小さな宣戦布告者
何でも見通せる目を如何にして
シャリアの出した答えは、亜人のみで編成された少数精鋭を西方に向かわせ僧侶アルビオンを暗殺することだった。
確かに亜人ならば大陸中に
だが問題はその後……。
『アルビオンは人の心が読めるらしい。バレずに近づくなんて無理だ』
『人間に不可能でも魔物の血を引く者ならば可能だ。過去に前例がある』
その後しばらくして、アルムとセスは小型通信機で呼び出しを受け、地下にある小さな部屋へと足を運んだ。少数精鋭の選考が終わったのだという。
部屋に入ると待っていたのはシャリアとラムダ、そして五人の亜人たち。
その中に、
「先ほど簡単な試験をさせましてな。最終的に残ったのがこの五人ですじゃ」
「待ってくれラムダさん! エリサは……」
確かにエリサなら暗殺者として申し分ないかも知れない。それはヴィルハイムでの出来事でアルムも十分理解していた。
だが彼女の力はそれだけではない。エリサは黒魔道士を仕切っているセレーナを除けば、城の亜人たちから
「私自ら志願致しました」
「ど、どうして!?」
「……城の
そう言ってエリサは志願理由を答えなかった。
「本人が行きたいと言うのだ、行かせてやれ。朝食の目玉焼きが多少崩れていても文句は言わぬと約束してやった」
「めっちゃ強いし、しっかりしてるし、いいんじゃない? アルム、これ以上理由を聞くのは
シャリアだけでなくセスからも言われてしまうアルム。
改めて選ばれた五人を見ると、確かに頼もしそうではある……一人を除いて。
「……わかったよ、僕からはもう何も聞かない」
「よろしいですな? ではこれより説明を始めますぞ」
そして五人は、ラムダ補佐官から初めてアルビオン暗殺の任務を明かされたのだった。とにかく向かうのは大陸西方、その後は個別の判断に任せるとのこと。
暗殺目標であるアルビオンの顔も提示されたが、いずれも数少ない石像や肖像ばかり。どういうわけか極端に自分の姿が写し取られるのを嫌う人物なのだとか。
宗教的な理由からなのだろうか?
「……セルバからヴィルハイムを経て街道から西に向かうのだ。その間も常に監視されておると考えるように。何か疑問な部分はあるか?」
エリサの他、三人も自分が暗殺部隊として選ばれたことに気付いていたようだ。
特に驚く様子もなく、むしろ望むところだと言った表情。
ところが最後に集められた黒魔道士の男、クロウだけは少し意外そうだった。
重要な任務としかセレーナから聞かされていなかったのである。
二つ返事で了解し、試験を満点に近い成績で合格した彼だったが、決死隊と変わらぬ任務と知ってショックを受けてしまったようだ。
「
「いえ! やらせて頂きます!」
臆病者は不要という魔王の威圧に押され、クロウは反射的に返事をしてしまう。
他に質問が無いようなので、この場はこれで解散となった。
「……はぁ、きっとセレーナさんは僕がいらなかったんだ……」
部屋を出たクロウの口からつい漏れる弱気な独り言。
すかさずエリサから
「い、痛っ!?」
「とても優秀と聞いたけど、すぐ悲観的に物事を
「は、はい……」
エリサはセレーナから聞いたことをそのままクロウへ伝えたつもりだった。
ところが……。
(僕のことを気にかけてくれてる……? やっぱりエリサさんみたいな素敵な女性はしっかりと僕を見て評価してくれるんだ! も、もしかしてエリサさんは、ぼ、僕のことがす、す、好きなのかな……? ……そうだよな、そうとしか考えられない!)
