第十九話 グライアスの脅威

生き抜くための、嘘


 場所は変わり、僧侶アルビオン暗殺に向かった亜人のエリサたち五人。セルバから出発し、徒歩や乗り合いの鉱石車などを駆使くしして、ようやく北方のヴィルハイムまで辿たどり着いていた。

 現在のヴィルハイムは王都バルタニアからの監査かんさが入り、騎士の行動は勿論もちろん、平民の往来おうらいも制限されている。当然、領内へと入るにも厳しい検問を通らねばならなかった。


──検問を通れたら、手筈通り二手に別れましょう


 エリサは他の四人に念話、つまりテレパシーで話す。


 この世界のテレパシーは結構一般的で、中級魔法の心得のあるものなら誰でも一度くらいは使ったことがあるほどだ。一見便利だが不便な面も多々ある。相手と波長が合わねば意思疎通が成り立たず、強い脳内イメージができないと使用できない。

 何よりいきなり脳内に直接言葉や画像が入ってくるので気持ち悪く、それを嫌がる者も多い。そのため勇者の仲間で言えば、僧侶アルビオンはノブアキとしか行わないし、魔道士ラフェルにいたっては誰とも行わない。この世界で魔法の水晶板マジック・プレートが主流になりつつあるのはそういった側面があるのだ。



 意外にもヴィルハイムの検問はすんなりと通ることができた。それは五人とも亜人でありながら外見が普通の人間と変わらないからだろう。尻尾でも生えていようものなら事情聴取のため足止めを食らっていたに違いない。エルランド以外の領では亜人に対する偏見へんけんが少なからず残っていたためだ。

 検問を抜け、元侍従長のエリサと黒魔術師のクロウは西側を、他の三人は東を目指す。理由は五人の行動を怪しんだアルビオンの「真実の目」をあざむくため。魔王軍を追い出された自分たちは思い思いの故郷へと帰っていく、そういう筋書きなのである。会話をするときも聞かれたくないことは全てテレパシーで行い、表向きでは世間話や魔王軍をののしる言葉を吐いた。


 そこから丸一日かけて、ようやくエリサとクロウはヴィルハイム城城下町へと辿り着いた。しかし、城下町への入り口は黒山の人だかり。きっとここでも厳しい検問が敷かれているのだろう。だが自分たちにはどうでもよいことだ、あくまで目指すのはカスタリア領のラカールなのだから。クロウはアスガルド西部へ向かう乗り合いを探すべく、一台の鉱石車へと近づく。


 ところが……。


「ダメです、エリサさん。どうやらバルタニアへの通行をこの先で制限しているようなのです。騎士団への監査が終わるまでは一般車両ですら通さないと」


「それで皆ここで足止めを受けているのね。それなら……」


 きょろきょろと辺りを伺い回り、一台の大型鉱石車を指さした。


「あれに乗せて貰いましょう」


──ちょ、本気ですか!? エリサさん!?


 クロウは驚きテレパシーを飛ばす。エリサの指さした鉱石車には、王都バルタニアの紋章が大きく描かれていたからだ。王都の役人御用達ごようたしであり、当然一般人などお断りである。


「近づいてはいけない! 我々はすぐさま王都へと帰還せねばならんのだ!」


 鉱石車の傍にいた役人らしき男から、強い口調で止められてしまった。

 これにエリサは祈るように両手を組み、男へとひざまずいたのである。


「私たちは聖地ラカールに神への許しを乞うため旅をしている者です。途中まででも結構です、どうかお慈悲じひを……」


「神への許しを乞うためだと? 君らは坊さんにでもなるつもりか? 駄目だ! いかなる理由でも関係者以外お断りだ! 他所をあたりなさい!」


「私たちは、かつて魔王軍として働かされていたのです!」


「な、なにっ!? 魔王軍だと!?」


 役人の男は驚いた。

 成り行きを見守っていたクロウは内心もっと驚いた。

 魔王軍と聞きつけ、役人たちがぞろぞろと集まってきてしまっていた。


 しかしエリサは動じることなく、役人たちの前で自分の身の上を打ち明け始めたのである。セルバで両親と暮らしていたが魔王軍に捕まってしまい、仲間にならなければ両親を殺すと脅され止む無く働かされていたこと。後から知ったが既に両親は殺されていたこと。そして仲間をかばったばかりに魔王の怒りに触れ、命からがら逃げてきたことを打ち明けた。

