時代に取り残されるべからず


 後日、アルムとセスは砂漠で訓練をしているというリザード部隊を視察に来た。


「あっつぃ~~~!! 寒冷期なのにこれだから砂漠は嫌い! 生き物が住める場所じゃない! こんなところから攻めてくるなんて勇者はバカなのか!?」


 照りつけられた砂から発せられる熱気に、日差し除け持参のセスがを上げる。


「さあ? でも砂漠だって生き物は住んでいるよ?」

「わざわざこんなところ住まなくても森に住めばいいのに」

「森と比べて天敵も少なく住みやすいのさ。暑さに強い生き物にとってはね」


 どうやら妖精フェアリーは暑さに強くないみたいだ。

 保冷剤の入ったアルムのフードから出てこない。


 見渡す限り一面の砂、陽炎かげろうまで見える。

 銃声を頼りに歩くと、砂丘を越えた場所にリザード隊を発見した。


「ルスターク将軍、調子はどう?」


「これは軍神殿、特に問題ありません。我々リザードマンにとって、砂漠戦は最も得意とするところ。必ずや勝利を掴んでみせましょう」


 離れた場所を見ると、リザードマンたちが射撃訓練を交代で行っていた。使われているのは最新式の銃ではなく、古い型の単銃だ。


 この様子を見ているであろう、僧侶アルビオンの目をだまくらかすためである。


「ねぇ、暑さに強いならなんでリザードマンは砂漠に住まないの?」

「単純に食べ物が少ないからです。大昔、我々の祖先はこの砂漠に住んでいたとも聞いていますがね」


 ルスターク将軍はセスの素朴そぼくな質問にも答えてくれた。


「それに砂漠には我々の宿敵しゅくてきでもある『バジリスク』が住んでいると聞きます」


 バジリスクとは砂漠に住んでいて、にわとりと蛇を足したような魔物だ。強大な魔力を持っており、見たものを石に変えてしまうと言われている。知能は低く話し合いは不可能。そのため旧魔王軍は彼らを利用しても直接の配下にしなかったという。


「……良く言えばみ分け、悪く言えば住処すみかを追われたのです。……軍師殿、もし人間との戦いが終わったら……」


 バジリスクを砂漠から追い出すのを手伝ってはくれないだろうか。

 そう言おうとして口をつぐんだ。


「……こういうのは異世界で縁起えんぎが悪いらしいですね。失礼しました」

「あはは。うん、大丈夫だよ。魔王と補佐官には僕からも頼んでみるよ」

「ありがとうございます軍師殿。これで私をおろか者あつかいした兄へ、鼻をあかすことができるというものです!」


 そうだった……。リザードマンたちは長であるルスタークの兄に逆らって里を飛び出してきたのだ。ただ手ぶらで帰れるはずがない。


『この間抜けっ! もっとわきを締めてしっかり狙えっつってるだろ!』

『す、すいやせん!』


 突然、射撃訓練の方から罵声ばせいが飛んできた。

 セスが見るとマードルが的を外し、年老いたリザードマンに怒鳴られている。


「あれれ、マードルの奴いつも強いのに。射撃の腕前は下手っぴなんだな」


 ふと、アルムはその光景に違和感を感じた。元々リザードマンは銃のあつかいにれていない。使ったことがなかったからだ。


「将軍、あの銃を教えている彼は?」

「……三十年前の生き残りです。隊では最も銃の扱いに長けており、彼を教官にしているのです」


 あの年老いたリザードマンは、昔リザード部隊の小隊長をしていたらしい。だが部隊は少数の人間によって半壊に追いやられた。人間は銃を持っていたのである。

 戦利品としてその時人間の使っていた銃を持ち帰り、独学で仕組みを理解し銃を扱えるようになったのだという。物凄ものすご執念しゅうねんである。


「将軍、申し訳ないけど人外は人間の道具へ嫌悪感けんおかんしめすものだと考えていた。でもそれは大きな誤解だった。こうして率先そっせんして銃を持ち、学んでいるのだから」


「そんなことはありませんよ。お恥ずかしながら私の兄も含め、里のリザードマンにはそういった考えの者が多いのですよ。古き伝統を大切にするという意味でならヴィルハイムの騎士がそうでしょうが、それとも違う……」


