混沌へと飲まれる世界に


 日は沈み、大砂漠へ暗黒の闇が訪れる。

 昼間とは打って変わり別世界のような冷え込みよう。嵐をまねく大砂竜も、この時ばかりは地下深くへともぐり、深い眠りにつくという。


「まさかこんな手を使うとは……。人間の発想にはいつも驚かされます」


 空一面の星と赤色の月の下、アエリアスはつぶやいた。

 三柱神が砂丘から遠方を望むと、そこにある筈のなかったオアシス……。


「……あんなもの、再生でも構築こうちくでもなんでもない」


 再生と創造の女神、ファリスは遠方をにらむ。


秩序ちつじょの崩壊」


 と、秩序と空間の神、アエリアス。


「何も生み出さない、純粋じゅんすいな『破壊』だ」


 最後に破壊と力の神、ヴァルダスはそう断言した。


「……ねぇどうするの、これ?」

「どうもこうもねぇよ。下手にいじってこじくれたら元も子もない」

「異世界の風は我々の想像を絶する強風でしたね」


 三柱神は「異界の魔王」なるものを大陸中探しめぐった。

 しかし巧妙こうみょうに仕組まれた異界の細工によって、突き止めることができなかったのである。ラムダ補佐官が異界から手に入れた技術も、勇者の世界の知識だと勘違いしてしまっていた。


 異界の知恵はこの世界の神すらも凌駕りょうがしていたのである。


「絶対にいると思ったんだがなぁ……裏で糸引いてる異界の魔王ってのがよ」


 悔しげにヴァルダスは頭をかきむしる。

 一方で、アエリアスは空の星々を眺めながら何かに気付く。


「……いや、もしかすると!」

「どうした?」

「地上で見つからないのなら、我々が住まう世界ではどうでしょう?」

「俺達の世界、それってつまり……」

「……」


 アエリアスは少し躊躇ためらったが、意を決し口を開く。


「我々神の中に裏切り者が、異界との内通者がいるのではないでしょうか?」

「おいおい、それは考えすぎだろ……」



『………クックックック……! ようやく気付いたか……!』


 声にヴァルダスとアエリアスが向くと、先ほどまで黙っていたファリスの様子がおかしい。両手を広げ、ローブをなびかせ始めたのである。



「わーれーこーそーはー! いーかーいーのーまーおーうーなーりー!」



 呆気にとられる男神たち。

 しかしすぐいつもの表情へと戻る。


「ファリス、そういう冗談はいいです」


「ごーめーんー」


「お前なぁ、真剣に考えてんのにふざけんなよ」

「……こんな状況でまともに考えてられるかボケ」


 ファリスは再生と創造の女神であると同時に、農村からもあがめられている土着神どちゃくしんでもあるのだ。その分、他の神々よりも大地の危機を肌で感じ取ってしまう。その辛さは想像を絶するものがあった。


「……ねぇ、あれはなに?」


 ファリスは南の空を指差した。

 南部の大森林の方角から、空をすべるように光のおびが流れてきたのである。


 魔王軍のハルピュイアたちである。ゴブリンリーダーのほどこした転移先から、砂漠を縦断じゅうだんするように魔晶石ましょうせき散布さんぷを始めたのだ。


「……とても綺麗……あれは破壊の光?」

「どうでしょうね……」

「…………おい……これやべぇぞ……」


 光の帯が三柱の目の前に来た時だった。

 帯がかれ、一方がオアシスへと流れていったのである。


「あー…………」

「……ついに始まりましたね。我々は急いでここを離れましょう。不必要な影響を地上に与えるわけにいかない」


 三柱の姿が地上を離れ、上空へと登っていく。

 その過程で、ファリスの姿が消え始めた。


「おい! 勝手にどこへいくんだ!?」

「……暫く一人にさせてよ」


 止める間もなく、ファリスは姿を消してしまった……。


「どうしちまったんだあいつ?」

「……心当たりがあるのでは? 我々の中の、裏切り者の正体に」


 男神たちはうなづくと、ファリスの後を追うことにした。



…………


 その頃、魔王城では各部隊隊長へのマジックタブレット説明会が行われていた。

 プレゼンをしているのは亜人のセレーナ。壁にはめ込まれた巨大なマジックタブレットには砂漠の夜景が映し出され、皆は思わず感嘆かんたんの声を上げるのだった。


「と、まぁこのように魔晶石を利用することにより、術者の魔力に左右されず遠方の様子を見ることが可能です。従来の水晶玉でしたら映し出す場所に魔力の波長はちょうを合わせた人物がいなければ使用が不可能でしたが、これならば……」


 セレーナがクドクドと説明を続けるも、聞き手の中には飽きて集中力を欠く者が出始めた。


「……あのー、みなさん私の説明聞いてます? ……魔王様?」


 セレーナがシャリアの方を見ると、何やら熱心にタブレットをいじっていた。

 流石は魔王! まさかもう使いこなしてしまったのか!?


