虚石の罠

 

 骸骨兵団の待ち伏せを退けたノブアキと二千を超える冒険者たち。一苦難を乗り越えた彼らは団結する重要さを再認識するのだった。


 しかし問題は謎の巨石群と、更に向こうの巨人遺跡にある。


「罠かも知れん以上、うかつには近寄れんな。そういえばアル、どうしてさっきは事前に魔物がひそんでいるとわかったんだ?」


 アルムと対峙たいじした際はブルド隊出現に気づくことすら出来なかったというのに。


──さっきのスケルトンたちは大分前から砂の中に潜んでいたのでしょう


「奴らずっとあそこで待ち構えていたのか? ……なんと言うかご苦労様だな。だがアルムの時は砂の中に潜んでいたわけではあるまい? 」


 ノブアキの問いに転移魔法を駆使くしして奇襲してきたのだとアルビオンは告げた。しかし転移魔法は転移先を設置しないと使えない。この世界の転移魔法理論がそういうものだからだ。ずっと真実の目でアルムの行動を観測していたが転移先を設置している仕草は無かった。事前にあの場所へ用意していたとも考えにくい……。


「すると魔王軍は転移先をもうけず自由に瞬間移動できることになってしまうぞ!? 奴らラフェルの持っていた『英知の杖』を解析して量産したとでも言うのか!?」


──まさかそんなこと! ……ありえない……神具を複製させるだなんて……


 考えただけでも恐ろしいことだが、それはないとすぐに悟る。いずれにせよまた魔物が急に現れるのだけはごめんだ。念を入れノブアキを含めた偵察隊を編成し、巨石群へ送るむねを冒険者たちにも伝えた。


 名乗りを上げ選ばれたのは有識者を名乗る魔道士、どういうわけかこの場に存在した古代遺物研究者(前ページ参照)、そしてトラッパーたちであった。


 トラッパーというのはRPGで言う盗賊シーフのような職種を指す。冒険者と一緒にダンジョンへとついて行き、罠解除やマッパー(ダンジョン地図の作成をする職種)の役割をになうことからこう呼ばれている。非常に手先の器用な便利屋だ。

 盗賊と違うのは彼らに対する偏見へんけんが無いこと。むしろ高い教養と経験をそろえていないとなれず、国家試験まで存在する。普段は冒険をすることがなく建築家や庭師をいとなんでいる者がほとんど。彼らをやとい冒険に行くことはそれだけでステータスにもなった。


「よし、みんな慎重しんちょうに行けよ? 押すなよ? 絶対に押すなよ?」


 尻を突き出し奇妙な姿勢で巨石に近づくノブアキ。これを見た他の者は不気味に思いつつ吹き出しそうになるも、やがて構わず巨石の調査へと乗り出すのだった。


「ぬう、スルーされてしまうとはみんな冷たいな……。ところでどうだ? 転移先の刻印レリーフなどは発見できないか?」


──石に文字が書いてあること以外は……見慣れない文字だ……でもどこかで……



 その頃、魔王城の中庭にて。リザードの将ルスタークがタブレットでこの様子を見ていた。遺跡を調査するノブアキたち。少し離れた場所で傘を広げ、交流も兼ね休息する冒険者たち……その数二千強!


(ざっと見て二千……たった二千程度か……)


 ルスターク将軍は自分の隊の倍以上の数を見て驚くばかりか、むしろ残念そうに目を細めた。やがて頃合いと見て、小型通信機のスイッチを入れる。


「始めろ!」


──作戦開始!



…………


「……特に変わった様子はないな。おい、この文字は一体何なんだ?」


 魔法やアイテムを使い調べていたノブアキだったが諦め、ちかくのトラッパーに尋ねてみた。


「うーん……エルフの使う文字に似てるようですがさっぱり……」


──エルフ……? そうか! 古代エルフ文字か! 読めるかも知れません!


