圧倒的軍力差


 日の昇り始めたアーロンド大砂漠。複縦ふくじゅう陣形(進行方向へ長く、複数の列を組んだ陣形)を保ちつつ、土獏どばくを突き進む大戦車部隊。


 勇者ノブアキは戦車のハッチを開けて上半身を出すと、朝日を拝み、叫んだ。


「ふっ、綺麗な太陽だぜ……パンチー・フォウ!!」


 そして「どうも~勇者でーす!」と腰を振り出したところで入るテレパシー。


──何を馬鹿やってるんですか! 魔王軍に気づかれますよ!


「んもう、アルちゃんったらお固いんだからっ!」


 そう言って車内へ戻るノブアキを迎えたのは、隣席で笑うグライアスの若き軍人、アレイドの笑い声。


「ははははっ! いや、わかりますよノブアキ様! 新兵器に搭乗したときの高揚感、この私も抑えきれぬほどですから!」


「ほう? そう思うなら君もやってみたまえ!」


「宜しいのですか? ではお言葉に甘えて…………。パンチー・フォウ! どうも~! アレイドで~す!! イヤッフォーッ!!」


(こ、こやつ、できるっ! なんてノリのいい奴なんだ!!)


 ノブアキは笑顔で自分の席に戻るアレイドに対し驚きの表情を見せ、同時に自分のアイデンティティーを奪われないかとセコい心配をし始めた。


「グライアスの軍人は堅い連中ばかりと考えていたが、君は違うようだね。そういや昨晩は世話になったよ。冒険者たちを送ってくれてありがとう、心から礼を言うよ」


「いえ、滅相もない。こちらこそ本日は勇者ノブアキ様のご同行、僧侶アルビオン様の加護を頂きまして誠に感謝しておる次第。……まぁ、軍人の堅いのは伝統のようなものでして、優秀である証拠としていただければ幸いであります!」


 そう言って車内を見渡すとベレー帽を被ったグライアス兵たちが、先ほどの二人の奇行に噴き出すこともなく、淡々たんたんと役目をこなしていた。彼らは新兵器に搭乗すべく選び抜かれたエリート兵たちなのだ。


「ところで戦車のデザインは君が決めたそうだね? 確かに私はどんなデザインでも構わないと言ったが、なぜこんな旧式の戦車にしたんだい? 他にも色々な戦車があっただろうに。例えばエイブラムスとか、日本の自衛隊の戦車も捨てたもんじゃないぞ? 大戦中の戦車ならそうだな……私ならセンチュリオンとかが好きかな」


 すると、アレイドは少し恥ずかしそうに頭をかいた。


「はい。私も異世界の近代戦車は格好いいとも思ったのですが、この戦車の登場した経緯や活躍譚かつやくたんを調べているうちに何と言いますか……愛を感じてしまったのです。つい古いものにロマンを感じてしまうのは、私に軍人家系であるロレンソフ家の血が流れているせいかもしれませんね」


 アレイドの話をポカンと聞いていたノブアキ。

 ニヤリとすると彼の肩を叩き始めた。


「君、いいねぇ! 君とは話が合いそうだよ! 戦いが一段落ついたら親睦しんぼくも兼ねて一杯やらないか? 」


「是非喜んで! ですが私はまだ未成人なのでリンゴサワーで失礼します」


「またまたぁ! 本当はイケる口なんだろう!? 私が君くらいの年にはポン酒の一瓶くらい一晩で空けてたぞぉ!?」


「いやいや、はっはっはっ!」


 勇者ノブアキと談笑をするこのアレイドという若者。出世が早かったのは、ルークセインの遠縁であるロレンソフ家の出ということもあったが、それ以上に人徳を得るのが人一倍うまかったのである。それ故にルークセインから期待をされている半面、危険視されている人物でもあった。

 事実、彼はルークセインのために働きつつも、今こうしてノブアキの心を掴もうとしている。どこからか不仲説も耳に入れ、どちらかが転んだ際は勝ち馬の方へ乗ってやろうとたくらんでいたのである。


──ノブアキ、趣味の話はそこまでにしてください。動きがありましたよ


「はにゃ?」


『前方11時方向! 巨大建造物発見! 映像出します!』


 車内モニターに映し出される、魔王城を彷彿ほうふつとさせる巨大建造物の影。

 そう。アルムの予想通り、戦車内部は最新鋭機器がところせましと設置されていたのだ!


