冒険者たち、死の砂漠へ


 勇者ノブアキは砂上バイクサンドモービルにまたがり、これから戦場におもむくことをアルビオンへ念話で伝えた。


「つい勢いで冒険者たちにゴーサインを出してしまったが、ある程度の指標を自らしめさねばなるまい。アル、これから私が向かう先は巨人の遺跡でいいか? 魔王軍は今も遺跡に駐屯ちゅうとんしているのか? 真実の目で調べて欲しい」


──あまり私の神具に頼らないで下さいね


 神具は大変便利だが使用者の精神力をいちじるしく消耗させる。それはアルビオンの「真実の目」であっても同様なのであった。


──いました、魔物の大群です

──リザードマン数百……巨人も居ます……魔術師らしき者も数名……


「ふむ、数が少ない気もするが……アルムや魔王もそこにいるか?」


──今は見つかりません……ですが遺跡の外にもっと気になるものがあります


「気になるもの?」


 ここでアルビオンは巨人遺跡の西で見つけたという、奇妙な巨石群のビジョンを送ってみせた。異世界にある「ストーンヘンジ」にも似ているが、これが何なのかまでは見当つかない。巨石一つ一つには意味ありげに文字が刻まれ、大きな宝石が埋め込まれていた。


「……重要なものなのかすらさっぱりわからん。君はどう思う?」


──時をさかのぼって見たところ、最近魔物たちによって作られたようです

──意図いとはわかりません、何か呪術じゅじゅつ的な役割をになっているのか……


「もしくは罠か、そういうことか?」


──はい


 いずれにしても近づいて反応を調べ、危険なものなら破壊すればいいだろう。

 そういう結論に至った。



 一方で大砂漠へと飛び出した冒険者たちはとにかく東へと突き進んだ。冒険者の中には大陸を一めぐりした熟練者もおり、まずは大砂漠内で一番大きいダンジョンと思われる「巨人の遺跡」へ目星をつける。経験の浅い者らがそれについていくことにより、二千以上もいる大集団は粗方固まった進行方向をとるのであった。


 無論、砂漠での単独行動は死を意味すると踏まえての行動ではあるが……。


 道無き大砂漠。少しでも進みやすい地形を走ろうとして、大型の古い砂上バスを新型のサンドトラックが追い抜こうとしていた。


「オラオラ! 道を開けてどきやがれオンボロ車!」

「貧乏人は田舎に帰って牛とたわむれてなっ! キャハハハッ!」


 冒険者にも貧富の差はある。元々裕福な家の出であったり、一発当てて成功した者は自前の乗り物を購入できるのだ。方やその日暮らしで芽の出ない者は金を出し合い、安い砂上バスをレンタルし乗り合いするしか無かった。


「危ねぇだろがクソッタレ! 金持ちだからっていい気になりやがって!」

「やめとけ若いの。バーナード一家の流れを組む者たちだ、関わらん方が良いぞ。それに冒険とは早いもの勝ちではないのだ、急がば回れじゃ」


 戦士風の若者に魔術師らしき老人がなだめる。

 この光景を見て貧乏はみじめだと思わるかも知れないが、下には下がいるのだ。


「僕らは地道に行こうよ。駄目だったら帰郷の羽で帰ればいいし」

「そうなる前に戻ることを考えましょう。帰郷の羽がいい値段で売れるみたいよ」

「タダで乗せてくれる砂上車が後から来ればいいんだけどなぁ……」


 現地で乗り合いの車を探そうとしていた中にはあぶれてしまった者も多数出てしまっていた。そういった者たちは引き返すか、砂漠を徒歩で挑むしか無い。

 同行したグライアス兵士側へ砂上車の借用を願い出るも、グライアス領の住人になるなら考えてやらんこともないと言われあきらめた。グライアスの人間になるということは冒険者をめることと同義である。


