砂漠が動く


 大分夜もけた砂漠にて──。


 死者をとむらっていた冒険者たちへ、ようやくグライアス軍の救援トラックが到着したのだった。冒険者たちは始め戸惑っていたものの、勇者ノブアキからの要請を受け無償むしょうで迎えに来たものと伝えられ、安心して順に帰路へと向かう。


「おい、そんなに身構えなくていいぞ。付近に魔物は出ないと通信が入った」


 銃を握りしめ、荷台へと乗り込む冒険者たちを警護していた新兵に、熟練のグライアス兵士が声をかけた。


「何故そう言い切れるのでしょうか? 奴らは神出しんしゅつ鬼没きぼつだと聞いております」

「忘れたか? 俺たちには神の目を持つ僧侶様も協力してくれているんだ。今もその僧侶様が神具の力でこちらをご覧になっているらしいぞ。つまり、安心ってわけだ」


 これを聞き、新兵はリラックスしながら自分の愛銃をでる。


「そいつはちょいと残念ですね。こいつの試し撃ちができると思ってたんですが」


 銃には支給されたばかりのアルベドニウム弾が装填そうてんされていた。

 アルムの判断は、決して間違ってはいなかったのである。


……


 ケガを負い疲れ果てた冒険者たちを乗せ、軍用砂上トラックは夜の砂漠を列なして進む。どのトラックの荷台にも、怪我を負い、疲れ果てた冒険者たちであふれかえっていた。目を失った者、四肢ししを失い寝かされて居る者と様々。

 冒険者は辛い時や心が折れそうになった時、いつも皆で歌を歌う。そうすることで活力が生まれ、結束力が増すのだそうだ。しかし今日ばかりは誰も歌おうとはせず、代わりに痛みからのうめき声や、仲間を失った者のすすり泣く声だけがあった……。

 彼らの殆どは帰郷ききょうの羽を持っていない。事情は様々だが、中にはどさくさにまぎれて奪い取られたり、仏心を見せたばかりにだまし取られた者まであった。爆発があった時に使い逃げることができた冒険者もいたが、中には爆風で吹き飛ばされたと同時に転移が発動してしまい、転移先でバラバラ死体として現れた者は悲惨だ。後日、『血の酒場通り事件』として新聞に取り上げられることとなる。


「……くそっ」


 そんなトラックの中で、腕に包帯を巻いた男が昼間の戦いを思い起こし小さく吐き捨てた。彼の仲間は全滅した。悲しみよりも、やり場のない怒りだけがまさり、頭の中をぐるぐるとめぐる。ふと横をみると、頭に包帯を巻いた中年男が新聞を広げ座っている。見出しには例のノブアキのゴシップが書かれていた。


「何が勇者だよ、クソが! 俺たちをこんな目に合わせやがって!」


 怒りの矛先がつい勇者ノブアキに移ってしまい、声が出てしまった。

 他の冒険者たちの視線が一斉に集まる。

 

「これ、いかんよあんちゃん。グライアスの兵隊に聞かれたら降ろされちまうぞ」


 新聞を読んでいた中年男は口を開いた。

 さとされた若い男は黙るばかりか、逆に周囲をにらみ返す。


「構わねえよ! だってそうだろ!? 大勢人間が死んだってのに、一人黙って帰っちまったんだぜ!? 俺はあんな薄情な冒険者には絶対ならねぇ! 帰ったら仲間と装備を整えて、必ずあいつより先に魔王を倒してやる!」


 荷台にグライアス兵がいないのをいいことに、若者は更に声を荒上げた。


「……若いねぇあんちゃん。俺は今回で冒険者を辞めるつもりだ」


 目を新聞から離さないで喋る中年に、若い男はイラつきだす。


「はぁ!? あんた悔しくないのかよ!? こんなことになっちまってよぉ!?」

「そうじゃねぇんだよ」


 遂に中年男は新聞を畳み、周囲にも語り掛けるようにつぶやきだした。


「今回の魔王軍討伐、どう考えてもおかしくはねぇか? 今までは魔物が現れたってなりゃ各地の領主が兵士を集めて討伐に行くのが普通だった。それが今回はどうだ? この通り大勢の冒険者だけ集めに集めて砂漠を横断させるとかよ」


「それは……大魔道士ラフェル様が捕まり、騎士団領の方も動けないからだろ」


「果たしてそうかな? 俺はよ、元々魔王軍も魔王城も無かったと思っているんだ。全部始めから勇者ノブアキの仕組んだ茶番だったと踏んでいる」


「はぁぁ!?」


 突然飛び出したトンデモ論に、気付けば全員が男の話へと聞き入っていた。


「ど、どういうことだよ、おっさん!?」


「このアスガルドに今や冒険者は何万人いる? 冒険者で食っていけるのはその中で一握りもいない。つまりろくでなしが世の中に飽和しつつあるってのが今の現状だ。当然、そいつらの間引きが必要と偉い奴は考える」