「……」


 セレーナがそっとのそき込むと、シャリアはブロック消しゲームに熱中していた。

 いつの間にこんなプログラムが!?


(……クロウの仕業ね! また余計なことして帰ってきたら憶えときなさいよ!)


 怒りに肩を震わせるセレーナに気付いたのか、ラムダ補佐官が前に出た。


「……あー、コホン。ではそろそろ皆にも実際に使って貰っては?」


「そ、そうですね。では皆様、まず正面をご覧ください」


 巨大マジックタブレットの画像が切り替わる。映し出されたのは砂漠の東半分を上空から見た景色。つまり、ハルピュイアたちが魔晶石散布を終えた箇所かしょである。


「現在の砂漠はこんな状況です。では哨戒を終えた最新場所、つまりグライアスが攻めてくると思わしき方角の最新映像を、手元のタブレットでご確認下さい」


 映し出されたのはやはり夜の砂漠、当然だが特に変わった物は見当たらない。

 それでも皆は一生懸命タブレットに触り、手本である巨大タブレットと同じ景色を映し出そうとこころみる。


「アルムは随分ずいぶんれたもんだねー」

「僕も製作に立ち会ったわけだし、使えてないとまずいでしょ……。早くみんなも使いこなせるようになれるといいけど……」


 試行しこう錯誤さくごするも、魔物たちは爪が長いので苦戦している。

 頑丈がんじょうには出来ているが、引っいて傷にしなければよいのだが……。


「ありゃ? よく見ると砂漠に何かあるぜぇ!? 」


 ここでゴブリンリーダーが声を上げた。


「どこに?」

「ここだここ!」


 指摘され、セレーナは巨大タブレットの画像を拡大させる。

 ラムダ補佐官は大きな目玉をギョロリと動かした。


「これはオアシス……ですな。しかしこの辺りにオアシスなどありましたかな?」


「新しく出来たものかも知れませんね。画像を明るくし、更に拡大しましょう」


 アルムも手元のタブレット画像を明るさ調整し、拡大する。

 すると驚くべきことがわかり、目を見張った。


「一つじゃないぞ……西へ伸びるようにいくつもオアシスがある!」


 皆が騒がしくなる。

 セスもタブレットを覗き込むと、途端に青い顔をした。


「これ……『オアシスの種だ』……」


「オアシスの種?」


「妖精王が持っていた荒れ地を緑化させる種だ。あたしたち妖精フェアリーの故郷も、そうやって出来たって聞いた……。でもなんでこんなところに……!」


 セスの言葉にハッとするアルム。勇者ノブアキたちは妖精王から不老不死の薬をもらったと言うではないか! 今も何らかの形で協力し合っていてもおかしくはない!


「まさか妖精たちも敵になるのか……!?」

「それはないよ! だって妖精は好き好んで砂漠になんか来ないもの!」


 その時、部屋の外が騒がしくなった!


『ちょっとお姉さん方! 会議中だって言ってるでしょー!』


 見張りの使い魔の声。

 そして扉が勢いよく開かれた。


「何事だ!? むっ!? お前たちか! 一体どうしたのだ!?」


 入ってきたのは哨戒しょうかいと魔晶石散布をしていたはずのハルピュイアたちだった。

 だが様子がおかしい。黒髪のサディの姿がないのだ!


「報告致します。哨戒途中で勇者ノブアキと遭遇そうぐう、サディが連れ去られました」


『な、何ぃぃぃ────っ!?』


 ラムダ補佐官が思い切り机を叩く。


「お前たちは空を飛んでいたのではなかったのか!? それで逃げおおせて来ただけと言うのかっ!?」

「……弁解べんかいのしようもございません。ですが……」


 ハルピュイアのファラが言い掛けた時だった。

 突然大型タブレットの画像が乱れ始める。


「な、何事!? 故障じゃないわよね……?」



──あーもしもし聞こえるかね魔王軍の諸君、私は勇者ノブアキだ


「なっ……!?」


 音声機能が付いていない筈のタブレットから、急に声が聞こえてきたのだ。

 そして、タブレットにはターバンを巻いた仮面の人物が浮かび上がる。


(……勇者ノブアキ!!)


