九仞の功、一簣に虧く


 朝早く、セルバ市市長マルコフは執務しつむ室にて煙草たばこを吹かし、新聞を広げていた。

 新聞一面を飾っていたのは「魔王城発見!? 勇者募集中!!」の見出しである。そこには先日ノブアキが王都バルタニアで演説した内容が書かれてあった。


「ん、入りたまえ」


 ノックの音に声を掛けると、入ってきたのはアルムである。


「お元気そうですね、マルコフ市長」


「暫くじゃないかアルム君! いや、魔王軍所属名誉上級軍師殿、だったかな?」


「僕は正式な魔王軍所属ではありません。彼らの客人です」


「それにしては随分な活躍だと聞いているよ。騎士団領と休戦協定を結んだそうじゃないか。……そういえばこの前バルタニアで緊急会議が開かれたみたいだね。 まぁ、私が行っても捕まって首をねられるだけだったろうがね、ハハハハ!」


 ラフェルの居た頃と比べ、マルコフはき物がとれたかのように明るくなっていた。


「セルバの経済が傾くかと思われましたが、その後いかがです?」


「一時はヒヤッとしたがね、そちらの援助で持ち直してるよ。このまま交易規制が緩和されれば一気に予算は黒字となるだろう」


「それを聞いて安心しました」


「資金ができたら社会福祉へ力を入れるつもりだよ。専門学校や養護施設をつくるんだ。それから街の外壁の見直し。後は魔王閣下に言われたからではないが、中央にそびえる塔も後々は取り壊していこうと思う。ラフェルの印象が強いからか、市民の評判が良くないんだよ。私自身もあまり良い思い出が無いしな……。まさに人が生んだ傲慢ごうまんの象徴だったのかも知れないね。代わりに娯楽施設を建設したらどうだろう?」


 あれこれと今後について話すマルコフ。

 しかし所詮しょせんは絵に描いた餅。今後どうなるかなんて誰にもわからない。それを語っているマルコフ本人もわかっているのだろう。


 わかっていても、先行きは明るくとらえた方がいい。

 明るい街づくりというのは、まずそういうところからじゃないか。


「……すまんね、つい話し込んでしまった。何か用事だったのではないかね?」


「はい。すぐに市民を中央広場へと集められませんか?」



 その後少ししてアルムの要望通り、セルバ中央広場には大勢の人間が集まった。

 設けられた舞台に現れたのはアルム。しかし皆の視線を集めたのは、共に現れた小さな人物……魔王シャリアであった。


 シャリアは用意されたマイクを取ると、前置きなく喋り出した。


「しかと聞け! 先日セルバで魔王軍に逆う愚か者が現れた! 従う者に危害を加えるつもりはないが、剣を向けるのであれば…… 」


 発言の途中、突然市民の一人が宙に浮いたのだ! 周囲から悲鳴が上がる中で、浮いた男の体はあらぬ形にグチャリと曲がる。瞬く間に男は紅蓮ぐれんの炎に包まれ、姿が消える。そして残されたのは、黒いはいと地に落ちた暗殺用ボウガンだけであった。


 この様子に魔王はニヤリとし、振り上げていた左腕を下ろす。


「説明する手間がはぶけたな、こういうことだ。以後魔王軍に楯突く者を見つけたら引っ捕らえて申し出でよ、金貨十枚をくれてやる。ただし金に目がくらみ、おろそかに申し出た者は双方首をねることにする。心して置くのだな」


 市民たちは皆、周囲を見回し始めた。それは反逆者を探すというよりも、自分が疑われているのではないかという不安からの行動である。


 この状況で恐怖に駆られ逃げ出そうとする者はいない、出来るわけがなかった。


「貴様ら人間は愚かで無知であるからな、心中では我ら魔族を見くびっていることだろう。『勇者の仲間の一人のように、他人の心をのぞくことなど不可能だ』とな。それが如何いか愚鈍ぐどんな考えであるか、この場でしめし教えてやろう」


 合図すると四人の亜人あじんが骸骨兵たちに連れられ、舞台へと上げられた。


「この者たちは我ら魔王軍の配下であった。だが取り調べた結果、大陸西方の密偵みっていであると判明したのだ! 今からこのやからの首を全員刎ねる! とくと見て置け!」


 魔王がスラリと刀を抜くと、大衆から悲鳴に近い騒ぎが起こる。

 亜人の一人は刃をあてがわれ、逃げようとしたところを骸骨兵らに捕まった。


「ひ、お、お助けをー!! わ、私は裏切りなど! し、死にたくないぃぃひぃぃ!」


 捕まり悲鳴を上げたのは、あの好奇心の男、クロウだった。

 四つんいにされる姿に他の亜人たちも戸惑い、骸骨たちによってつかまれる。


『お止め下さいっ!!』


 魔王が刀を振り上げ、誰もが目をそむけたくなる中、叫び進み出る者があった。

 メイド服姿のその者は、亜人の侍従長じじゅうちょうエリサだったのだ。


「……どういうつもりだ?」


「斬り捨てるのはお止め下さい! どんな疑いがあるか存じませんが、共に魔王軍へくしてきた仲間です! この者らを斬るというなら私からお斬り下さい!」


 この言葉に、魔王は躊躇ためらいなくエリサを肩口から斬りつけた。

 声を出す間もなく、エリサの体は舞台下へと落下していく……。


「侍従長風情ふぜいが余に軽々しく指図をするか!! 九仞きゅうじんこう一簣いっきく(積み上げてきたものを一つのあやまちから台無しにすること)とは正にこのこと!! 実に不愉快きわまれるっ!!」


 舞台上から切っ先を向け、魔王は烈火の如く怒りをあらわにした。

 更には舞台下で血を流し倒れているエリサへとどめを刺すべく歩み寄る。

 

 アルムは急いでシャリアを止めるべく向かうも、目の前の光景にヒヤリとした。

 アルムよりも先に、倒れたエリサへ子供が駆け寄っていたのだ!