勝手にとんでもない勘違いをするのだった。
そして話し合いの結果、後日行われたのがセルバでの魔王演説である。魔王から斬りつけられ捨てられたエリサを見て、一緒に暮らさないかと話を持ちかける者もあった。しかしこれらを全て断り、五人は西方へと向かうべくまずは北方ヴィルハイムを目指すのであった。
…………
演説後シャリアはさっさと城に帰り、祈りの間へと足を運ぶ。
(……)
扉に手をかけた途端、何かの気配に気付いた。
しかし明かりも
「甘ったれに言われてきたのか? 演技とは言え仕打ちが過ぎる、とな」
すると杖の先端にあった緑色の光は小さな人影を作る。
セスだった。
「そうじゃない、あんたと話がしたかった」
「話だと?」
「なんで魔物の血を引いていれば心を読まれないなんてすぐバレる嘘をついた?」
そう、シャリアは嘘をついた。魔物がアルビオンから心を読まれなかった前例など無かったのだ。そればかりか過去に行われた
「そんなことか。ああでも言わねば軍師は納得しなかったであろう」
「アルムは知ってたよ。アルビオンは亜人でも心が読めるってこと」
「そうか。ならそれでよかろう」
「なんでいいのさ!?」
シャリアはヴァロマドゥーの巨像へと飛び乗り、その右腕に腰掛ける。
「例え向こうに心を読まれようが、暗殺計画が失敗しようが一向に構わぬ。だから亜人たちには刺し違えてでもアルビオンを殺せとは言わなかった」
「……」
「要は相手を
「……それでも先を読まれて、
「余が直接戦に出てねじ伏せれば良い、それだけの話だ。むしろ軍師が相手の力を恐れ、消極的になる方が厄介だと余は考えた……これで納得したか?」
セスは「やはりそうだったか」と複雑な心境となる。
結局はシャリアもアルムのことを考えた上で行動していたのだ。
まるで相手の考えを読み、お互いを補い合うかのような二人。
付け入る
「よくわかったよ、あんたが自分勝手で動いてるわけじゃないってことがさ」
「……それで、話は終いか?」
真っ暗い闇の中、対極であるように緑の光球と赤い二つの光が輝く。
「認めたくないけど、あんたとアルムはこれからもうまくやっていけると思う。それでもあんたが魔王で、この世界を脅かす存在には変わりないんだ。……あたしはアルムが好きだ、だからアルムには魔王軍の仲間になって欲しくない。この気持ちはこの先何があっても変わらない」
そう言うと緑色の光は一層の輝きを放つ。
「あんたは目的が違えるまではあたしを仲間だと言ってくれた。だからシャリィ、あたしもそれまであんたを仲間だと思うことにする。でもあたしはあたしのやり方であんたからアルムを全力で引き離しに行く」
この言葉に、赤い二つの光は動いた。
シャリアが巨像の手から降りたのである。
「その言葉、待ち望んでいた。喜んで受けて立とう」
「あたしはあんたなんかに絶対負けないから」
重い扉が開くと、セスは出て行った。
残されたシャリアは、一人闇の中で
(たった一匹の
シャリアへまたあの感覚が襲ってきたのだ。
(クッ……!)
胸を抑えるも、今回は以前の時に比べ収まる気配がしない。
頭が真っ白となり、目の前に一瞬ノイズが走った。
──あの子がそうなの?
幻聴だろうか、後ろから女の声が聞こえたのである。
振り返ると、こちらに近づく背の高い人物の影が見えた。
(誰だ……?)
──貴女に素敵な名前をあげる
──もっともっと強くなりなさい
──誰よりも、お父様よりももっと強く……
(かあさま……?)
小さなシャリアに対し、背の高い母らしき人物が覗き込んでくる。
その顔を見ようとしたところでギョッとした。
真っ黒で何も無かったのである。
「うっ!? がはっ! ……はぁ……はぁっ!」
ここでようやく我に返り、床に
辺りを見回すも、何者もいる気配はない。
(何だ今のは……!? 母上の記憶……なのか……?)
だがおかしい。母は自分を産んで間もなくして死んだとラムダから聞いていたからだ。
突然得も知れぬ、先ほどとは別の感覚に襲われるシャリア。
一刻も早くこの場から離れたいと考え、外へ飛び出すのであった。
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