 そして更に、これらのななめ上を行く冒険者たちも存在した。


「いやー、砂漠もこうして見るといい眺めだね!」

「教授! 立つと危ないですよ!」


 ある冒険者の一行はダンジョンで発見したアイテムを研究し続けた末、とうとう魔法の絨毯じゅうたんを作り上げることに成功してしまっていた。


「後日私は研究の成果をアカデミーで発表するつもりだ、その時に君たちの名前も協力者として挙げさせて貰う。本当にありがとう、君たちには感謝でしか無いよ」


「教授こそ我々の冒険を優先して頂いて感謝の言葉もありません。……待ってろよ魔王軍! 必ずや悪の源を打ち砕いてやる!」


「なら私はその歴史の目撃者となり、経歴にもう一花ひとはなえようかな。ハハハ!」


 冗談を交え、和気わき藹々あいあいとしながら空を飛ぶ研究者と冒険者一行。

 ゆらゆら揺れる絨毯にしがみつきながら眼下をのぞみ、あるものを見つけた。


「見ろよあれ! 砂上バスの後ろからすごい速さで追い抜いてくのがあるぞ!」

「本当だ! あれは勇者ノブアキ様じゃないか!?」

「やはり魔王城はこの方向でいいみたいだな!」


 まだ制御もままならない絨毯は、ゆっくりノブアキの後をついていくのだった。



──ノブアキ、そろそろ止まって下さい


 砂上車を追い抜きまくり、いつの間にか先頭を走っていたノブアキはアルビオンから声を掛けられた。巨石群はもう目と鼻の先である。


「どうした? ついて来れない者が出始めたか?」


──そうではありません、魔物の大群が潜んでいます


「なんだと!? おーいみんな止まれー! 魔物だー!!」


 砂上バイクを降り、大手を振って後続を止めようとするノブアキ。かれそうになりながらも砂上車は次々と止まり、飛び出した冒険者たちは周囲を警戒するのだった。


「何も見えないぞ……」

「シッ! 油断するな!」


 周囲は平坦な砂漠が広がるばかり。強いて言えば動物の屍と思われる骨が散らばっていることくらいか。


 警戒すること暫く、それは起こった。


「魔物だ!」

「スケルトン兵っ!?」


 砂の中から骸骨兵たちが次々と姿を見せ始めたのだ!


 始めはまばらであったが、冒険者たちの行く手を阻むように数百もの骸骨兵たちがずらりと並んで現れたではないか!

 

『全てを焼き尽くせ! フレイムブレイズッ!!』

『……アスガルドの神々よ、迷える者の魂を救いたまえ……ホーリーレイズ!』


 そして敵が現れるや、魔道士や僧侶たちが遠距離から骸骨たちを焼き払う!

 辺りが豪炎と聖なる光で包まれるも、直撃を受けなかった骸骨兵らが恐れることを知らずに向かってくるのだった。


「あちちっ! このクソ暑い中で炎呪文を放つ奴があるかよ! これだから素人しろうとは!」


 ノブアキがついこう漏らすも、すかさず氷系呪文で気温を中和しようとする魔法使いも出始めた。皆、経験者だけあって寄せ集めなりに連携れんけいはとれるようだ。


『人間たちめ……。この先には行かせぬぞ……! 全軍かかれー!』


 ひときわ大柄で金色に輝くゴヴァ隊長が現れ、骸骨たちが一斉に向かってきた!

 それを見たノブアキはすかさず剣を振り上げる!


「魔法使いは同士討ちに注意しろ! 戦士たちは私に続けー!」


 勇者に遅れを取るなと言わんばかり、冒険者たちは骸骨兵の群れへと突っ込んでいった。


「必殺の! 回転回し切りっ!」

「クロスブレイク改四・レジェンド!」


 先陣を切る戦士らは口々に大技の名前を叫び、次々と骸骨兵をなぎぎ倒していく。ここまでの大群に遭遇したことは誰もない。だからこそ己の活躍の場をつくろうと気が高揚し、斬り込んでいった。


「ぐあっ!」

「うぐっ!?」


 しかし相手は死をも恐れぬ亡者、しかも団体戦を得意とする元兵士だ。

 すきを突かれ負傷する戦士も出始める。


「下がって治療を受けろ! 俺がやる!」

「す、すまない……」


 すると不思議なことが起こった。寄せ集めと思われていた冒険者たちが、戦いの中で次第しだいに連携らしい連携を取り始めたのだ。やられたら素直に後ろへと下がり、後ろにいた戦士が交代で戦う。

 後方の魔道士や僧侶たちも同じだ。攻撃魔法を得意とする者は援護へとまわり、回復を得意とする者は回復役へとてっする。


 その様子はまさに、二千以上の冒険者パーティに他ならなかった。


(ほう……思っていたより皆、できるようだな。いいぞ!)