 じっと射撃訓練を見ながら、ルスターク将軍は目を細めた。


「伝統を守るのと、食わず嫌いをするのは全くの別物と私は考えています。だから新しくとも有益な物はどんどん取り入れるべきと考えておるのです。そうしなければ時代に取り残されてしまう……一族が滅びるのを待つだけになってしまう」


 曲刀シミターを振り上げて突撃しても、機関銃マシンガンで蜂の巣にされるだけだと将軍は語った。

 遮蔽物しゃへいぶつが少ないこの砂漠でなら、なおの事だろう。


「そんな将軍にはこれをあげるよ」

「これは……前の会議で話していた物ですな!」


 アルムがルスタークに渡したものは、魔法の水晶板マジックプレートをひと回り小さくしたような物だった。やはり黒魔道士研修けんしゅうの元に開発された『マジックタブレット』である。今後、これによって各部隊は戦況せんきょうが手にとるようにわかり、情報を共有することもできるのだ。


くわしい使い方は後で城で教えるよ」

「……なるほど、わかりました」


 マジックタブレットは魔法の知識がなくても水晶玉のように遠方を見ることができる代物だ。今後ハルピュイア部隊を哨戒しょうかいね、砂漠を飛び回らせ魔晶石ましょうせきの粒をバラかせる。魔晶石がある場所ならこのタブレットや水晶玉で様子を確認することができる。


 何でも見える目をつぶすだけでなく、こちらも手に入れてはどうかという発想からであった。


 と、ここで訓練をしていたリザードマンがこちらへ寄ってきた。

 例の年老いた教官リザードマンである。


「……やれやれ、どいつもこいつも基礎からみっちりやらんと駄目ですな」

「だが時間がない。短期間でなんとかうまく鍛え上げてやってくれ」

「まぁやれることはやりますが……おっと失礼」


 その時、教官リザードマンは小刀を素早く抜き、アルムの足元へ投げたのだ!


「うわっ!?」

「なにすんのさ!?」


 見ると、アルムの足元には巨大なさそりがいた。


「軍師殿、出し惜しみ無しで願います。この年寄りも遠慮なく前線に置いて下さいよ、ガハハハハッ!」


(うっげぇ……)

 

 年寄り教官は蠍をつまみ上げ、毒の尻尾も取らず口の中へと放り込む。

 これにはセスもアルムもドン引きであった。

 

…………


 アーロンド大砂漠、大陸中央部に広がる不毛ふもうの地。

 人間を拒み、長きに渡り東西の往来おうらいさまたげてきた存在。


 しかしその南部にはこれまた広大な森林が広がっている。大陸北部にある平地でなだらかな街道とは違い、高低差が激しく入り組んだ大森林。当然、街道はない。

 多くの危険な魔物や動物が出没しゅつぼつするため、誰も好き好んでこの森に入ろうとは思わなかった。しかし、魔物ならば話は別である。


 アルムら魔王軍はこの森に着目し、密かに大陸南部から大陸西部へ向かう進路も確保しようと考えていた。そしてこの特別部隊に抜擢ばってきされたのは二体のトロールとゴブリン隊だった。


「お前ら遅ぇぞ! しっかりついて来やがれ!」

「リーダーズルいですよ! 後で俺たちにも乗せてくださいよ!」

「後でな後で」


 今日のゴブリンリーダーは上機嫌だ。何故ならロボット試作品の脚部を改造した乗用アーマーを貰い受けたからである。ドワーフたちは自分たちの体格に合わせて試作品を作ってしまったため、小柄なゴブリンたちへ改造し与えたというわけだ。


「しかしリーダー、あのデカブツ共ならまだしも、俺たち全員来る必要あったんですかねぇ?」

「あぁ!? ……かぁー! おめぇは俺の思いやりがわかんねぇのかよ!?」


 ゴブリンリーダーは四人乗りの乗用アーマーから頭を出し、首を振った。


「人手余りましたなんて言ってみろ! 余った奴は灼熱しゃくねつ地獄の砂漠で罠作りだぞ!? それを俺が『もし人間と遭遇そうぐうしたら少人数では連携れんけいできません(キリッ)』つって気を回してやったんじゃねえか!」


