ドワーフたちと男のロマン


 魔王城内の拡張された部屋は四次元空間も存在している。


 今まさにその四次元空間では新兵器の実用試験が行われていた。

 アルムを始めデーモン、ノッカーのグラビオにハルピュイアの三人と珍しい組み合わせである。


「空を飛べる機械、ようやく完成にこぎつけたね」


「はい。空を切り裂くイメージから『スカイブレイド』と名付けました」


 一面真っ白な空間のはる遠方えんぽうにて、ハルピュイア三人が人工の翼を背負い、縦横じゅうおう無尽むじんに飛び回っている。


『キャハハハハッ!! 超速いんですけどー!!』

『サディ! しっかりついてきなさい!』

『こんな何もないとこじゃ距離感つかめないー!』


 ギャーギャーと騒ぎながらも楽しそうで、アクロバット飛行までやってのける。

 慣れるまでにそう時間が掛からなかったのは、流石という他ないだろう。

 

 スカイブレイドはこのまま彼女たちが今後も使用する予定だ。両手を使用できる状態で飛べることにより、戦略幅が広がるとアルムは期待したのである。


「予定通り空気抵抗下での最高速度は音速を超えます。この要求を通すため無理を言ったところ、グレムリンたちからストライキされかけました、ハハハハハッ」


「……そ、そう。でもリミッターは付けておいて。いくら彼女たちが魔物でも体にかかる負荷ふかは大きいからね。……他に運用上の注意や問題点は?」


「使用しておる鉱石の関係上、長時間は飛べないのが欠点かの。もっと強い魔力に耐えられて膨大ぼうだい蓄積ちくせきできる鉱石があれば話は別じゃが……」


 グラビオは黒魔道士と共同開発した魔力計測機を見ながら答えた。


「ところで軍師。以前にも報告したが、グライアスの人間どもはアルベドニウムの実用化に成功してるかも知れん。熱や衝撃に恐ろしく強い金属、そんなもんで武器や防具を造られたら一溜まりもないぞ? 気を付けるんじゃ」


「アルベドニウム……ヴィルハイムの隠し採掘場にあった鉱石だね。わかったよ」


 グラビオの言葉を留意しつつ、アルムは空間を後にするのだった。



 

 グライアスとの決戦を前に、自分の足で視察しなくてはいけない。

 次は鉱石採掘場である死の谷を視察しようかなとアルムは考える。


(そう言えばセスを見てないな……どこに行ったのだろう?)


 城に帰ってきて早々、別れてしまった。実はこの時セスはシャリアと祈りの間に居たのだ。当然アルムはそんなことを知るよしも無い。


 仕方なく一人で魔法陣を使用し、死の谷へと向かうのだった。


「うわっとと!!」


「あんだぁ? ……人間の軍師かぁ」


 転移すると突然目の前に大きな影、サイクロップスたちだ。彼らには外から資材や鉱石を運んでもらい、拡張されていく空間の内装を担当して貰っていたのだ。

 一見不器用そうにも見える彼らだが、実はとんでもなく器用だった。城の工房にある釜戸かまどは全て彼らが作り、先代魔王が持っていた魔王の剣もサイクロップスたちがこしらえたとされていた。


