後に止めようとしたアルムとルスターク将軍の声にも、どこ吹く風の表情。


「だからどうした? ついでに首をとってくればよいのか?」



…………



 砂漠では完全に目標をとらえた戦車隊が、高射砲に向け威嚇いかく砲撃を繰り返していた。一気に攻略する気になればできるが、それをしない。慎重に敵の出方を待つだけの圧倒さと優位性がグライアス側にはあった。


「あれはリザードマンですね。学生時代の魔物生態学で習いましたが、理性が高く、過去の大戦でセルバを占領したとか」


「奴らはどういう訳か死を恐れない、厄介な連中ではあったよ。まぁ所詮しょせん私の敵ではないがね」


「ふむぅ……では奴らを餌に大物がかかるのを期待するのは無駄かもしれませんね。このまま殲滅せんめつしてしまうことにしましょう」


 アレイド指揮官は戦車隊を突撃させるべく、攻撃目標を一点にしぼるよう命じた。


(どうしたアルム、おしまいか? 圧倒的な力の前では策など無力に等しいのだよ。もし君にそれがわかっていたなら、魔王軍の軍師などやらなかっただろうにな)


 三式弾を装填する兵士を見つめながら、ノブアキは宿敵を思った。


──何かが転移してきます! これは……この邪悪で強大な魔力は……!


「魔王軍の増援か!?」


 戦車隊が第二の一斉砲撃を行った、その直後であった。




『ジェリカル・フォース!』


 突如現れた巨大な魔力の壁! 放たれた三式弾は全てさえぎられ、爆散した!

 生き残ったリザード兵たちは一瞬何が起きたかわからず戸惑うも、自軍の黒魔術師たちが現れたのを見て救援が来たことを知る。そして、声!


「退却しろ! 勅命ちょくめいであるっ!!」


『魔王様っ!?』

『魔王様だっ!!』


 シャリアはリザード兵たちに目もくれず、神術の壁ごしから上位呪文を放つ。


「グラウンドブレイク!」


 砂漠に地響きが起こったかと思うと、目前の戦車群の辺りで隆起りゅうきが起こる!

 隆起した砂の大地から勢いよく巨岩が飛び出し、いくばかの戦車をはねのけた!


(兵器にばかりとらわれおって! こんな単純なことも思いつかんのか! 無能ども!)


 破壊された高射砲を踏みつけると、そびえ立つ魔力の壁を飛び越える。着地と同時、砂の中に落ちていた見覚えある石を見つけ、拾い上げた。

 特殊三式弾の欠片、すなわちアルベドニウムである。


「……」


 シャリアが次に戦車群へ目をやると、ひっくり返った戦車を他の戦車が立て直そうとしている光景が映った。そううまくいくかと思われたが、意外にすんなりと元の姿勢へと戻るのだ。戦いでこうなることを想定していたかのように、戦車には重力姿勢制御装置が備わっていたのである。


 その救助作業を守るかのように、今度はシャリアへと砲撃が放たれた!


「……おもしろい! 遊んでやる!」


 三式弾の雨を受け、凄まじい爆発が起こった時、そこにシャリアの姿はなかった。

 既に砂上を稲妻のように走り抜け、戦車隊へと突っ込んでいったのだ!


 白い稲妻は一台を捉え、刃の一閃を放つ!

 しばししの間をおいて、難攻不落だった塊が真一文字にズレ始めた!



「え、あ?」


 中にいた戦車長は同乗していた兵士が人形のように崩れ落ち、視界が明るくなっていくのをただ唖然として見ているだけだった。

 そして青空が見えるようになった車両へと、白い何かが侵入して来るではないか。


「こ、子供……?」


 驚き立ち上がろうとして転び、自分の足が斬られていたことがわかる。ここでようやく状況を把握はあくし、腰の銃へと手を伸ばした時には遅かったのだ。


「ぎ、ぐべぇ……!」


 魔王の手によって首をへし折られ、持ち上げられる戦車長。

 更に魔王は周囲へと見せつけるかのように、痙攣けいれんする人質を高々と掲げた。



(むっ!)