 映像を見つめ、ノブアキはヒューと口笛を吹く。


「アルビオンが言うには、あれは幻影。手前に落とし穴だそうだ。アレイド、君ならどうする?」


「全車両に告ぐ! 速度を維持しつつ11時に進路を変更せよ! 合図があるまで進行を続けろ! ……折角ですから途中まで付き合ってやるのも一興いっきょうかと」


 そう言ってアレイドは不敵な笑みを見せる。


「ふふっ、私も同じことを考えていたところだよ」


 ノブアキもニヤリとするのだった。



……………



 同じ頃、こちらは魔王軍の巨人遺跡作戦フロア。巨大モニターに戦車の様子が上空からの視点で映し出されている。右下には録画ではあるが戦車の上で奇行におよぶ変態仮面の映像が流れ、亜人娘たちの間から「何あれ、やだぁ……」という声が漏れた。


(やはり奴も乗っていたか。 ノブアキ、一体何を考えている?)


 モニターを睨み、アルムは敵の意図いとを探ろうとしている。もし戦車の形状が単なる趣味だったと知ったら、脱力のあまりヘタリ込んでいたことだろう。ある意味で敵の攪乱かくらん一役ひとやく買っているのだから馬鹿にできない。


「進路を変更したようです。態々わざわざ質量を持たせてまで作った幻影、このまま落とし穴に引っかかってくれるとよいのですが」


 幻影の罠を仕掛けたセレーナがそう呟いた。


「アルビオンの『真実の目』とやらがどこまでのものなのか……それ次第ですな」


 小型通信機をいじりながら、ルスターク将軍もモニターを見守る。砂漠へ出ていた部下たちへ命令を飛ばすため、はやる気持ちを抑えつつも……。


『敵戦車、落とし穴直前で進行を止め始めました!』


(やはり見破られていた! けど、想定内だ!)


「将軍! 今だ!」

「目標位置データを転送する! 各砲座、そなえ!」


 ルスターク将軍の号令で、砂中から大勢のリザード兵が出現する。ドワーフたちが作成した迷彩風呂敷の下に隠され設置されていたのは、長距離高射砲その数16

 作戦フロアでは亜人の黒魔術師たちがタブレット端末を一斉に叩き出す。敵位置を算出し、そのデータを高射砲へと送るためだ。砲身を自動で正確にセットしてくれる画期的かっきてきシステム。悔やまれるのが無人での装填そうてん、並びに発射する機構の完成が間に合わなかったことか……。


『データ算出完了! 転送します!』


──転送確認…………。各砲座、砲身位置固定完了しました!


「発射を許可する!」


──撃てーっ!!!


 16基の高射砲が一斉に火を噴いたのだ!


