人に過ぎたるもの


「ノブアキ様が帰った!? 俺たちを残して、勝手に!?」


 勇者に帰られてしまい、冒険者たちは路頭ろとうに迷う羽目となった。


 ここは砂漠の。乗ってきた砂上バスはほとんど破壊されてしまった。帰郷の羽を使えば帰れることは帰れるが、死んだ人間を放っておけば魔王軍の手先にされてしまう。生前仲間だった者が死霊となり襲ってくる……それだけはなんとしても避けなくてはならなかった。


 死体は動ける生存者の数より圧倒的に多く、爆風によって粉々に散乱していた。日はすでに西へ大きくかたむいており、もうすぐ冷たく危険な砂漠の夜がやってくる。冒険者たちに残された時間はあとわずかであった。


 と、この地獄を数台のサンドトラックが通り過ぎようとする。

 裕福な冒険者たちのパーティだ。


 彼らは皆から離れた場所に固まっていたため、爆発の被害とリザードマン襲撃を受けなかった。そればかりか骸骨兵が現れた時も戦おうとせず、遠巻きから眺めていただけだったのだ。


「止まれーっ!! どこへ行くっ!? 死者の埋葬まいそうに協力してくれ!!」


 走ってくるトラックの前に立ち塞がり、両手を振って止める手負いの男。

 かろうじてトラックは止まるも、運転席と荷台からすぐに罵声ばせいが飛んできた。


「死体運びしろだと!? 俺たちが手伝う道理は無いね! 邪魔だからどけっ! 」


 無慈悲な言葉を浴びせられるも、手負いの男はなおも食い下がる。


「協力し合うのが冒険者だろ!? 一人でも助けが必要なんだ! 協力してくれ!」


 これに荷台へ乗っていた男が手負いの男へつばを吐いた。

 続いて便乗びんじょうするかのように、手負いの男に向けて酷い言葉の雨が降ってきた。


「油断してやられる雑魚ざこどもに相手してる暇なんか無いね!」

つゆ払いご苦労さん! 死体運びもがんばってね!ギャハハハッ!!」

「どかねぇとお前も死体になるぜっ!?」


 手負いの男は唖然あぜんとし、去りゆく数台のトラックを見送ることしかできない。

 やがて我に返ると悔しさを押し込み、死者のとむらいへと戻るのであった。


…………


 同じ頃。大砂漠南の森から飛び立った魔黒竜ファーヴニラは、そのまま北上してグライアス補給線であるオアシスを目指す。彼女の目的はオアシスの威力偵察だ。


(……勇者どもは砂漠にこんな物を……さて……)


 ファーヴニラは眼下に収めたオアシスの中で、最も大きいものへと目標を絞り、急降下しながら火炎弾を吐いた。結界などが張られている様子はなく、火炎は茂みに燃え移るとたちまち広がった。



『敵襲ー!! 敵襲ー!!』


 空から火炎弾の急襲を受けた第二十三オアシス補給基地。警報が鳴り響く中で、駐屯ちゅうとんしていた兵士らは慌ただしく走り回った。間の悪いことに機動部隊隊長のアレイドがまだ偵察から戻ってこない。指揮系統は一時混乱を極めた。


「魔黒竜ファーヴニラだ! 迎撃の許可が降りているぞ!」

「あの竜はノブアキ様の味方だったのでは!?」

「ここを攻めてくる奴は誰であろうと敵だーっ!」


 この補給基地にはグライアス機動部隊の秘密兵器が置かれていたのだ。もし破壊されることがあっては一大事、それこそ銃殺刑まである。


「対空砲火準備! よく引き付けて狙い撃てっ!」


 空へ向け砲撃が放たれるも、命中したのかはわからない。

 魔黒竜はそのまま北へと飛び去ってしまった。


 だがホッとしたのも束の間。

 ファーヴニラは大きく旋回し、再び基地へと攻撃を仕掛けてきた!



『おーい! ファーヴニラ! 私だー!! 攻撃を止めて降りてこい!!』


 突然の声に兵士たちは誰もがギョッとした。この状況で目立つ場所から上空へと呼びかけている者がいたのだ! 勇者ノブアキである!