 半信半疑だった役人たちも、この涙ながらの訴え、そしてエリサが美人だったことも手伝い、次第に同情し始めた。


「うむぅ、事情は大体把握した。辛い思いをされた貴女を疑いたくはないが、魔王軍にいたという証拠はなにかあるだろうか?」


「はい。……クロウ、見せてあげて」


──腕をまくって見せてあげなさいな


 テレパシーを受け取り、クロウは役人たちに見えるよう腕を見せる。そこには鳥の羽毛のような毛がびっしりと生えていた。


「御覧の通り、私たちは魔物のけがれた血を引く身の上なのです」


 役員たちは口々に相談をし始める。

 と、ここで他の役人の男が口を開いた。


「ラカールのアルビオン様が仰るには、こういった身の上の方こそ救われるべきだと聞いたことがあります」


「亜人か、成程。……わかった。だが君らも知っての通り、現在のラカールの法王はアルビオン様に代わってグリムガル様が就いておられる。アルビオン様自身も現在は魔王軍との戦いでラカールにはいらっしゃらないだろう」


「私どもも、そう伺っております」


「それに我々が連れて行けるのは王都バルタニアまで。そこで一旦君らの身柄を保護観察という形で預かり、詳しい話を聞かせて貰うことになるがよろしいか?」


「はい、結構です」


 役人たちは再び相談し始め、まとまったのか互いにうなずき出した。


「よし、君たちを特別に王都まで運んでいこう。だがこの車は機密保持のため乗せてあげることはできない。後続の荷物を積んだトラックの荷台なら大丈夫だ。すぐ出発するから急いで乗りなさい」


「あぁ、神よ! お役人様、ありがとうございます!」

──ほら、貴方も頭を下げなさい!


「あ、ありがとうございます!」


(この人、すっごいなぁ……)


 エリサの後姿を見ながら、クロウは只々ただただ感心するばかりだった。




 トラックの荷台は想像以上に荷物が詰まれ、人が乗れる場所は僅かであった。その僅かな場所に毛布を敷き、そこへ二人で腰掛ける。間もなくトラックは走り出した。


──何とかなりましたね。でも王都まで行ったら僕らは捕まってしまいますよ?


 クロウがエリサへとテレパシーを飛ばした。


──暢気のんきなこと言わないで頂戴。その前に逃げ出せばいいでしょ


──しかも、アルビオンはラカールに居ないって……


──法王を引退したからと言って聖職者協会と縁が切れたわけではないわ

──年末年始の行事でラカールに必ず戻ってくるはず。そこを狙うのよ


 成程! とクロウは驚き感心した。


──エリサさんは凄いですね!なぜ暗殺部隊に抜擢ばってきされたかよくわかります!


──抜擢? いいえ、志願したのだけれど


──し、志願ですって!? どうして態々わざわざ!?


 続けざまに驚き質問するクロウに対し、エリサは少々迷惑そうに横目を向ける。


──それ、聞いてくるの?


──す、すみません……性分しょうぶんなものですから


 やれやれとばかりにエリサは小さく息を吐いた。


──強いて言えば『自分探し』かしらね……


──自分探し、ですか


──私、本当は幼い頃の記憶が殆どないの。自分が何者かすらわからないのよ


 そう言って少し遠い目をするエリサに、クロウは寂しさを受けつつも美しさを感じていた。魔王軍では誰からも慕われ、信頼され、何事もそつなくこなし、それでいて周囲とは一定の距離感をたもつ。ミステリアスな魅力を持つ素敵な女性だ。


──つい最近、その手がかりが見つかった。だから魔王様に願い出たのよ

──この任務が終わったら、すぐに暇が欲しいってね……これでいいかしら?


 ついでにエリサは嘘のつき方を教えてくれた。嘘をつき通すには八割以上の真実に二割以下の嘘を混ぜることだと。


──今振り返ると嘘だらけの人生だった……

──今日という日を生きるために、仕方のないことだったけれど……


──エリサさん……


 段々とエリサからのテレパシーにノイズが混ざるようになってきた。


「少し疲れてしまったわ。まだ王都まで大分かかるし、交代で仮眠しましょう」

「あ、それならエリサさんから……」


(スゥー……)


 クロウが言い終わらないうちに、エリサは寝息を立てていた。

 そればかりかクロウへ軽く体を預けてきたではないか!


(寝るの早っ! って、えええええ!?)


 トラックを運転している役人に、小窓からこちらをのぞかれないかとキョロキョロし出すクロウ。やたら挙動きょどう不審ふしんである。


(そ、そそそそうか! エ、エリサさんは僕のことが……す、好きだったんだよな! も、もしかして僕が仮眠するときも、こんな風にしていいの……かな? はっ!? そ、そうだ! ひ、膝枕とか……お願いしちゃっても……だっ大丈夫だよな!?)


 そんなよこしまな考えを起こしながら、そっとエリサの手を握ろうと手を伸ばすクロウ。そんなクロウの手を、エリサはうるさそうに払いけるのであった。

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