「本当か!?」


 真実の目から翻訳ほんやく補助の力を引き出し、アルビオンは解読を始めた。


──北方の守護者……英雄ダムド、とあります……これは一体……


「ダムドだって? では他の巨石の文字は?」


──悪魔の魔道士ラフェル…………の、のぞき魔僧侶アルビオン!?


「ぶっ!」


 思わず吹き出してしまったノブアキにアルビオンはムッとする。


──貴方のこともありましたよ! ……色欲と怠惰たいだ化身けしんノブアキ!


「ぐはっ! ……な、なんだこれは! まさかこの巨石群は……!?」


──ノブアキ! 遠方に魔物が現れました!


 ノブアキが何かに気づくもアルビオンの敵襲通知によってさえぎられた。

 頭に次々とビジョンが送られてくる。

 遠方の小高い砂丘に現れた複数のリザードマンたち。

 明らかに異世界の技術を流用したと思われる長い銃を持っているではないか!


「この銃、写真で見たことがあるぞ! 長距離狙撃用のライフルだ! い、いや待て! 奴らはどの辺りにどのくらいいる!? 狙いは!?」


──相手は五……六……狙いは冒険者たちです!


「し、しまったっ!!!」


 気付けばノブアキは冒険者たちが駐屯ちゅうとんしている場所へと走り出していた。普通に考えれば二千もの大群相手に数名のスナイパーが襲ってきてもどうということはないだろう。そして戦略にしてはあまりに非効率すぎる。


 だがノブアキは考えるよりも先に、嫌な予感が過ぎったのである。



「やめろおぉぉぉぉ──!!! みんな逃げろおぉぉぉぉ──!!!」



『撃て!』



 宴会ムードだった冒険者たちの横を、小さな何かがかすめた。

 これには誰も気づかなかった。

 今度は誰かのかぶとに直撃し、当たった者は前のめりに倒れた。

 ここでようやく冒険者たちは異変に気づいた。


『第一射撃完了! やれ!』


 狙撃手の一人、年老いたリザードマンが通信を送る。

 

 次の瞬間、冒険者たちの間から激しい爆発が起こった!


「敵っ!? うおぉ──!?」

「キャァァァァ──!!」


 冒険者たちの集まっていた場所が次々と爆発し始めた。敵を探すも周囲には何も居ない。逃げようとするも逃げた先からまた爆発が起きる。かろうじて死をまぬがれた冒険者は悲鳴を上げて逃げ惑い、散り散りとなっていった。


(ちくしょう! ちくしょう! ちくしょうっ!)


 とにかく戻ろうとサンドモービルにまたがるノブアキ。

 しかしあせれば焦るほどエンジンに火が入らない。


 ようやくモービルが動いた頃には遠方からの爆音も鳴り止んでいた。



『撃ち方止め! 送迎そうげい弾装着! 狙いよーし! 撃て! ……狙撃隊撤収!』


 年老いたリザードマンは小型通信機から指示を飛ばす。

 自らも逃げ惑う冒険者たち目掛け一発撃つと、帰郷の羽を使用し姿を消す。


 何とか爆心地から離れようとする冒険者たちの前に、今度は突如としてリザードマンが姿を現したではないか!


「かかれー! 一人たりともなさけをかけるなー!」


「う、うわっ!?」

「魔物が急に!?」


 手負いの上、混乱を極めている冒険者たちはこれをまともに反応できない。次々現れるリザードマンらによって真っ二つにされ、首をねられた。僧侶や魔道士の中には女性もいたが、武器を持った戦士とみなされ曲刀シミター餌食えじきとされてしまった。