『おーい!! ……うおぉぉぉ!? わっちゃっちゃっ!!』


 ノブアキに気付かなかったのか、ファーヴニラは大型倉庫に火炎弾を放ち、そのまま南へと飛び去ってしまう……。そして再び戻ることはなかった。


「何なのだあいつは!? 相互不可侵の盟約を破るばかりか私に気付かないとは! もしやあいつ更年期か!?」


──冗談を言っている場合では無いと思いますが……


 当然ながらノブアキもわかってはいた。魔王軍の行動にファーヴニラが関わっているに違いないのだ。魔王と一緒に飛んでいる写真までれてしまったのだ。


「……なぁ、アル。私はファーヴニラとも戦わねばならんのか?」


 燃え盛る補給基地。消火活動に奔走ほんそうする兵士らに目もくれず、ノブアキは静かにファーヴニラの飛び去った空を見上げた。やがて光る粉が舞い降りてくる。


──魔王軍の魔物が散布していたものと同じ粉です

──間違いなく今のファーヴニラは魔王軍の仲間です


「……」


 かつて戦った仲間が今度は敵として立ちはだかる。異世界の映画やTVゲームで散々目にしてきた展開……。しかしまさか自分の身に降り掛かってくるとは……。


「……そうだな、致し方あるまい」


 消火活動に苦戦している所へ魔法で雨を降らせると、ノブアキは静かにつぶやいた。



…………


 その暫く後、巨人の遺跡へと向かった裕福な冒険者たち。長い谷のような地形へ差し掛かり、おもむろに次々低地へとりてしまった。最新式のサンドトラックとたかをくくっていたのが運の尽き。下りたはいいが登れなくなってしまっていた。


「お前らのせいだぞ間抜けども! どうしてくれんだ!?」

「あぁ!? 勝手に後ろからついてきた馬鹿は黙ってろ!」


 リーダー同士が言い争いをするも、すぐに時間の無駄だと気づく。

 低地を走り続け、砂の斜面が登れる場所を見つけようということになった。


「俺たちは北へ向かう! 今度はついてくるなよ!」

「上等だ! こっちは南だ!」


 三台のトラックは北へ向かい、一台のトラックは南を目指すことにした。


「ねぇ、本当にこっちであってるわけ? 北のほうがよかったんじゃ……」

「知らねぇよ。砂漠に地図なんかねぇんだから」


 そう、砂漠では常に地形が変わる。ゆえに明確な地図など存在せず、だからこそ砂漠は危険なのだ。過去に砂丘の下で一夜を明かそうとした冒険者たちが、数十年後砂の中から骨で発見された事例もあった。


「おい止まれ! あそこに何かいるぞ!」


 ヘッドライトで照らされた先に大きな影が見え、トラックは急停止する。

 武器を手に取りトラックから降りると、影を集光石のカンテラで照らした。


(女……?)


 それは大きな布を被った女だった。てっきり魔物かと思っていた男たちは安堵あんどの表情を浮かべる。それが女には可笑しく目にうつったのか、ニッコリと笑みを見せてきた。布の下から露出の高い服が見え隠れしたのも手伝い、男たちはたちまち女に魅了されてしまった。


「へへっ、見ろよ。こっちに来て正解だったろ?」

「姉ちゃんどこへ行くの? よかったら乗せてこうか?」

「ここらへんに詳しかったら一緒に案内してくれよ」


 男たちはニヤニヤしながら女を招こうとする。

 これにはトラックに残っていた女戦士がカチンときた。


「馬鹿じゃねーのっ!? こんな砂漠に一人歩いてる奴なんかいるか!!」


 女戦士は布を被った女に向け、トラックに備え付けてあった機関銃を乱射した!

 

「うわぁ!?」

「あっぶねぇ!!」

「何しやがるブス!!」


 とっさに女から離れ、我先に身を伏せる男たち。


「あ、あれ? いない……?」


 そして起き上がり、驚いて周囲を探す。女の姿がどこにもなく、砂の上に大きな布が落ちているだけだったのだ。


「何だ今のは……まさか化け物じゃ……」

「おい! 今度は何か音が聞こえるぞ!?」


 女の姿が消えたのと同時に、何か前方から大きな音が聞こえ始めた。何だろうと思った刹那せつな、皆はトラックを捨て一目散に砂の斜面を登り始めた。


 低地を大量の流砂が押し寄せてきたのだ!


 裕福な冒険者たちはトラックごと砂に押し流されていった……。



(……もっと大勢巻き込みたかったけど仕方ないわね)


 巨人の遺跡のフロア一階。魔物たちが忙しく動き回る中、亜人のセレーナは一人背もたれ椅子に腰掛けてタブレットを眺めていた。そこへアルムたちが魔王城から転移し、彼女へと近づく。


「あー! さっき偉そうにしてたくせにサボりだ!」


 セレーナにセスが大声を上げ、指差す。

 確かに冒険者たちの残党をらす役目があった筈である。


失敬しっけいな! 私の仕事はこの通り半分終えましたけど!?」


 そう言って彼女の差し出したタブレットには、流砂の罠に押し流された冒険者とサンドトラックが映っていた。生き残った冒険者がなんとか砂からい出ようとするも、待ち構えていたゴブリンやブルド隊に駆逐くちくされていく。


