英雄は一人でいい


 大陸中央部に存在するアーロンド大砂漠。

 その大砂漠では現在、数多くのオアシスがライン状に出現している。


 勇者ノブアキが妖精王より貰い受けた「オアシスの種」を使用したのだ。

 オアシスの種は文字通り使えばどんな不毛な地でも水がき、木々が生い茂る。


 人間は魔王軍とは異なり空間転移の技術に乏しい上、自ら制限までかけている。大砂漠を突っ切れば補給線の問題が生じるだろう。それを解決するべくノブアキはオアシスで補給線を作ろうとしたのだ。


『冒険者諸君! 遂に魔王軍が現れたぞ! 今こそ君たちの勇気を示してくれ!』


 最前線のオアシスへと逃げ帰ったノブアキは、大勢の冒険者たちを前に剣を振り上げ叫ぶ。これに集まった数千もの冒険者たちは、我先に大砂漠へと向かって行ったのだ。


「お疲れさまです、ノブアキ殿」


 冒険者を見送り高台から降りるノブアキを、グライアス領主ルークセインが声を掛ける。グライアス中央都市に居たのではなかったのか?


「無論すぐグライアスへ戻ります。ですが私は勇者殿の後継者に選ばれた身。戦の初日くらいは顔を見せるべきでしょう」


「良い心掛けだがそんなこと言って、心配になって見に来たんじゃないか?」


 ノブアキのツッコミに笑顔で返すルークセイン。

 作り笑いではなく本当に機嫌が良さそうである。


 というのも戦いが終わった後で、ノブアキたちはオアシスを埋め立て東西を結ぶ高速道路を建設しようと目論んでいたのだ。これによって近年頭打ちとなってきた鉱石車販売の促進そくしんが見込まれる。


 更にグライアスでは鉱石車に取って代わる新たな車両開発を行っていた。

 異世界の「ガソリン車」である。


 鉱石車より遥かに馬力がありスピードも出る夢の車。数ヶ月前ノブアキは大勢の富豪ふごうたちの前で二輪ガソリン車……つまりは試作バイクを乗り回し、実演してみせたのである。そこで大砂漠に道路をく計画を発表し、加えて砂漠油田開発計画も持ちかけた。

 話を聞いた富豪たちはこぞって先行投資を申し出る。結果グライアスには莫大な資金が集まった。高速道路完成後、この資金は更なる巨万の富へと化けるだろう。


「道路の名前はそうだな、『勇者ロード』とでも名付けるか。もう工事は始まっているんだろう?」


「えぇ勿論です。現在並行してショベル機など作業機械を増産させています。工事スピードも格段に上がっていくでしょう」


「ならこちらもしておれんな。早く魔王軍を倒さねばなるまい、ハハハ! ……うーん、そうだな。年明けにグライアスタワーのお披露目ひろめ式典しきてんがあるだろう? その頃までには魔王軍を壊滅させると約束しようじゃないか!」


 ルークセインは驚いた。年明けまで後一月も無い。

 この男、たった一月足らずで魔王軍を壊滅させると言うのか!?


 と、そこへルークセインの側近であり、執事のサジがやってきた。


「お話中、申し訳ありません。たった今、第二十三オアシスにて機動部隊の準備が整ったと連絡がありました」


 見るとサジの顔は先日と違い、れが引いていた。しかし何箇所かはあざとなって残っている。ルークセインを恨んでいる様子が見受けられないのは忠誠心からだろうか……。


遅滞ちたいなく予定通り、と言ったところだな。……ところで、本当によろしかったのですかノブアキ殿。我々の機動部隊でなく冒険者から切り込ませてしまって」


 ルークセインいわく、寄せ集めの集団よりも統率の取れた軍隊を先行させるべきとのことだ。しかしこれにノブアキは首を振る。


「冒険者というのはね、冒険して何ぼなんだよ。危険地へとおもむきようやくその存在意義が見いだせる。戦うか逃げるかの境地に立たされた時、行動でその真価が問われるのさ。私はね、彼らの存在意義のため入り口も出口も用意してあげたのだよ」