 戦いというより一方的な殺戮さつりく……。

 冒険者たちが絶望の境地に立たされたその時、ノブアキの声が響いた。


『貴様らっ! 勇者ノブアキが相手だーっ!!』


「ノブアキ様!?」

「ノブアキ様っ!」


 魔法防壁を張り防戦一方だった冒険者たちは、確かに救いの声を聞いた。

 そしてこの時、不可解なことが起き始めたのだ。


『勇者が来たぞー! 撤収だー!』

『勇者だー! 手はず通り逃げるぞー!』


 リザードマンたちが口々に「勇者が来た」と叫び、姿を消し始めたのである。

 ノブアキが到着した頃には、リザードマンは一体残らず姿を消していた。



「……なんと……なんということだ……」


 くすぶる黒煙……破壊された何台もの砂上車……見渡す限りの死体の山……。

 地獄絵図を目の当たりにし、ノブアキはガクリと膝をつく。


「なぜだ……! 一体何があったって言うんだ!」


──ノブアキ、足元の死体を調べてみて下さい


 言われるがまま黒げの死体を調べるノブアキ。

 すると銃弾と思わしきものを発見し、拾い上げる。


「っ!! そういうことかっ!!」


 銃弾には小さな刻印レリーフが刻まれていた。


──やられましたね……私もうかつでした……


 謎の巨石群は完全なおとりだった。異世界には「将をんとすればず馬を射よ」という古語がある。アルムの狙いは勇者ノブアキではなく、取り巻きの冒険者たちだったのだ。

 ノブアキと冒険者を引き離し、転移先を刻んだ銃弾を撃ち込む。設置された転移先へ次々と送られたのは爆発寸前となった爆弾であった。それからとどめとばかりにリザード部隊を送り込んだのである。


 皮肉にも今回の作戦はラフェルがアルムにした行為をそのまま利用したものだ。

 ブルド隊が急に現れたトリックも、水筒すいとうふたに転移先がされていたものだった。


(こんな、こんな子供だましにしてやられたのか……! 俺はまだアルムを見くびっていたというのかっ!? )


 悔しさがこみ上げるも、息のあるものを探して回復魔法をかける。

 そのうち冒険者たちの間で言い争う声が聞こえてきた。


『てめぇ! 俺の女に何しやがるんだっ!!』

『馬鹿野郎!! だったら黙って手伝いやがれ!!』


 生き残った冒険者たちは死体を一箇所かしょへと集め始めていた。積み上げられた死体に僧侶が聖水をかけ、聖なる炎で燃やし始める。魔王軍に利用させないためだ。


 その光景を見てノブアキはなんともやりきれない気分となった。

「英雄は大勢もいらない」と豪語していた自分を殴り飛ばしてやりたくなった。


──傷心しょうしん中のところすみませんがノブアキ、更に悪い知らせがあります


 そして送られてくる悪い知らせのビジョン……。


「すまないが私は戻らねばならん。皆にはよろしく伝えてくれ」

「……ノブアキ様?」


 近場に居た冒険者へ声を掛けると、ノブアキは帰郷の羽を使用するのだった。




 この一連の様子を遠巻きから双眼鏡で眺める者があった。グライアス機動部隊の若き隊長、アレイドである。まだ二十歳にも満たぬ少年であるが、貴族の出でありルークセインからも期待されている人物だ。


(あれが魔王軍か……。なるほど、うわさ通りの奇策きさく神出しんしゅつ鬼没きぼつさだな。しかし我が機動部隊の敵ではないな)


 くせっ毛の髪をかきあげると口元を緩める。今回の作戦が成功すれば出世が見込まれ、次期グライアス領主への近道となるだろう。彼の野望は果てしなかった。


「……アレイド様! オアシス補給基地から無線連絡、未確認の巨大飛行体が迫っているとのことです!」


「すぐ戻るぞ。迎撃を許可すると伝えろ」


「はっ!」


 アレイドを乗せた小型砂上車は、来た道を戻り始めた。


「ところで君、その巨大飛行体が何かわかるか?」


 同乗していた兵士にアレイドが尋ねる。


「いえ、私には……。アレイド様には心当たりが?」


「魔黒竜ファーヴニラさ」


 アレイドは淡々とした口調で答え、口元に笑みを浮かべるのだった。

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