 時折冒険者たちの動きを見ながら、ノブアキは骸骨兵らの間をい、時には切り払いながら前へ前へと進み続ける。

 そして骸骨兵らに囲まれながら、ゴールデンスケルトンの前にたった一人で行き着いたのである。


「これは驚いたな。確かお前はどこかのダンジョンの中ボスだった筈。まさかまだ生きていたとは思ってもみなかった」


 ノブアキの言葉に、ゴヴァはガチガチと歯を鳴らした。


「あの時の恨み決して忘れぬぞ勇者よ……! この先の制御石へは何人たりとも行かせぬ……! 貴様はここで死ぬのだ!」


 ゴヴァ隊長は大剣の握られた四本の腕を全て振り下ろした!

 勇者ノブアキはこれを避けるべく、高く宙を舞う!


(フッ……)


「馬鹿め! 同じ手は食わぬぞ!!」


 ゴヴァ隊長の口からノブアキ目掛け、破壊光線が吐き出された!

 

「ノブアキ・イリュージョン・ダイナミック!」


 宙を舞っていたノブアキの体が突如とつじょ分身し、剣を突き立てて急降下する!

 ゴヴァの腕と胴体を破壊し、ノブアキは砂上へと着地した。


「グオオオォォー!! ……魔王軍に栄光あれー!」


 大勢の骸骨兵らに囲まれ、崩れ去る金色の巨体……。


「……すまないな、強敵ともよ。三十年という月日は私に更なる力を与えたようだ」


 ゴヴァはこうしてノブアキの前に敗れ去った。冒険者たちはこれに活気づき、益々士気を高める。

 それでも骸骨兵らは主の命令通り、冒険者たちへ向かって行った……。



 この様子をアルムは魔王城の巨大タブレットから伺っていた。骸骨兵団は全滅、一方の冒険者集団は健在。死傷者が少なからず出たかもしれないが無傷に等しい。


「そろそろ行ったほうがよいのか?」


 魔黒竜ファーヴニラに問われ、アルムはタブレットを見続けながら「頼んだ」と答える。ジークフリードを離すと魔黒竜は部屋を出て行った。


(アルム……)


 セスが心配でアルムの顔を見ると、口が固く結ばれひたいにシワが寄っている。

 ジークフリードが甘えてしがみつくも、その表情は変わらない。


「……失礼ですが軍師様、今の状況をどうお思いになられていますか?」


 アルムの隣に立ち、口を開いたのは亜人のセレーナだった。


「……質問の意味がわからないな」


「恐れながら貴方様が、全滅したゴヴァ隊長らを哀れんでおられるのでは、と」


 冷ややかにそう言い放つセレーナへ、割って入ったのがセスだ。


「……あんた魔王と同じように、アルムが甘いって言いたいのか?」


「平たく言えば。……正直に申し上げますと騎士団との戦いから貴方様への疑問が生じておりました。敵方の心配をし、遺品を死者の身内へ送り届けるなど……私には理解が及びません。甘いを通り越して狂気と受け取らざるを得ませんわね」


 そう言ってセレーナは眼鏡を掛け直し、なおも続ける。


「もし軍師様が骸骨たちへ同情されているなら見当違いです。彼らは元々が死んでいて、破壊されることはむしろ浄化なのです。……それともまさか、これから大勢死んでいく人間たちのことを考えておられたのですか?」


「あんた今更アルムにそんなこと言って、何になるのさ!?」


「いいんだセス、考えはそれぞれだから」


 食って掛かろうとするセスをアルムは制止する。


「正直少なからず散っていった彼らにはすまないとも感じているよ。そもそもこの作戦を立てたのは僕だしね。でも前に言わなかったか? 戦いに関して僕はいくらでも非情になれる、とね。これからそれを証明してみせる」


 これを聞いたセレーナはいらぬ心配をしたとび、作戦のため部屋を後にした。


(……)


 セスは再び映像へと目を向けるアルムの横顔を見て、複雑な思いでうつむく。

 その様子を離れた場所からシャリアは黙って眺めていた。

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