 ノブアキは今回の戦いに参加した冒険者へ帰郷ききょうの羽を無償提供した。これが彼の言う「出口」である。


 だが買い占められた帰郷の羽の価格相場が一時的に急高騰きゅうこうとうし、冒険者には羽だけ手に入れトンズラする者が続出してしまう。結果、最前線のオアシスまで来た者は当初の半数程度しか居なかった……。


「それにね、ルーク……」


 ノブアキはルークセインへと近づく。


「魔王軍を倒す英雄は大勢もいらないんだ。そうは思わないか?」


「……」


 すれ違い様に小声で言うと、勇者ノブアキは笑い声を上げながら去っていった。


 死にたい奴は勝手に死んでくれ、とも捉えることが出来る言葉……。

 到底勇者とは思えない言葉だったが、その真意は果たして……。


 ルークセインはノブアキの背を見送った後で、サジに尋ねた。


「今の会話、録音できたか?」


「はい。この通り始終収めました」


 サジはふところから小型録音機を取り出し見せる。


(クックックッ! ……ごくつぶしの愚か者め! ようやく役に立ってきたところ悪いが、神具をもらった後でご退場願おう。せいぜい今は勇者ごっこを堪能たんのうすればいい)


 巨万の富と権力、更には神具の力を自ら手にすればノブアキなど不要なのだ。


(英雄は大勢いらないだと? 俺は一人でいいと思うぞ殿よ。ハハハッ!!)


「サジ、部隊長のアレイドに伝えおけ。折角冒険者どもが先行するのだ、後方より魔王軍の戦術をよく観察しておけ、とな」


かしこまりました」


 ルークセインは臨時設置された転移装置でグライアスへと帰っていった。



 

 その頃、魔王軍は人間の冒険者たちを迎え撃つべく次の手を打とうとしていた。


「まさかグライアスの兵士ではなく冒険者をけしかけるとは。想定外でしたな」


「それでもやるべきことは一緒だよ」


 魔王城にて、アルムとラムダ補佐官は回廊を歩きながら小声で会話する。

 戦場に出た以上、相手が何者であろうと命のやり取りはしなければならない。

 

 アルビオンの神具をあざむくため、現在魔王軍は二つに分けている。砂漠にあった「巨人の遺跡」におとりの部隊を置き、主要部隊は魔王城にて待機させているのだ。


「手前は僧侶の神具がどれほどまで見通せるのか把握しかねまする。囮だと見破られている可能性も加味して下され」


「始めからそのつもりさ。ところでラムダさん、前から聞きたかったけどどうしてこの魔王城がアルビオンの『真実の目』で見えないとわかるの? 理由を教えてくれないか?」


 周囲を見回しながら、アルムは答えを想定し小声でささやいた。


「この城も異界の技術をもちい造られておるからです。異界の技術はこの世界の神の力が及ぶところではありませぬ……とだけ申しておきましょう」


 予想通りの返答が返ってきた。

 アルムがこれ以上のことを聞き出そうとするも、ラムダは教えてくれなかった。


 

 作戦室の扉を開けた途端とたん、アルムの頭に何かが飛び乗ってきた。


「アルム! アルム!」


「うわっ!?」


 ファーヴニラの子供のジークフリードである。


「お前なぁ! なんでそんなにアルムになついてんだよ!?」


 ジークフリードの上へ、更にセスが飛び乗る。両者はアルムの頭の上で揉み合いとなり落下し、セスはジークの下敷きになってしまった。


「ぐえ!」


「子連れですまぬな。どうしても我が子へいくさを見せてやりたくて連れてきたのだ。そろそろ一人立ちもさせねばならぬ」


 そう言いながらジークを拾い上げたのは魔黒竜ファーヴニラだ。


「一人立ちって、まだ生まれて間もないじゃないか!」


「竜は生まれながらにして戦を義務付けられた存在、故に強者なのだ。のう我が子ジークよ、今よりこの母の戦いをお前に見せてやる。圧倒的強者の力をとくと目に焼き付けておくのだぞ」