 無情にもそこに機銃射撃が行われ、人質は目も当てられぬ姿へと変わり果てる。


「はははっ! 良いぞ殺し合え! それでこそ人間だ! ひゃははははっ!!」


 既に魔王はその場におらず、次の標的、またその次と刃を振り下ろしていた。

 アルベドニウムの戦車が次々と、バラバラになっていく……。


「どこだ勇者よ? これか? ……ここか? ……はははははっ!!」



…………


 一方で、巨人遺跡の作戦フロアでは、ギャラリーを増やした魔王軍が巨大モニターに映るシャリアの姿を固唾かたずを飲み見守っていた。


「あのお姉ちゃん、すっげぇー!」


 魔黒竜の子ジークフリードがはしゃぎながら飛び回るかたわらで、亜人たちからは気分を害する者が出始める。自分たちと似た容姿、同じ血もじりかよっているのだから仕方がないのかもしれない。人間がシャリアに斬られる度、アルムも思わず顔をしかめた。


「わかってんだろアルム? 今ここに立ってるあんたは目をらしちゃダメだ」


 戦争とは、人間を敵に回し、魔王軍に味方するとはこういうことだ。本当にお前は自覚してそこにいるのかと、突き放し、問いただすかのようにセスがさとしてくる。

 

「わかっているよ。逸らしたりしない、絶対に……」


 だが斬られた戦車から爆発が起こり、一瞬激しい光を受けて横を向いてしまう。

 ふと、すぐ横でラムダ補佐官が手に持った機械を見ていることに気付いた。


 なにやらひたいから脂汗を流しながら……。


「ラムダさん、さっきから何を見ているの?」


「……これはシャリア様のローブに備わっているマイクロマシンから、魔力、脈拍、心拍数、その他の数値を測り取る機械ですじゃ……」


 見ると機械にはいくつもの針がついており、それが左右に激しく振れている。


「シャリア様が砂漠に来られるのは今回が初めて……。先代魔王ヴァロマドゥー様が太陽光を苦手としておりましたゆえ、シャリア様も心配でなりませぬ……」


「でもあのローブにはその耐性があるんでしょう? それに今だってあんな元気に」


 このまま一人で大陸を制覇してしまう勢いではないか。そう言おうとしたアルムへと、ラムダ補佐官は耳を貸すよう促し、周囲に聞こえないくらいの小声を出した。


(シャリア様は生まれながらにして、体が丈夫じょうぶではないのです)

(えっ!)


 信じがたい初耳であった。だがしかし、今までのラムダ補佐官のシャリアに対する態度で、それが嘘でないことがわかってくる。


(ただ日の光を浴びるだけならまだしも灼熱しゃくねつの砂漠、強力な魔法の連続使用からのあの運動量……不安でなりませぬ)


(……)


 アルムは再びモニターのシャリアへと目を移す。

 二人の密談を唯一、小さな妖精だけは聞き逃さなかった。



…………


「各車両、散開せよ! 散開しつつ下がれー! ひいぃぃ……」


 グライアス軍戦車の中、アレイド指揮官は味方がやられる度に顔色を変えていく。

 なにしろ戦車は特別中の特別仕様、たった一輌で一体いくらするのかわかったものではない。破壊されるその度、自分の出世が遠のいていく気がした。


「ノ、ノブアキ様! まことに、まことに心苦しいのですが……!」

「ふ、わかっている。私に任せておくがいい」


 ようやく自分の出番が来たか、とノブアキはハッチに手をかける。

 ハッチを開けたところで勢いよく外へ飛び出したのだ!


「たぁぁぁぁぁぁぁう!!!」


 空中でクルクル何回転もすると、勇者ノブアキは魔王の前に立ちふさがったのだ!


「そこまでだ幼女!! 我が名は……!」


 即座にシャリアから放たれる魔法、ノブアキの体は炎に包まれた。

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