巨人の遺跡にて
アーロンド大砂漠中心部から南東部、砂の下に埋まる古代ダンジョン。
──巨人の遺跡
巨石で造られたフロアが何層にも広がり、今や魔王軍の前線基地となっているも、そこですら遺跡全体の表層部分に過ぎない。さらに地下深くには巨人の町が存在し、今も巨人たちが住んでいると噂されるが誰も確かめたことがない。
なんせ、あの勇者ノブアキですら到達しなかった場所なのだから。
(普通に考えて、いくら冒険者たちでもここまで来ないだろうな。帰郷の羽が使えないなんて、迷ってしまったことを考えるとゾッとするよ)
今でも不思議な力で守られ生きているこの遺跡下層のフロアにて、アルムは深部へと使いにやったサイクロップスたちを待っていた。そう、この遺跡は彼らの故郷だったのである。
(お、帰ってきた)
ズシン、ズシンと音を立てながら、フロアの向こうから現れる巨大な人影が二つ。深部へと使いにやったサイクロップスたちが帰ってきたのである。深部へは彼らしか知らない道を通らないと
なぜアルムは彼らを故郷である深部へと使いにやったのか? それはやはり、強力なアルベドニウムに対抗する手段を得るために他ならない。
サイクロップスには他の魔物とは明らかに違う、異彩を放つ伝説があった。彼らは太古の昔、この星の外から船に乗ってやってきたのだという。巨体で聡明な彼らの王は、地上の生命との争いを避けるため地中深くに街を造り文明を築いたのだと……。
(もしその話が本当なら……いや、こんな遺跡を造ってしまうほどの恐るべき技術を持つ種族だ。何かアルベドニウムを打ち破る方法を知っているかもしれない)
まるで雲を掴むような話、それでも今のアルムとってはどんな小さな手がかりでも欲しかった。しかし、戻ってきたサイクロップスたちが浮かない表情をしながら渡したアルベドニウムを返してくるのを見るに、アルムは交渉が失敗したことを悟る。
「……そっか、仕方ない。でもありがとう、出戻りは色々と辛かったろう?」
ねぎらいの言葉をかけるアルムに、巨人たちは
「オラたちの王さま、もっど優しぐて親切だど思ってだ! でも違った!」
「オラだち見るなり、『上のフロアは使わせてやるからこっちに争い持ち込むな』そう言ってきだ!」
話しながら彼らは
「オラだち、あるべどにうむのこと聞いた! でも相手にもしで貰えねがっだ!! 『我らはセンシュボウエイがモットーだから、仲間も武器も貸せない』って!」
「王さま、ケチンボ! それにとてもワカラズヤ! 戦いを終わらすための戦いだって言っても、聞いでもくれねがっだ! 地上の争いは地上人だけでやれっで! オラだち魔王様の力になれない! クヤシイ! とてもカナシイ……!」
遂にはぶるぶると震え、巨大な一つ目から涙をこぼし始めるサイクロップスたち。
「いいんだ! 君たちや君たちの王さまが悪いわけじゃない! 僕が色々無理を言ったんだよ! 君らの王さまはケチン坊でも分からず屋でもないよ! 賢明な判断のできる素晴らしい方じゃないか! だからもっと誇りを持って!? ね?」
アルムは必死になって彼らを慰めた。自分よりも大柄な者が涙を流す様は、まるで心臓をえぐられるかのように
身振り手振りも加え、説得すること数分。アルムがクタクタになった頃、ようやく彼らの表情に笑顔が戻った。
「軍師、ありがど。オラだちもう大丈夫! 武器も仲間もないげど、合金術の秘伝書くすねできだ! ガハハハハハ! ザマミロッ!」
「オラだちもう地下戻らない! ずっど魔王軍と一緒!」
「はぁはぁ……そ、それは助かるよ。ところでさ……」
彼らの機嫌がよくなったところで、今度はシャリアの刀について尋ねてみた。アルベドニウムを真っ二つにできるほど固い金属、彼らが造ったのではないのだろうか? もし量産できたならとても力強いだろう、シャリアは怒るかもしれないが……。
「魔王様のカタナ、オラだち知らない。それに恐れ多くで、聞くごとでぎない」
「まぁそうだよね……」
「でも魔王様の力、武器だけじゃない。武器なくても、魔王様強い!」
「武器の性能に依存してない可能性があるってことか……なるほど、わかったよ」
一通り話が終わると、サイクロップスたちは寝床に戻ると言って去って行く。
その後姿を、アルムは複雑な面持ちで見送った。
(地下には戻らない、か……。故郷を離れて寂しくはないのだろうか)
彼らはサイクロップス族の中でもはみ出し者で、あくる日ひょんなことから地上へと出てしまったらしい。暫く表層部で暮らしていたが、人間に見つかり戦いの日々を送っていたところ旧魔王軍にスカウトされたとのことだった。
(それにしても、『専守防衛』なんて言葉が魔物からでてくるなんて。もしかすると彼らは僕が思っているよりも、遥かに高度な文明を持つ種族ではないだろうか……)
そうなってくると連想するのが、いつしか魔王城の隠し部屋で会った異界の王だ。この星の外も「異界」には違いない。まさか異界人とはサイクロップスのことではなかろうかと考え出したが、異界人であるラムダ補佐官の姿を思い浮かべ
(……うん、考えすぎだ。なんでも無理やり結びつけるのは良くないな)