「戦場におもむくだけが戦いではなくてよ? 敵の手の届かない場所から確実に術中へとおとしいれる、術士の基本だわ」


 あらかじめ流砂をせき止め、冒険者が来たら一気に押し流す罠だったのである。布を被った女はセレーナが幻影で作り出したゴーストの変わり身だったのだ。男ばかり多い冒険者たちの餌になればと用意していたが、勝手に自分たちから低地に下りてしまったのであまり意味はなかったが……。


「では状況が落ち着き次第、他の黒魔術師も連れてブルド隊長たちを迎えに行ってくれないか? 残り少ない帰郷の羽を節約したいし」


「……承知しております、軍師様」


 アルムの言葉に少しムッとした態度で席を立ち、セレーナは行ってしまった。


「……あまり信用されていないのかなぁ」


 セレーナが去った後、ついアルムから弱気な言葉がれた。


「……まぁあんた他の魔物に比べて弱っちそうだしね。でもあんな高慢こうまんちきな女の言うことなんか気にしなくていいよ。別に信用なんかされなくてもいいじゃんか」


「でもそれだと意思疎通そつうに支障が出て作戦が……」


「アルム、アルム!」


 アルムとセスの間へ入るように、くっついてきたジークフリードが飛び回る。


「でもアルム、アルムはとっても強いんだろ?」


 唐突に言葉を発し、くりくりした目でじっと見られ、アルムは思わずたじろぐ。


「えっ? ジーク、どうしてそう思うんだい?」


「だってママが言ってたよ。強くなりたければ、まず『かしこさ』から学べって。でね、アルムと一緒にいれば色々変わったことが学べるから一緒に居ろって」


(ファーヴニラはそんなことをこの子に教えたのか!?)


 この瞬間アルムはガーンと頭を殴られた感じがし、今までジークが自分へなついていた理由がわかった。……要は勝手にファーヴニラから子供の教育係にされてしまっていたのである。


「あ、ママが帰ってきた!」


 呆然と突っ立っているアルムと今にも吹き出しそうなセスに構わず、母親を見つけたジークフリードは飛んでいった。


「ママ! たぶれっとでママが暴れるとこ見てたよ! とってもカッコよかった!」


 勝手に子供の教育を押し付けるとは迷惑極まりない話だ。詰め寄って文句の一つでも言ってやろうかとアルムは考えるも、少々ファーヴニラに違和感を感じた。


(……ん?)


 ファーヴニラは飛び付こうとしていたジークを抱きとめず、目も合わせようともしなかったのだ。それどころか表情が曇って見える。


「少しアルムと話がある。セス、ジークと遊んでやっていてはくれぬか?」

「え? まぁいいけど……」


 セスにジークフリードを預けると、アルムの耳元でついてこいとささやいた。



「っ!? ファーヴニラ!? 一体どうしたんだ!?」


 広い遺跡のフロアを歩いていたファーヴニラは、突然柱へもたれかかるようにしてうずくまってしまった。表情も苦しそうで、腹部から血を流しているようだ。


「……何か布のようなものはないか? 私の血は人間にとって猛毒だ、じかに触れないほうがいい」


 言われアルムはハンカチを取り出す。ファーヴニラはそこへ金属の破片のようなものを数個置いた。


「これは……!」


「……城から私の様子を見ていたのだろう? 人間から攻撃を受けた時、これが鱗を突き破って刺さってきたのだ」


 アルムはハッとする。確かにファーヴニラは対空砲火を受けていた。

 まさかこれが対空砲の弾の破片で、魔黒竜の鱗を突き破ったというのか?


 シャリアの神術にすら耐えてみせた、魔黒竜の鱗を……!


『熱や衝撃に恐ろしく強い金属、武器や防具を造られたら一溜まりもないぞ』


(まさかこの破片がグラビオの言っていた……アルベドニウムなのか!?)


 黒い魔黒竜の血のついた破片を見て、全身の血が凍る錯覚を受けた。

 誤算であった。グライアスはアルベドニウムを既に実戦投入していたのである。


「……これは我々竜族を脅かす存在になる。竜族の長がこれを知れば人間との争いは避けられぬだろうな。……それを未然に防ぐためにも私は……これでお前たちに協力する理由が、またできてしまったな……」


「それより今はすぐ医療班にて貰った方がいい!」


「この程度少し休めば治る。誰の世話にもなるつもりはない、放って置いてくれ」


 このことは誰にも話さないで欲しい。そう付け加えファーヴニラは暗いフロアの奥へと歩いて行ってしまった。


(……対空砲火だけじゃないはずだ。恐らく他の武器も……)


 もう既に遅いのかも知れない。しかしアルムはアルベドニウムを解析してもらうべく、魔王城にいるノッカーたちの元へと急ぐのであった。

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