「魔王めっ! よくもお姉ちゃんをっ!」

「止すんじゃ!! 歯向かってはならんっ!!」


 後から子供をかばうように、老人が抱き止める。

 二人は以前、エリサによって助けられた人間たちだった……。


「止めろよ」

「……」


 子供と老人前に立ち、手を広げて壇上の魔王を制止するアルム。

 これにシャリアはようやく刀を仕舞うのだった。


「……きょうがれた、九仞の功に報いてやる。この者らを連れて即刻そっこく立ち去れ」



「姉さん!!」

「エリサさん!!」


 魔王が立ち去った後、捕まっていた亜人たちは開放されエリサに駆け寄った。


「……お姉ちゃん、大丈夫?」

「ありがとう、大丈夫よ」


 エリサは肩口を押さえ、仲間に支えられながら立ち上がる。


(身内までああも斬り捨てるとは恐ろしい……)

(やはり魔王は魔王か……)

(お止め! 滅多なこと言うもんじゃないよ!)


 集会が終わり、民衆はバラバラと散らばっていく。

 この様子を、アルムは黙って見届けていた。


…………


 何故このようなことになったのか、それは数日前までさかのぼる。

 魔王軍内では来たるべきグライアス襲来に向け、幾度いくどにも会議が開かれた。


「何故勇者は魔王城が大砂漠にあるなどと? アローンド大砂漠には太古の遺跡群があると聞き憶えがあります。それの何かと見間違えたのではないでしょうか」


「街に被害が及ばないよう、こちらを誘い出そうとしてるんじゃないかな。騎士団領主のユリウスじゃないけど、城を攻められたら負けいくさという考えかも知れない」


「いずれにせよ罠を張っている可能性は高いですな」


 先日確保したグライアス工作員の死体からは、向こうの兵装などの情報はあまり得られなかった。本当に砂漠から攻めて来るのかすら不明であるが、備えは必須ひっすであろう。


「ヴィルハイム領へは魔動列車の差し押さえと線路遮断しゃだんの要求を致しましょうぞ。砂漠への侵攻は陽動、もしくは虚偽きょぎということもありえますゆえ」


 付け加え、やはり気になるのは相手の神具「真実の目」である。

 これに関し、会議で具体的な対策法が出ることはなかった。



 合間を見てアルムはセスと一緒に母の墓前へと足を運ぶ。


「なんか久し振りだね、ここに来るの」

「……そうだね」


 アルムはいつものように身をかがめ、目を閉じ祈った。


(こちらの手の内がわかってしまう相手……しかも相手の手の内が全く見えない。そんな奴と戦わなければならなくなったら、母さんならどうする……?)


 模擬戦で無類の強さを誇っていた母でも敵わない相手かも知れない。

 こちらの動きが全部知られてしまったら、いかなる策も無力に等しい。


(アルム、今回は相当悩んでるな……)


 セスはいつもと同様、祈るアルムを遠巻きから眺めていた。墓の周りはまた花が咲き乱れている。きっとシャリアが神術を掛け直したのだろう。


(なんだかんだで結局あいつもアルムを……。おっと、噂をすれば)


 見ると城からシャリアが出てきて歩いてくるところだった。


「ここはいつも静かで良いな」

「あんたも静かなところが好きなの?」

「騒がしい場所よりかはな」


 二人の声に、アルムは立ち上がる。


「……今回ばかりは、僕も白旗を上げそうだ」

「魔王軍に白旗はないと憶え知れ」

「でもさ! こっちの行動はお見通しとか、ズルにも程があるじゃん!」


 セスも腕を組み、やり場のないいきどおりを見せる。


「お前のことだから何か奇策が出ると思っていたのだがな。愚者どもと同様、何も出なかったか」


「……残念ながらね。アルビオンが戦闘に加担しないことを祈るしか無いかも知れない……甘い考えだけど」


 らしくないアルムの弱気な言葉にセスは驚く。そしてシャリアの表情を見ると、こちらは平然としているのだ。

 セスは少々イラッと来るも何かをひらめき、シャリアの周囲をぐるりと飛び回った。


「……もしかするとあんた、何かいい解決方法を知ってるんじゃないの?」


「前に言わなかったか? 余に出来ないことはない、とな」


「え?」


 当然だと言わんばかりの魔王へ、名誉軍師は目を丸くする。


「冗談でしょ?」

「冗談などではない。不可能に思えるものほど、対処の理念は単純なものだ」


 そしてシャリアはアルムへとささく。


「何でも見通せる目など、つぶしてしまえばいい」

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