「こいつだ! サディをさらったのはこいつだよっ!」


 赤髪のメサが指差し、声を上げる。


『私の声と姿が届いていたら嬉しいな。一体どうやってこんな事ができたかって?それは企業秘密だよ、ハハハハハッ! ……さて、たった今私は魔物を一匹捕らえたわけだが、人質として使わせて貰うことにした』


「人質だと!?」


『明日の正午だ。砂漠に一目で分かる目印をしておくから、人質を返して欲しければここに来たまえ。だが来るのは魔王軍の軍師……そうアルム君! 君だ!』


「っ!」


 ノブアキの言葉に、一斉に皆の視線がアルムへと集まった。


『アルム君、君一人で砂漠へ来るんだ。戦う前に握手でもしようじゃないか。でももしこの約束を破るなら、わかるね? 小細工は無駄だと忠告しておくよ。この通り君たちのことは何でもお見通しなのだからなぁ! ハッハッハッハーッ!!』


 ここで巨大タブレットの画像は元に戻った。

 部屋の中はしんと静まり返る。


「……相変わらずの耳障みみざわりな声だ、虫けら風情ふぜいが」


 今の騒ぎの中、なんと魔王はまだゲームを続けていた。


「軍師よ、行く必要はない。敵に捕まるような配下は魔王軍にいらぬ」


「僕は行くよ」

「……っ!」


 即答したアルムにシャリアは手元が狂ってしまい、ゲームが終了してしまった。

 タブレットを机に叩きつけ、アルムへと詰め寄る!


「貴様のそのくせは死んでも治らぬのか!」

「アルムの話を最後まで聞きなよ!」


 セスが両手を広げ、怒る魔王の行く手をはばむ。


「新兵器のスカイブレイドを使いこなせるのはハルピュイアたちしか居ない。それを今失うのは魔王軍にとっても痛手だ。でも何よりも痛手なのは、グライアス側へスカイブレイドが鹵獲ろかくされてしまったこと。解析かいせきされ量産されたりしたら厄介だ」


「むぅ……確かに!」


 一同、暗い表情を見せる。

 アルムは更に言葉を続けた。


「でも起こってしまったことだ、仕方がない。失敗から学ぶためにもサディを救出し、事情を聞かなければならない。……それとラムダさん、ファラとメサのことも許してあげてくれないか? 彼女たちの任務は哨戒だ。何としても生きて帰る必要があったんだよ。任務は失敗かも知れないけど、彼女たちは責務せきむまっとうしたんだ」


「軍師殿……」

「アルム君……優しい!」


 ハルピュイアたちの表情が明るくなる。何よりサディを救出しようという言葉が嬉しかった。仲良し三人の一人が欠けるのは、例え魔物でも辛いことなのだ。


「むぅぅ軍師殿がそこまでおっしゃられるのなら……。魔王様、如何しましょう?」

「……はぁ、もうよい。好きに致せ」


 こうなるだろうとは思っていたのだろう。シャリアは引き下がってくれた。


 と、ここで赤髪のハルピュイア、メサがアルムへとすり寄ってきた。


「……ありがとうアルム君。……ねぇ、今晩あたしの部屋に来て?」

「いぃっ!?」


 必要以上に体を密着させ、アルムを誘惑ゆうわくする。

 次の瞬間メサの首には刀の刃と槍の先が突き付けられた。


「鳥の分際ぶんざいで調子に乗るな」

「今度同じことしたら石にするよ?」


「い、いや~ん。冗談ですぅ~」


 すさまじい殺気を放つ魔王と妖精に、メサは慌てて引っ込んでいった。

 これに両者は得物を仕舞い、ようやくアルムもホッとする。


「……よし! みんな聞いて! 遂に勇者たちと雌雄しゆうを決する時が来た! 今から会議を開き、明日に備えよう! 勝利するのは絶対に僕たち魔王軍だ!」


 勇者と魔王軍の直接対決が、今始まる……!


第十七話 嵐前の水面下にて 完

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