一人苦笑し、辿り着いた増設エレベーターに乗ると上層階を目指すのであった。
「あー! アルムいたーっ!」
上層部のフロアには、魔王軍の待機スペースがある。ある程度プライベートを保つため仕切りがされているわけだが、自分の区画を訪れるなりセスに叫ばれてしまった。
「どこ行ってたんだよ、まったくー!」
「どこって、会議の後に他のフロアに……あれ? マードル?」
「お邪魔しとりやす、坊ちゃん」
「ど、どうしたのその恰好!?」
セスと一緒にリザードマンのマードルもいた。彼を見るなり、アルムは吹き出してしまう。なぜなら髭の生えた付け鼻に、息を吹くと伸びる筒紙を装着していたからだ。マードルが喋るたび、筒紙がピューと多方向へと伸びた。
「あ、これは取引商品の売れ残りでやすよ」
「さっきまでジークをあやしながらアルムを待ってたんだ。 大変だったんだぞ」
マードルはリザードマンでも珍しい旅商を営んでいた経歴がある。座っている彼の膝を見ると、ファーヴニラの子のジークフリードがスヤスヤと寝息を立てていた。
「そういうことか。で、僕を待っていたって? ファーヴニラはどこに?」
二人は急に神妙な顔つきとなり、小声で話し始めた。
「さっきマードルが怪我したファーヴニラを見つけて魔王城に連れてったんだ」
「そうなんでやすよ。坊ちゃん、ご存じでやしたか?」
「え……」
内緒にしろと言ったのに、マードルにバレてしまっていたとは!
慌ててアルムはこれまでの経緯を説明した。
「なななな、なんですと!? 内緒だったんでやしたか!?」
「まさかマードル、他の誰かに話しちゃったの!?」
「ここへ来るまでの行き会ったリザードマン2、30人くらいに……」
アルムは思わずズッコケた。
セスも大きなため息をつく。
「あーあ……どうすんのさ? 機嫌損ねてここを出てっちゃうかもしれないよ?」
「どっどどどど、どうしやしょう坊ちゃん!? 知らずとはいえ、あっしは……」
「う、うーん……どうしようか……」
大変なことをしてしまったとまっ青になるマードルだが、これはもうどうしようもないだろう。正直に言って頭を下げるしかない。
『……ここでよいぞ。ご苦労であった』
聞き覚えある声に一同ドキリとする。亜人の娘に付き添われ、丁度ファーヴニラが帰ってきたのだ。手には杖を持っている。
「すまぬ、ジークが世話になったな。おや、アルムもいたか」
「あ、う、うん。あの……」
「うむ?」
ジークを受け取りながら不思議そうにする魔黒竜。
と、ここでマードルが大袈裟に土下座を始める。
「魔黒竜さま! 申し訳ありやせんっ!! あっしとしたことが、魔黒竜さまのことをべらべらと他言してしまいやしたぁぁぁ!! この償いはあっしの命でぇぇぇ!!」
「……? 一体何のことだ?」
言われ、マードルはアルムが口止めされていたことを自分が他人に喋ってしまったと説明し出す。始めはポカンと聞いていたファーヴニラは、やがて笑い出し、そして小さく息を吐いた。
「あぁ、そういえばお前には口止めしていなかったな。それにもうよい。ここに来る途中でルスタークにも出くわしてしまってな、しつこく心配してくるので話してしまったところだ」
「ええええ!?」
(……ルスターク将軍、ファーヴニラの怪我のこと知らなかったんだ……)
ヘナヘナと崩れるマードルに、思わず固まってしまうアルム。
「下手に隠そうとして皆には逆に迷惑をかけてしまったようだな。しかしアルムよ、ルスタークが知らなかったのを見るに、お前は私との約束を守ってくれていたようだな。その心使い、大いに感謝するぞ」
「それはどうも……、え?」
ふいにファーヴニラはアルムの髪をかき上げると、
「いっ!?」
「ふぁー!?」
「────っ!!!」
「ふふっ、こうするとお前が喜ぶとキスカの奴から聞いていたのだ。……では世話になった、失礼する」
そう言うとジークを抱え、杖をつきながら去って行ってしまった。
残された三人は三者三様の顔をするも、いち早く不穏な空気に気づいたマードルは『あっしはこれで』とやはり逃げるように去って行くのだった。
(あの人ってこういうことするんだ……ってキスカが元凶か!……はっ!? )
ここで、アルムはようやくセスの方に気づく。
「い、いやセス! 今のは違うからね!?」
「……だーかーらーさー!」
セスはアルムの顔の前まで来ると、おでこに小さく拳骨した。
「あたしはあんたがそういうことになっても気にしないって、前にもいったじゃん! ましてや子持ちや恋人持ちにされて赤くなるあんたの方がどうかしてるっつうの!」
「あ、う、うん。そ、そうだね。そうだった……」
「それよりもさ……」
「それよりも……?」
思わず聞いてしまったことを、アルムは死ぬほど後悔した。
「どちらかといえばさ、あんたからあの女の匂いがする方が嫌かな……あははっ」
(ひっ……目、目が笑っていない……)
心から恐怖するアルム。
しかし、これを遥かに上回りアルムへ女性不審のトラウマを植え付けることになる出来事が起こるのは、もう少し後になってからの話である。
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