「そういうもんですかねぇ……」

「わっかんねぇなお前も! そういうもんなの!!」


 言われても納得のいかない手下ゴブリン。確かに砂漠で罠作りは嫌だが、こちらもこちらで中々酷い。武装したまま山森の中を何日も歩き通しである。城に戻れるのは夜間時で物資調達の数人のみであり、他の者はトロールと野宿のじゅくであった。


「大体おめぇらあのデカブツ共を見習え! 文句言わずに進んでるだろうが!」


 見ると確かにトロールたちはゴブリン隊よりも先行し、道を切り開いてくれている。森はトロールたちにとっては家であり庭に等しい。方角を間違えずに進んでくれて、なおかつ人間や魔物の気配がしたらすぐに教えてくれるだろう。


「あいつらしゃべらないだけじゃないですか……。つうかあいつらクセェ息吐くし近づきたくないんだよなぁ……」

「おめぇのよりもクセェよな! ギャハハハハッ!!」


 すると、先行していたトロールたちはピタリと動きを止めたのだ。

 そればかりか二体ともゴブリンたちの方を向く。


「な、なんだよ?」


 突然トロールはゴブリンたちに向け、大きな物を投げ寄越よこしてきた!


「だ、大蛇だぁあ!?」

「逃げろー!!」

「逃げんなおい! 追っ払え!!」

「その機械でやっつけて下さいよ!!」


 大蛇はゴブリンたちにとっては天敵中の天敵である。

 乗用アーマーに乗っているゴブリンたちも思わず面食らった。


「おい! 早く何とかしろ!」

「えと! えと!」

「貸せ! 俺がやるっ!!」


 リーダーがメチャクチャにレバーを引いてボタンを押すと、アーマーは機関銃を撃ちながら火炎放射を放った。


「はぁ……はぁ……やってやったぜ! おいてめぇら何しやがる!!」


 トロールたちはあわてるゴブリンたちを見ながらはしゃいでいた。

 そして大蛇がやられたのを見るなり、真っ二つに引きちぎり食べ始めたのだ。


「……あーあ、やる気なくなってきちまったな。もう今日はいいや」


 ゴブリンリーダーは転移魔法陣のマーキングをほどこすと、地図を見ながら現在地を確認し始める。


「リーダー、このまま行くと『ラーマリアの大森林』ってとこに行き着いちゃうんじゃないですかね。あの魔王軍でも近づかなかったっていう伝説の……」


「……大分進んだし、そうかもな……。おし、おめぇ木に登って見てこい」


 ゴブリン手下の木登り自慢はトロールにも手伝って貰い、一番高い木に登った。

 望遠鏡を覗き込み、遠方を望む。


「どうだー!? なにか見えるかー!?」

「んー……。んっ!? 砂漠に木が生えてやすぜ! オアシスじゃねぇですか!?」


 手下は素早く木から降りると、地図を指差す。


「ここが現在地なら、見えたオアシスはこの辺りじゃねぇですかね?」

「あぁん? こんなとこ何にもねぇよ。見間違えじゃねぇか?」

「確かに見えたんすよ! 木がしげってました!」


 リーダーは首をかしげる。確かに砂漠にはオアシスも人間の住む村も少なからずあるとは聞いていたが……。


「あぁそうか分かったぞ! おめぇは蜃気楼しんきろうを見たんだ!」

「しんきろう……ってなんですか!?」

「幻だ! 砂漠みてぇな暑いところだと見えねぇもんが見えちまうんだと!」

「流石リーダー! なんでも知ってますね!」

「まぁなっ!」


 得意げに付け焼き刃の知識を語るリーダーに対して、ゴブリンやトロールたちは素直に感心するのであった。


「じゃあ俺はアイテムで一旦城に戻るからよ、お前らはここで待機だ。もしかしたらもう進まなくてもいいかも知れねぇし、そこんとこも聞いてくるわ。俺が居ない間に『グレートキングゴブリン号』を勝手に動かして壊すんじゃねぇぞ」


 ゴブリンリーダーは帰郷ききょうの羽で城へと帰ってしまった。


 手下の見たオアシスが蜃気楼でなかったことを、この後知ることになる……。

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