「丁度えがった。俺たちお前、探してた」

「え? 僕を?」

「新しく作る釜戸の材料、どこさ運ぶ?」

「釜戸? もう作らなくていいはずだけど? というか、君らの新しい持ち場は砂漠だと伝えたはずだけど……?」


 これに巨人たちはシワを寄せ合い、アルムを覗き込む。


「そうだはずねぇ! おらたちドワーフの爺さまから頼まれた!」

「軍師が釜戸作れって言ってたって聞いた! これがその設計図だ!」


 アルムは首をかしげる。……そんな憶えは全く無い。

 差し出された設計図を見ると、確かに書かれているのは釜戸のようだ。


「変わった形をしているなぁ……。本当にミーマおじさんたちが?」


「んだ。ゲンシローがどうとか言ってた気がするぞ」


「げんし……?」


 一瞬考えたアルムは、急に嫌な予感がした。サイクロップスたちには砂漠へ罠を仕掛ける手伝いを命じ、自分は急いで魔王城工房へと引き返したのだ。


 そして工房に入るや否や、アルムは呼びつけられた。


「おい軍師っ! ちょっと来てくれよ!」

「ブルド隊長!? どうしてブルド隊がここに!?」


 アルムは驚いた。ライン作業化された工房内で、亜人やリザードマンに混ざり、ブルド隊までが作業をしていたのだ。ドワーフたちの姿はどこにもない……。


「ドワーフのおじさんたちは!?」

「こっちが聞きてぇくらいだ!」


 顔に拡大鏡を付けて検品していたブルド隊長。

 突然作業台上の呼び出しベルが鳴った。


──第十七工房ですが部品が足りません、至急送ってください


「もうちょっと待ってろ!」


 乱暴に通信機のスイッチを切ると、今度はコボルトからお呼びがかかる。


『隊長っ! これ全部戻り品です! 砂漠戦仕様にするから大至急だそうで!』


「わかんねぇから全部そっちへ積んどけ! というわけで軍師! 急いで爺さんたちを呼んできてくれ! 俺たちは何でもできる便利屋じゃねぇんだよっ!」


 慌てて工房を飛び出すアルム。

 ドワーフたちは一体どこへ行ってしまったのだろうか……?



 この騒ぎを知ってか知らずか、ドワーフたちは新たに増設された隠し部屋の中に居た。グレムリンたちも混じり凄まじく音が響く中で、ミーマとカブが激しく言い合いをしていたのだ。


「お前さんの案には納得いかん! そんなもん子供が見たら泣くわい! 笑うのは魔王くらいじゃ!」


 ミーマは異世界の漫画本を突きつける。

 

「お主の方こそひねりがないわい! 第一なんじゃいその子供だましは!? こっちの方がずっと迫力があって実用的じゃい!」

 

 対しカブが突き出したのは、異世界映画のパンフレットだ。


「あぁもう止さんかい。そろそろ工房に戻らんとまずいぞ……」


 泣き上戸じょうごのトッポが止めに入ろうとするも、両者は譲らない。

 互いに資料を突きつけ、自分の意見が正しいと言い張るが……。


『おじさんたちここに居るの!?』


 突如アルムが部屋に入ってくる声!


「い、いかん! アルムじゃ!」

「作業中止じゃ!」

「隠せ隠せ!!」


 急いでグレムリンたちに静かにするよう言い、資料も全て作業台の下へと隠す。

 そして姿を見せたアルムに対し、何事も無かったかのように振る舞った。


「おじさんたちここで何してたの? 持ち場を離れちゃ駄目だよ、みんな困ってる」


「あー、ワシらちょっくら休憩中だったんじゃ」

「そろそろ戻ろうかと思っとったんじゃよ」


 はぐらかそうとするドワーフたちだが、アルムは何かおかしいことに気付いた。


「……あの大きなカーテンの奥、何があるの?」


「さぁ何のことかの! わからん物はいじらんほうがいいと思うぞい!」

「皆が待っとるんじゃろ!? 早く行ってやった方がいい!」

「ほれ、さっさと出ていくぞい!」


 強制的に回れ右をさせられ、アルムは部屋から押し出されそうになった。


 と、その時だ。

 部屋の壁が開き、何かが音を立てて入ってきたのだ。


ガシャン ガシャン ガシャン


『おーい! みんな見てくれ! 脚部きゃくぶの試験機が完成したぞい! ひ孫たちのおもちゃにぴったりじゃあ! ほいほーい!』


 陽気なストライブが二足歩行式の機械に乗って現れたのである!


「なにあれ……」


「あー……」

「なんじゃろな……」

「グオー……(寝た振り)」


…………


 ドワーフたち四人は椅子に座らせられ、アルムから説教された。作業台の上には隠してあったロボット漫画とサイボーグ映画のパンフレットが置かれる。

 後ろの大型カーテンを開けると、グレムリンたちと巨大なはがねの腕が現れたのだ。


「……おじさんたち、これが何か知ってるよね?」


 アルムが持っているのは同じく部屋に隠されていたプラモデル。

 父の部屋にあったはずの、巨大ロボットのプラモデルだ。


「……アキラのやつが好きだった『機動超人ソウルヒーター』じゃ」


 異世界で社会現象になったアニメロボットである。ミーマたちドワーフは、倉庫で見つけたゴーレムを母体に巨大ロボットを造ろうとしていたのだ。

 サイクロップスたちに作らせようとしていたのは原子炉げんしろ……アニメの原作通りに核燃料でロボットを動かそうと考えていたらしい。


「……父さんの住んでた異世界の国はね、戦争があって核爆弾を落とされたんだ。とてもひどい爆弾でみんながみんな苦しんだ……いや、戦争が終わった後でも色々と問題の種になってる。これは世界に広めてはいけない技術なんだ。勝手にこんな事されたら、図書室の本に閲覧えつらん制限をかけた意味がなくなっちゃうよ……」