「ママ、かっこいー!」


 そう、今回はファーヴニラの力も借りるのだ。


 少し前までアルムはファーヴニラを前線へ出すことに躊躇ためらいがあった。なぜなら彼女は勇者と共にこの大陸を救った存在、一部の人間は神同等に思っている者まである。もし魔王軍へ力を貸したことが知れ渡れば、多くの人間が落胆らくたんし、怒りの矛先ほこさきを向けるだろう。

 そしてファーヴニラ自身が魔王軍に手を貸した理由……弱者をしいたげる勇者たちにいきどおりを感じたということにもある。勇者だけでなく弱者にも牙を向けることになるがどうだろうか? そうアルムが尋ねたところ、鼻で笑われてしまった。


『他者を虐げようが虐げられようが、敵は敵であり全てが弱者だ。それに同族ならまだしも人間などに神格化されたところで何の得にもならないさ』


 そして、こうも付け加えた。


『……しかしそういう考えもあるのだな、やはりお前と話をするのは面白い。だがアルムよ。一つ言っておくとすれば、時代が進めば状況も立場もガラリと変化するものだ。善と信じていたものを悪と見切らねばならぬ時も来る。お前にその勇気がそなわっていると私は信じているぞ』


 強者側の視点。

 シャリアの考えによく似ており、正直小馬鹿にされた感もあった。

 それでも自分より遥かに長く生きる者の言葉だからか、悪い気にならなかった。



「捕らえられていたサディの容態ようだいが知りたいな」


 アルムはまず、ココナの代理で報告に来たキスカへと声を掛ける。


「外傷は殆どなかったけど大分衰弱していたわ。安静あんせいが必要ね」


 そしてキスカはサディの口から聞いたことを伝えた。昨晩の夜間飛行中、地上で人影を発見するや否や、まるで吸い寄せられるかように引きずり込まれ、そのまま捕まってしまったらしい。

 残念なことにやはり「スカイブレイド」は奪われてしまったようだ。


(こちらの兵器が敵の手に渡ったか……)


「アルム殿、これは由々ゆゆしき事態ですぞ」


「……大丈夫だよ、打つ手はある。時間が惜しいから先へ進めよう」

 

「承知しました。ではこれより各部隊、作戦の最終確認を行う」


 ラムダ補佐官の声にルスタークは準備万全だと告げる。


「第一狙撃隊、第二攻撃部隊、工作部隊、別働隊も既に配置についております!」


「リザード隊は分散することになるけど、各部隊とも引き際だけは間違えないように。命を粗末にするなとかじゃなくて作戦の成否に関わることだからね」


「再三、再四と言い聞かせましたので御心配なく!」


 力強い将軍の言葉に、アルムは頷く。


「他の皆も大丈夫だね? 何か質問があれば言って欲しい」


「ありません」

「いつでもいけるぜぇー!」

「今度は取り逃がしたりしねえ!」


『ちょっと待て』


 意気揚々とする中、シャリアが待ったをかけた。


「貴様ら、余はまた留守番ではあるまいな?」


 シンと静まる中、皆がまずいと察する。

 

「ご安心を。魔王様の出番も用意してあります。ですよね? 補佐官殿」


 咄嗟とっさに機転を利かすアルムだが、ラムダはきょとんとしてしまう。


「えっ? あー……まぁそうですなー……」


「はっきりと申せ。申さぬなら勝手に出るまでだ」


「ありまするっ!」


「なら始めからそう申せ、まったく……」


 ラムダはあくまでシャリアを戦わせたくないようだ。気持ちはわからんでもないが、どうしてここまでしぶるのだろうか。シャリアの強さは十分に理解を……いや、ラムダ自身が一番よく知っている筈なのに……。


 疑問がまた一つ増えるも、今は目の前の現実に集中するしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る