「う……」


 中年男は詰め寄るように若者の方を向き、話を続ける。


「考えてもみろ。勇者ノブアキにとって他の冒険者はなんだ? 商売敵じゃねぇか。それに俺は昼間に聞いちまったんだ、魔物たちから『勇者だ、予定通り撤収するぞ』って叫ぶ声をな」


「あっ!!!」


「つまりな、みんな始めからだったんだよ。グライアス領も、勇者ノブアキも、いるのかいないのかわからん魔王軍も、な」


 魔王軍軍師の放った流言の策は、静かに芽を出し始めていた。しかしこれが返ってノブアキに見切りをつけ始めているルークセインを喜ばせることだとは、誰にも知るよしがなかったのである。



…………


 次の日の明け方近くのことであった。巨人の遺跡の待機フロアにて、仮眠をとっていたアルムは叩き起こされることとなる。寝ぼけまなこをさすりながら上着を羽織り、携帯用マジックタブレットを開く。砂漠の見張りにあたっていた亜人からだ。


「いったい何があったんだ?」


『砂漠が、動いてるんです!』


「砂漠が動く? とにかくそちらに向かうよ」


 寝ているセスを上着のフードに入れ、待機フロアから作戦フロアへと移動する。

 作戦フロアとは、亜人たちが交代で四六時中、マジックタブレット端末たんまつで砂漠の監視を行っているフロアのことだ。当然、そこで作戦会議を行うこともある。


 しかし、砂漠が動くとは一体どういうことだろう?


「おはようございます、軍師殿」


 作戦フロアへ行くと、既にラムダ補佐官とルスターク将軍が来ていた。この二人は睡眠をとらないのだろうか……?


「いったい何が? 砂漠が動くとは?」

「モニターを見てくだされ」


 フロアに設置されている巨大タブレットには、上空から見た夜の砂漠が映し出されていた。しかし砂漠は暗い上によくわからない。


「君、モニターを暗視モードにしてもっと拡大してみて」

「あ、はい。えと……」


 アルムはすぐ傍にいた亜人娘に声をかけるも、まだ端末操作に慣れていないようで試行錯誤する。仕方ないのでモニターを覗き込みながら教えてあげた。


「す、すみません。不慣れで……」

「今、セレーナはいないの?」

「はい。夜更よふかしはお肌が荒れるからって、この時間は担当ではないんです」

「あらら」


 まぁ、なんとも彼女らしいといえばらしい。

 そうしてようやく映し出された拡大映像を見て、アルムと将軍は驚愕きょうがくした。


「あぁ!?」

「軍師殿! まさかあれは!?」


「……異世界の『戦車』だ! しかも、なんて数だ!」


 夜の砂漠を横断し、動いているように見えた影。それは30りょう余りの隊列を組んで移動する戦車だったのである。


(まさかこんな早々に大部隊を送り込んでくるなんて! ……僕が甘かった! 冒険者たちをいくら痛めつけたところで、グライアスには足止め効果すらなかったんだ! むしろそれを利用された形か……!)


「付近はこの戦車だけか!? 他に敵は!?」

「いえ。現在も捜索中ですが、他に変わったものはありません」

「大分こちらへ接近してしまっている。今まで気づけなかった理由は?」

「それが、急にオアシスの方向から現れたんです。急にです」

「急に……?」


 この大部隊は瞬間移動してきたとでもいうのか?


「先日、結晶石を散布したオアシスはどうだった? 動きはなかったのか?」


 今度はルスターク将軍が質問する。将軍が言っているのは昨日ファーヴニラが威力偵察した大きなオアシスのことだ。


「何も……。いつものように兵士が基地を見張りしているだけでした……」

「やられましたな軍師殿。あの大きなオアシスはおとりだったようです」

「くそっ! とにかく時間が惜しい、すぐ作戦を練らないと! 君、悪いけどセレーナを起こしてくれないか?」


 頼まれた亜人娘は一瞬「ゲッ」という顔をするが、了承する。


それがしも魔王様を呼んで参りましょう。この時間ならなんとか起きておられるかと。手前が戻らなくとも先に進めていて下され……命があったらまたお会いしましょう」


 ラムダ補佐官は一礼し、作戦フロアを出て行った。色々と苦労人である。


「将軍は異世界の戦車のことは知っているんだね」

「勿論です。異世界の戦争の歴史に興味がきませんので。あれは第二次大戦中、独逸ドイツという国が使用したティーガータイプです」

「見た目だけならね。でも恐らく内装が強化された別物だと思う」

「厄介な相手になりそうです。我々は戦車など持ち合わせておりませんから。うまくこちらが仕掛けた罠に誘導する戦術が一番有効かと」


 まだメンバーが集まらないうちから、二人は相手を分析し、論議する。


(……何かひっかかるな。何故向こうの歴史で比較的旧式の戦車を量産したんだ? こちらを油断させるため……というより僕を油断させるためなのか?)


 などとアルムが考えていると、髪もとかさずモシャモシャ頭のセレーナが、不機嫌そうにフロアへと入ってくる。間もなく作戦会議が始まるのだった。



第十八話 決戦!アーロンド大砂漠 完

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