『高射砲、発射を確認………ちゃくだーん……今っ!』




「うほぉぉぉぉう?!」


 ノブアキの乗っていた戦車が左へと大きく傾いた。しかしそれも僅かでドスンと元の傾斜けいしゃに戻る。


『本隊右翼方向から未知の攻撃を確認!』

「被害状況知らせ!」

『本車両、重力システム問題なく作動! 故障個所見受けられません! 続き第十二番車両、十四番、十五、十六、十八………いずれも被害無しとの報告です!』


「ふっふっふ! いいんじゃなーい? アレイド、当然応戦するんだろう? アルビオンから相手位置の情報が入ってきた。うまく君に伝えるにはどうすればいいだろう?」


「それには及びません。この戦車には受けた攻撃から算出し、相手のおおよそ位置を割り出すことが可能なのです。……各車両、特殊三式弾を装填せよ!」



…………


『着弾位置、映像拡大! 視界、晴れます!』


「あぁ!?」

「ぐっ……!」


 作戦フロアの巨大モニターに映し出されたのは、土埃つちぼこりの中から何事も無かったかのように現れる戦車群だった。


(そんな馬鹿なっ!! 実験で遠距離から500ミリの鉄板を貫いた、魔法の徹甲弾てっこうだんなのにっ!! ま、まさか……!)


 見る見るアルムの表情が青ざめ、ぐらりと体が揺れた。



 あの戦車の装甲は、アルベドニウムでできている。



 更に驚くべきことに、着弾の衝撃で戦車がひっくりかえったり隊列が乱れたりした様子が一切ないのだ!


 そして何より、既に全ての戦車の砲塔が高射砲の方向を向いていた!


『敵戦車から一斉攻撃を確認!!』


 亜人娘の声にアルムはハッと我に返る。


「作戦中止!! 将軍! リザード兵たちを撤退させて!」

「作戦中止! 各員、速やかに帰郷の羽を使用せよ!」


 その時、高射砲周辺を映し出していたモニターから爆発の映像が流れた!


「攻撃が届いただと!?」

「あの距離だぞ!?」


 信じられない、とても戦車の砲撃で届く距離ではないというのに……!


「くっ! 医療班に連絡! すぐ負傷者手当の準備を! リザード兵、その数大勢!」


──りょ、了解したぁ!


 医療班のココナヘ急いで連絡をとるアルム。

 と、ここでルスターク将軍の様子がおかしいことに気づく。


「誰か応答せよ! 繰り返す! 高射砲を放棄、速やかに撤退せよ!」


──こちら高射砲部隊! 敵から攻撃を受けました! 被害甚大じんだい! 次の指示を!


「撤退せよと言っているのだ! 軍師殿! 現地との会話が成り立ちません!」

「なんだって!?」


 巨大モニターを見ると、爆風が晴れ無残にも破壊された高射砲が映し出されていた。傷つき血まみれとなったリザード兵の姿に、フロアから悲鳴の声も聞かれる。


「どうなっている!? 上空からの視点に切り替え!」


 今度は上からの高射砲周辺の様子が映し出された。大勢のリザードマンたちがまだ戦場に残っているではないか! そればかりか混乱しているのか、壊れた高射砲から仲間を担いで離れようとする者、まだ無事な高射砲に次弾を装填しようとする者と、その行動はいずれもバラバラである。


「将軍、小型通信機が故障したのかもしれない」

「彼らに持たせたもの全てですか!? し、しかしなぜ帰郷の羽を……!」

「わからない、何か使えない理由が……」


『敵戦車、移動を開始しました!』


 まずい、こちらへ追撃してくるつもりだ! その速度の速いこと! あっという間に旋回し、砂上トラックより速いスピードで動き出したのだ!

 仕掛けた落とし穴、全てを回避しながら……!


「黒魔術師たちへ回収に向かわせる! セレーナ、すぐ編成を!」

「はっ!」


「お待ちください! 貴重な黒魔術師を矢面に立たせるつもりですか!?」


 アルムを止めたのは、なんとルスターク将軍だった。


「転移ポイントは高射砲付近のみです! 危険ですぞ!」

「け、けど! この状況下では他に手段がない!」

「とても割に合いません! 軍師殿、お考え直しを!」

「何を言っているんだ!? 貴方は200近いリザード兵を見殺しにする気か!?」

「し、しかし!」


 焦りは焦りを呼ぶ。

 明らかにアルムも、ルスターク将軍も焦っていた。


がらにもなく手こずっているようだな、軍師よ』


 声に一斉の視線が集まる。

 魔王、シャリアであった。

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