「……ワシらもそのことは十分に理解しとったつもりじゃよ」

「……危険な技術でも、平和利用ならいいかと思ったんじゃ」

「ワシら、アキラの夢をかなえてやりたかったんじゃ……」

「そんでもって、アルムたちの役にも立ちたかったんじゃよ……」


 シュンとなるドワーフたちが可愛そうになり、申し訳なく思うアルム。

 しかし、彼らに理解して貰うためにも言葉を続けた。


「……おじさんたちの気持ちはとても嬉しい。でもね、平和利用なんて言葉は既に危険な技術が広まってしまった世の中だからこそ言えるんだ。使わないならそれに越したことはないんだよ。向こうの世界でも完全に制御できてはいない、それだけ強力過ぎて危険な技術なんだ。どうかおじさんたちにもわかって欲しい」


「……しかしアルムよ。ワシらが作らんでもいつか誰かが見つけて作っちまうかも知れんぞ? アキラの幼馴染おさななじみだった勇者も異世界の知識を持っとるそうじゃないか。すでにグライアスが核爆弾や核ミサイルを持っとるかも知れんぞ?」


 アルムの話を聞いていたカブが、口を開いた。


「お前さんはそれでも核を使わんのか? 相手に手加減して戦うつもりなのか?」

「おい止さんか。ワシらが悪かったんじゃよ」


 ミーマに止められるも、カブは引き下がらない。


「悪かったのはわかっとるわ! ……アルム、ワシはお主の考えが聞きたいんじゃ」


 この問いに、アルムは目を閉じると首を振った。


「戦争と殺し合いの違いは何だと思う? 戦いが終わった後で平和を迎えるためのルールがあることさ。もしこの世界で核を使ってしまったら真の平和は訪れない。訪れるのはいつわりの平和、今よりももっと酷い世界さ……。ノブアキも父さんと同じ異世界に生まれたのなら、核を使わないという暗黙のルールを知っているはずだ。手加減して戦うんじゃない、僕はこの戦いを只の殺し合いにしないため、ルールを守り通したいだけなんだ。この考えだけは誰にも絶対に譲れない」


「それでも向こうが核を使ってきたらどうするんじゃ?」


「その時は『禁呪きんじゅ』を発動させ、大量の爆弾を積んだこの城をグライアスへ送り、爆発させる……きっと大勢の人間が死ぬだろうね。もしそれでもノブアキたちが生きていたら、どんな手を使ってでも追い詰めて贖罪しょくざいさせる」


 アルムの言葉にドワーフたちは驚き、帽子を深く被り直した。


「……お前さんがそこまで考えとったとはのぅ」

「もうワシらからは何も言わん……」

「……さ、仕事に戻るとするかの」

「巨大ロボットは諦めるわい……」


 落胆らくたんするドワーフたちへ、突然アルムは笑顔を見せた。


「折角ここまでできたんだし、ロボットは作ろうよ」


「な、なんじゃと!? 本当か!?」


「核燃料を使わなければいいさ。動力は他のでおぎなえばいいし、他のみんなから知恵を借りようよ。でもそれは仕事が一段落してからね」


「勿論じゃとも!!」


 手放しで喜ぶドワーフたち、余程に巨大ロボットが作りたかったのだろう。

 老人たちが子供のようにはしゃぐ姿が、どこか可笑おかしかった。


「……ん?」


 と、ここで遠巻きから様子を眺めていたグレムリンたち。

 突然ぞろぞろとアルムの周りを囲い始めたのだ。

 そして、リーダーらしきグレムリンがアルムへと指を指す。


「オマエ、トテモイイヤツ! ソレニ、トテモかしこイ!」


「っ!?」


 しゃべれたの!? とアルムは驚く。


「オ菓子クレタラ、モットイイヤツ!」

「コノ辺ノ菓子、モウキタ!」

「ガム、チョコ、モッテコイ!!」 


 ガムにチョコ、異世界の菓子のことだろう。

 今度持ってくるからね、と彼らをなだめるのであった。

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